『ギブ・アンド・ギブ』

 「とあるジャングルにそれはそれは奇妙な生物がいたそうな。胴体はリンゴ、手足はゴリラ、顔がラッパのその生物は村のみんなから『リンゴリラッパ』と呼ばれていた」


 そう、そのままだ。見たままを言っている。村人たちはその程度なのだ。その程度の知識とセンスしか持ち合わせていないことに、私はがっくり肩を落とした。そんなレベルの低いところに行きたくないなぁ、やだなぁと、気落ちしていた。そんな住人たちに囲まれて生活する彼に私は同情さえしていた。おそらく彼、その「リンゴリラッパ」はきっとお酒を飲まないと気持ちが落ち着かないだろうなと想像した。


 「夜になると一旦布団から出て、30分ほど散歩しなければいけないくらい気持ちがざわざわすることがある。そんな時は隣のジャングルまで足を伸ばす。そこには公園がある。彼はその公園でブランコに乗り、星空を見ながらついタバコをくゆらせたくなるのだ。

 しかしながら、こんな顔だからタバコを吸うたびに 『ポピー』と音が鳴り、周りの住人を起こしてしまうので吸うことができなかった。その度に彼は、なんでこんな姿で生まれてきたのだろうかと嘆かずにはいられなかった。そうして夜中ひとしきり公園にいて、夜明け近くに帰って、ウイスキーをストレートであおってから布団の中に潜り込む。そうしてやっと眠りにつくことができるのである」


 私はCAを呼び、ウイスキーのストレートを頼んだ。そして機内のふかふかしたシートに身をうずめ、眼下に広がる雲を見ながら同情の意を込めて夜空に向かって乾杯した。


 「彼の仕事というと、だいたいリンゴ系か力持ち系のものである。リンゴ系といっても、胴体からリンゴを削り取るわけであって、決して見た目がいいものではなく、必ず見る者たちは気分を悪くしてしまう。そういう事情からジャムやカレーに入れる用のリンゴを家で削り、タッパーに入れて納品するというやり方をとっていた。

 あまり量は取れないのだが、その作業の見た目がえぐい代わりに、嬉しいことに味は抜群であった。なかなか評判であり、特に某ホテルの高級レストランからの発注が多かった。削ぎ落しているので正しい量は定かではないが、だいたいリンゴ換算にして約80個分とのことである。一度削ぎ落すと、リンゴの芯が見えるまで削ぐ必要があった。中途半端に削ぐと変な虫がたくさん寄ってくる。もう食べるとこなんてありませんよと、芯の部分を露わにすることで虫たちは一目で、あぁ食べるとこがないんだなとわかるのである。

 そうして彼は自分の胴体が芯の状態になってしまうと、力持ち系の仕事を開始するのである。胴体に綺麗に実がついて元通りになるまでには約1か月かかる。その1か月間、彼はもっぱらイベント会場の設営作業に従事するのである。彼はエンターテイメントが好きだ。なかでも音楽系が好きなので、音楽ライブ中心に仕事をしている。

 仕事としては設営と撤去である。だから一旦設営してしまえば、撤去までのいわゆるリハーサルから本番までの時間は待ち時間となる。彼はリンゴの面で、言ってしまえば十分に稼ぎがあるので、だいたいはその設営したライブを観に行くことにしていた。それが彼の一番の趣味と言える。ライブが数日続く場合は、近くにホテルを取って、ちょっとした旅行気分で毎日を過ごした。夜になるとライブに出かけて酒を片手に音楽に身を投じる。

 お酒を飲むと脳がとろける感覚がしてくる。そしてその感覚が毎回とは言えないのだが、そのとき聴いている音楽と見事に溶け合って融合することがある。身体を揺らす。腰をだらだらとさせて音楽に合わせていく。太い手足を波のようにたゆたわせる。そして最後にわかってはいるのに、その場に不釣り合いな『ポピー』というラッパ音を鳴らしてしまうのである。

 周りの客からしたらそんなに気にならない音ではあるのだが、彼からしたら一気に冷めてしまうのである。あぁ、またやってしまったと、ぐらぐらした頭を立て直して反省する。その度に、なんで俺はこんな姿で生まれてきたのだろうかと、やはり嘆かずにはいられないのである。

 たまに、ほんとたまにではあるが、近くの火山が噴火することがある。待ってましたと言わんばかりに彼は動き出す。家から数メートル歩いたところにある樹齢1000年を超える大木には梯子がかけられていて、そのてっぺんには人ひとりが入れるほどの小屋が建てられてある。そこに彼は入り込み、大きな『ポピー』を鳴り響かせるのである。

 その音によってあたりの住人たちは火山が噴火することを知る。まあ、実際はというと、みんなの家にはテレビがついているので、それで噴火の情報を見ることができるのだが、なぜかテレビよりも30秒くらい彼の合図は早い。それでもたかだか30秒なのであまり変わらないのだが、テレビがない時はものすごく助かってはいたので、今更もう鳴らさなくていいよとは言えず、住人たちはいつもの感謝的な笑顔を顔面いっぱいに作っては彼にありがとうと笑いかけるのであった。

 噴火の際の避難場にて、彼はみんなからいつものように感謝を受け取る。彼も一応笑って応えるのだが、なんせ彼の顔はラッパなので表情というものがない。住人から見れば相手が無表情の、なんだか変な間が続くわけだが、それがいつものことなので、これは通称リンゴリラッパの一つの儀式的なものなのだろうとして理解していた。

 一方で、彼はそんな住人たちを見ながら、なんでこいつらは去らないのだろう?といつも思っていた。彼らの顔はいつも一様にして何かを待っているようである。しかし彼からすれば、ラッパを鳴らして危険から彼らを守っているのは自分であって、何かをもらうとしたらどちらかというと自分じゃないのかと思っていた。しかし彼らは何かを渡してくる素ぶりも見せず、むしろ何かを待っているのだ。

