第九話 怒れる雷帝

「死ぬために戦うだと……逃げるな!」

 カリス君は瓦礫から立ち上がった。回路が上手く行ってないのかふらついている。


――そうかもしれない。僕は兄さんや父さんに嫌われたくないために戦ってきたのかもしれない。そしてそんな偽った自分から逃れるために、楽になるために『死ぬこと』を望んでいたのかもしれない。


「ロボットに死ぬと言うのもおかしいが、カリス。死ぬならそいつと道連れで死ねよ」

「キャノン貴様……どこまで!」

「なんだってあんなくそったれの言うことなんざ聞くんだ、あのカリスって奴ぁ!」

「あいつがぶっ飛ばしたらいちころじゃねぇか!」

 珍しく気の合っているタイガーさんとボアさんに、機動課の人たちの苦笑いが走る。でも私はカリス君の事を思うと笑えなかった。どれだけ忠誠を尽くしても、彼は兄にとって『アンドロイド』でしかない。それが切なくて、苦しくて、胸がぎゅうッとなる。博士はそうじゃないからなおさらだった。辛い、悲しい。そんな感情が電波を通して流れ込んでくる。

 クッとキャノンが笑う。

「言った通り、私には『無敵のバリア』があるんでねえ。いかにカリスの攻撃でも効きはしませんよ。それに私を殺して組織を抜けても追手が付きますしねえ……」

「兄さん……」

「さあ、殺れッ!」

 カリスが再び構えた。志藤君も冷却時間が終わったクサナギを構えた。

「はあああああああああ……っ」

 カリス君は最後の力で竜巻を起こした。志藤君はクサナギを右手に構える。炸裂する竜巻と鎌鼬、それを切り裂いていくクサナギ。

「はぁっ!」

 気合の一撃が志藤君の左腕を奪い吹っ飛ばした。

「志藤君!」

「ちっ」

 同時にカリス君の左手を切り離す。

「くっ」

 二人は背を向け合ったまま一瞬止まった。志藤君とカリス君の左腕からはばちばちと火花が散っていた。

 カリス君の方が先に動いた。一度離れて間合いを取ろうとした――けれど。

「Vチャージフルドライブ……」

 志藤君の身体は赤く光り、やがて白くなって見えなくなった。そして二人はもう見えなくなるほど高速で動くことは出来なくなっていた。

「Vスラッシュ!」

 袈裟切りに切りかかるそれをカリス君はすんでのところで避けた。残った右手が襲い掛かる……が。

 名前の通りVの字に上がって来た二度目の太刀が、その胸を切り裂いた。倒れるカリス君。白く光っていた志藤君は赤くなり、やがて元に戻った。

「格好いい……」

 思わず言ってしまうと、御笠博士はだろ? と歯を見せて笑う。

「ただのハイパーモードとVの字切りのパクリじゃないだろ?」

「言わなきゃ良いのに……」

 ぽつりと言ったラットさんに。

「なんか言った!?」

「いえ何も!」

 オタクって怖え。


 腕から火花を散らし、胸も露出したカリス君が立ちあがる。

「うぐ……」

 もう戦う力どころか立ち上がるエネルギーさえそこにはなかった。

「さすがにアレは駄目ですかねえ……」

「カ……カリス」

 志藤君の目が冷たくなる。

「今楽にしてやる……」

 その右手がカリス君の胸を突き刺した。カリス君の口が動く。声はなかったけれど、志藤君にも、私にも、それは聞こえた気がした。

「 あ り が と う 」

 力なく志藤君にもたれかかるカリス君。志藤君は手を引き抜く。その反動でカリス君は地面に倒れた。

「志藤君……」

 その手には引きずり出したパーツが握られていた。

「ちっ、使えないやつですねえ……」

「くっ……カリス……」

 言い捨てるキャノンと肩を落とすブレス博士。志藤君は手に持っていたバーツを握り砕いた。

「次はもっと性能の良い機体で……」

「次? んなもんはねぇよ。ここであんたらはしょっぴかれるんだ」

 機動科一同に囲まれて、それでも優雅に座り続けるキャノン。

「それはそれは……ですが私に触れることが出来ますかね? この無敵のバリアをかいくぐって」

 余裕を見せるキャノン。

「ひっ」

 突然ビビる。その先には志藤君がいた。目が合ったんだろう。志藤君はそのままキャノンに歩み寄っていく。

「何を……く、来るな!」

「シドーちゃん! 殺すなよ」

 振り下ろした手はバリアにさえぎられた。

「は……はは……そうだ、私には無敵のバリアがあるんだ」

「お前、確かこれでカリスの攻撃を防ぐとか言ってたな?」

「そうだ! カリスどころか核にも耐えられる!」

「カリスはお前を『襲わなかった』んじゃなく『襲えなかった』」

「そうだ、このバリアを恐れて……」

「お前には分からんだろうな……」

 志藤君がぐっと手に力を籠める。


ぱり ん


 音を立ててバリアが割れた。破片がキャノンにも突き刺さる。

「ああああっ!?」

「こんなものではカリスは止められんぞ」

「そんな……そんなぁ?」

「それは今までお前に『殺されてきた』者たちの痛み……」

「機械が生き死にを語るかあ!」

 志藤君に殴りかかって来る、だけどひらりとかわされて地面に無様に転がるキャノン。

「それが愛するものを失い、愛する息子に道具にされたブレス博士の痛み……」

 キャノンは慌てて立ち上がる。

「そして!」

 志藤君は右手を構えた。胸元からは火花が散っていた。

「兄を信じ、そして裏切られた……カリスの痛みだ!」

 キャノンの腹に志藤君の拳が突き刺さる。軽く五メートルは吹っ飛んで、どうやらあばらを二・三本持って行かれたようだった。そのまま機動課の『腕組』……タイガーさんとボアさんに引き立てられる一味と首領。

