第4話 洗礼

 トラウマ。

 目の前のドラゴン。

 

「俺は強くなった。あの時のようにはいかないぞ」

 

 震えを隠して、彼女に言葉をぶつける。

 

「そう」


 ルユザの碧の瞳は、揺るがなく俺を見つめている。

 

「おーいロイ、大丈夫か!?」


 シャーンドルが駆けつけて来てくれた。

 

「すまん」

「こりゃひでえな。しかもマッパで臨戦態勢じゃねえか。何があった?」

「宿敵が現れた」

「宿敵?」


 首を捻り、そしてルユザを見上げる。

 

「おう妹。帰ってたのか」

「ただいま兄」


 ん!?

 

「おいシャーンドル!! お前この邪悪の化身と知り合い、いや兄妹なのか?」

「邪悪の化身って酷えな。こいつは俺の妹だぞって……。ロイ、まさかコイツなのか? お前にそこまでのトラウマを植え付けたドラゴンってのは?」

「ああ。間違いない」


 俺はこの邪竜によって、孤独と絶望を与えられた。

 あの悲しみを、今でもはっきりと覚えている。


 ― 回想開始 ―


 あの時、俺は森に木の実を取りに来ていた。

 そして籠いっぱいに木の実を集めたとき、不思議な歌声を聞いた。

 

 とても綺麗な、女の子の声。

 それに誘われ、俺は歌声のする方へと進んでいった。

 

 切り株に座った、一人の少女がいた。

 透き通るような金の髪。

 宝石のような碧眼。

 

 俺と同じ年位の、とてもまるで神話に伝え聞く精霊のように美しい少女だった。

 

 少女は俺に気付いて歌うのを止めた。

 

「あの、俺はロイっていうんだ」

「……そう。私の名はルユザ」


 会話が続かなかった。

 それでも俺は彼女と仲良くなりたりたかった。

 必死に話しかけたり、集めた木の実を上げたり。

 

 しばらくしたら、彼女は俺と話してくれるようになった。

 

 遠くから来た事。

 ここでは疲れたから休憩している事。

 

「そっか」

 

 遠くから来たのなら、また遠くに帰ってしまう。

 それが俺は悲しかった。

 

「ねえロイ」

「何かな」

「私のものになって。それで私と一緒に行こう?」


 その誘いはとても嬉しかった。

 でも、子供の俺は家に帰らなければならなかった。

 

「……ごめん。本当は一緒に行きたいけど、俺は家に帰らなくちゃならないんだ」


 悲しくても、俺はそう答えなければならなかった。

 

「……そう」

「ごめん」


 俯いた彼女に謝った。

 

「じゃあロイを私のものにする」

「え?」


 次の瞬間、ルユザはその姿を大きなドラゴンに変えた。

 

「うわあああ!?」


 びっくりして逃げようとした俺を、彼女の右腕が押さえつける。

 ずっしりとした重さにやられて身動きが取れず、ひたすら手足をジタバタと動かした。

 

「く、お、重い」

「……女の子にそれは失礼」


 死ぬ。

 走馬灯が頭を過ぎる。

 

 家を出るときの、母ちゃんの声が聞こえた。

 

『ロイ早く帰って来るんだよ。今日の晩御飯はハンバーグだからね』


 そうだ。

 俺は、ハンバーグを食べなくちゃならないんだ。

 

 覚悟を決めた決意によって、俺の潜在能力が覚醒した。

 

「俺は、ハンバーグが食べたいんだ!!」

「!?」


 ルユザの腕を持ち上げ、そして俺はそれを投げ飛ばした。

 

「ごめん。俺はハンバーグを食べる為に、君を倒すよ」

「謝る必要は無い。でもあなたは必ず私のものにする」


 そして死闘が始まった。

 結果。

 俺は力尽き、ルユザの足元に倒れてしまった。

 

「君の勝ちだ……」


 そのときは不思議と、負けた悔しさは無かった。

 

「ロイは、私を殴らなかった」

「当たり前だろ。女の子を殴れるか」


 死闘の内容は、鬼ごっこのようなものだった。

 風のブレスや俺を捕まえようとする腕を避けて、森中を走り回った。

 

「その姿も、やっぱり綺麗だよ」

「そう」


 疲れていたから、普段は言えない、歯の浮くようなセリフも言えた。

 

「ロイは私のもの」

「ああ、好きにしてくれ。だけど次は負けないよ」


 この言葉を、俺は後悔することになる。

 

「じゃあ」

「何だ?」


 ドラゴンの姿のルユザが震える。

 ポタリと、股間から落ちた水滴が俺の額を濡らした。

 

「え、まさか……」


 次の瞬間だった。

 

 じゃばあああああああああああああああああああああ。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああ」


 俺はルユザに膨大な量のおしっこをかけられる。

 そして、滝のようなおしっこの中で、俺は溺れてしまった。

 

 ― 回想終了 ―

 

 自宅で目を覚ましたのは、それから十日後だった。

 

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