 ある日、彼は試しに何かを待っている彼らの手の中に飴玉を一つずつ置いてみた。すると彼らはありがとうと言った。それみろ。彼はやはりそうなんだなとその時思った。要するに、実際の世の中は、ギブ・アンド・ギブとテイク・アンド・テイクなんだと。彼は毎回この時がやってくると、つくづく人間とは不思議な生き物だと思うのである。

 それでも彼は人間のことを嫌いになることはない。その理由は単純明快で、一度もいじめられることがなかったからだ。彼は平凡に生きることができた。彼はそれで十分だった。だから彼はいつの間にかギブ・アンド・ギブでいいやと、決意的な気持ちでいるようになっていた。それが顕著に表れているのが彼の睡眠である。彼は夜寝ることはなかった。寝るのは必ず住人みんなが行動を開始する日中と決めていた。というのも彼は寝てしまうと必ずいびきをかいてしまい、これまたその『ポピー』音がきっと住人たちを起こしてしまって迷惑がかかると思っていたからだった・・・」


 そうなのだ、彼はすこぶるいいやつなのだ。そんな彼を捕獲しなければいけないのは、その時の私としては心苦しい限りであった。


 ある日、変わった生物がいると、私の国チャンナラカンの王様は誰かからか聞いて知ったらしかった。また厄介な任務が私のところに回ってくると予想はしていた。案の定、その生物を捕まえてこいとの指令が下った。私は次の日にはその生物がいるジャングルに飛ぶことになった。図書館にその生物に関する本があったので、飛行機の中で一応目を通しておくことにした。


 タイトルは『リン・ゴリラッパ』だった。あぁ、ちょっとおしゃれ感を出すことで売れ行きを伸ばそうという魂胆なんだなと思った。その本はどうやら観察日記みたいなものであり、ものすごく近しい者が書いたものらしかった。なんせその生物の気持ちを代弁しているようなふしが多々あり、小説を読んでいるような気分にさせられたからだ。私は正直、その本を読んでその生物を好きになっていた。特に相手や自分自身に対する微妙でいて繊細な心の動きを見事に描いているからだ。生物というか、むしろ自分たち人間となんら変わらない生活を送っていることが読み取れて、私は思わず親近感を抱いていた。


 現地に着いた。私は地元で聞き込みを開始してすぐにその生物の情報を得ることができた。最初に聞いた魚屋の店主がこともあろうか、いきなり住所を教えてくれて、一応、と言って地図まで書いてくれたのだ。すぐさま私は彼の住むジャングルに向かった。


 魚屋の店主が書いた地図はなんの役にも立たなかった。しかし、教えてくれた住所を頼りにして行ったらあっけなく一軒の家を見つけることができた。インターホンがあったので押した。すると、ふつうにドアから写真で見たまんまの生物が出てきたのであった。顔がラッパで胴体がリンゴ、手足がゴリラ。リン・ゴリラッパ!


 想像はしていたがやはり怖かった。少し後ずさってしまったのだが、見ると、彼も同じように少し後ずさっていた。その後ずさり方に共感を覚えたのか、不思議と恐怖心は消えていた。私は軽く頭を下げて、簡単に訪ねてきた理由を述べた。


 私の国の王様があなたにものすごく興味を持っている。是非私たちの国にお招きしたい。彼は深々と頭を下げてきた。一目見たときから感じていたのだが、彼はものすごく紳士的であった。清潔感もあった。いい柔軟剤の匂いもした。きっと育ちのいい生物なのだろうと私は思った。しかし、どうやら彼はしゃべることができないらしい。彼の顔を考えるとそれは仕方ないと理解できた。だが驚くべきことに、彼は文字を書くことができた。最初、手話のような身振り手振りをしてきたのだが、私にはちんぷんかんぷんだった。そのことに気づいたようで、彼は家の奥から大量のメモ用紙を持ってきて、書き出した。丁寧な字で「仕事があるので行くことはムリ」と書かれていた。


 「ムリ」


 私は内容よりもまず、急に距離を詰めてくるタイプなんだなと思った。それは残念です、こちらとしては仕事をお休みする分、いや、それ以上のお支払いは考えていたのですが・・・と、私は応えた。すると、彼はなるほどと言わんばかりに何度かうなずいてみせた。そしてまたメモを書いて渡してきた。


 「ごめん、ムリ」


 と、殴り書きされていた。私は一瞬にしてこいつは嫌いなタイプだなと思った。捕獲してやろうかとも思った。しかし、彼の腕の太さを見てそれはあきらめた。


 お忙しいところ失礼しましたと、礼を言って去ろうとしたときだった。私が肩から提げていたトートバッグが急に、ぐんっと、引っ張られる感触があった。すぐさま振り返ると、彼は私のバッグから例の本を抜き取っていた。そして「ポピー」と彼はラッパを鳴らして、本の表紙にサインらしきものを書いた。


 「つのだ・しょうじ」


 やっぱり、殴り書かれていた。


 結局、私はその生物を捕獲できずに帰国することになった。もちろん王様にはこっぴどく叱られたのだった。それでもあの生物を連れて帰らなかったことを後悔していない。


 彼が本の作者だったとて、私はあの生物のことをきっと好きにはなれない。おそらく連れて帰っていた場合、王様もきっとそうなることだろう。しかし、あの本は、なんか好きだ。だからあのサイン付きの本を王様にプレゼントした。私も私でもらうことは少ないが、それでも私はこれからも王様に仕えていきたいと思う。


おわり。

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