 その中には動かなくなったカリス君と、失血で気を失ったブレス博士もいた。

「可哀想……良いように使われて……」

 私が呟くと、学生服に戻って左腕を押さえている志藤君が静かに言った。

「カリスは今まで人間の汚い所ばかりを見せられて生きてきた」

 御笠博士が応急手当てをする。

「ブレスもそうだ。これからは『親子』で綺麗なものを見て生きて行けばいい」

「でもフォード一味は全員捕まったんじゃ……」

「香港マフィアとカリス親子って何か関係あったっけ?」

「へっ!?」

「知らん……カリス親子は事件に巻き込まれて負傷したはずだが?」

 クールに乗ってくれちゃう彼氏が嬉しくて、私はここ一番の安堵したため息を吐いた。

「そっかぁ……事件に巻き込まれてかあ……」


「ああ!」

「どうしたんです、ラットさん」

「この金塊、メッキしたアルミだ!」

 商品は見掛け倒しだった。

「何!? くっそー、シドーちゃんあいつのあばら全部やっちまえ!」

「いいいっ!?」

 この人が言うとシャレにならない。

「……応急修理、終わったか?」

 しれっと話題を変える志藤君。慣れてるなあ。

「あん? 各部破損と過剰感情制御装置――Fリミッターが焼き切れかけてる、左腕ロストだけどまあなんとか……」

「普通の人間なら死んでますよ」

「少し寄って行く所が出来た。先に戻っていてくれ」


 カリス君はベッドで目を覚ました。

「生きて……いる!?」

 そのベッド横にはブレス博士が見舞客用の椅子に腰かけている。

「目が覚めたか?」

「父さん……」

 撃たれた肩には包帯が巻かれ、吊るされている。きちんと手当されたのが分かった。

「僕は確かに胸、エネルギータンクを突かれたはず……」

「否、隣接していた起爆装置を取ったようだ。その際タンクにも傷がついてしまいスリープ状態になっていたようだが」

「そうだったのか……僕シドー君に……」

「うむ……救われたな」

「兄さんは?」

「捕まったよ……」

「そう……でも僕たちには追手が」

 寂しそうに下を向く。戦いの日々は終わらないのだ、永遠に。

「おお、その事じゃがな」

 新聞を見せるブレス博士。

「……シドー君……」

 くすりと、カリス君は笑って見せた。


四月九日火曜日 某高校二年一組教室


「ねぇねぇ見た?」

「あんた新聞好きねえ……」

「ねえ悌子は、って」

 私はまたも朝一から眠りこけていた。無理もない、昨日まで香港で電波を使いっぱなしだったのだ。あれはあれで疲れる。今日は毒電波も出ないかもしれない。魔術はどうだろう。うーん、と寝ていると、ぺちんと頭を叩かれる。

「起きろー!」

 教室の後ろの方では男子達がたむろっていた。中心にいるのは志藤君だ。ちょっと慣れてきた光景である。

「志藤、怪我したのか?」

「ギプスしてるみたいだけど」

 まあ……怪我ねえ……左腕ぶっ飛ぶほど。

 言葉にはしないけれど、彼らには想像の付かない怪我だとはちょっと知ってほしい気分でもあり。

「すごいよねえ、香港一のマフィアが潰されたって!」

「しかも『片腕の化け物』にでしょ? よっぽど錯乱してたのかねえ」

「いっ!? 片腕!?」

 思わず声を上げた瞬間、教室に美咲ちゃんが入ってきて立っていた生徒は席に戻っていく。

「志藤君、コレってまさか……」

 机のコンソール越しに志藤君の席番を呼び出して、置いて行かれた新聞を示す。

「さぁな……」

 ふあ、と珍しくあくびなんて漏らす志藤君。

「『外身』は機械でも『中身』は生身だからな……寝不足だ」

 そうして志藤君は頬杖を突き、すうすうと眠ってしまった。


「ねぇねぇ、カリス達って結局どうなったの?」

 制服に着けている尻尾型のホルダーを揺らしながらラットさんがカウさんに訊ねる。

「確か信二の手回しでイギリスの警察に行っているはずだが」

「うーん機動課イギリス支部かあ……二人だけだと大変そうだねえ」

 ドッグさんの言葉にモンキーさんがくっくと喉を鳴らす。

「お前、行って手伝って来いよ」

「うっせ、お前が行け」

 ドッグさんとモンキーさんも、仲が悪いようだった。

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