暴れ牛と夜明けの唄 9『気の抜ける寝言』

 野営地の真ん中に建てられた、テントの中に入り、エリュシオンが、サファを、毛布の上に寝転がしていた。


 アシェルが、サファの顔を覗き込んでいる。


「女性の寝顔なんて、じっ、と見るものじゃないよ」

「よく寝てられるなと、思って。起きるのか……? コレ」

「うん。一応考えはある」


 目を合わせたエリュシオンが、ニッと笑った。


「ま、いいや。とりあえず、始めるか?」


 ここには、俺たち3人の他に、後から来たセドオアが、さっきから何か言いたげな表情かおをしていた。


「あのぅ、殿下。その子は?」


 まったく、騎士団の最年長だと言うのに、好奇心旺盛なおじ様である。セドオアは、寝かされたサファを眺めて、鼻の下をこすっていた。


「セドオア、彼女が、前に言ってた、祈念式で魂送りをした人物らしい」

「なんと!! こんな幼い子がですか?!」


 セドオアは、手を打ち鳴らす。アシェルが笑い声をあげ、サファがここにいる経緯いきさつを伝えた。


「なるほど……孤児ですか。それなら、易々やすやすと知られてはいけないでしょうな」


「お前が、話のわかるヤツで助かるな」


「はっはっはっ! それほどでもありますな」


 うんうんと頷き、セドオアが簡易的な台に、周辺地図を広げた。4人で、それを覗き込む。


「うまく、街から引っ張り出せたことを考えると……」


「まぁ、この辺りで戦う事になるよね? 僕はあまり攻撃には協力できないだろうけど」


 エリュシオンが地図を指差し、ファクナスを誘導する道筋をなぞった。


「魔法が効かんからな」

「動きを止める、簡単なお仕事」


 ふふん、と鼻で笑ってるエリュシオンが腕を組んだ。


「足場くらい出せるんだろうな」

「えぇ、どうしようかなぁ」

「お・ま・え!!」

「痛い痛いっ! もうっ、乱暴なんだから」


 アレクシスが、後ろからエリュシオンの首に、腕を回していた。


「セドオア団長!!」


 外から伝達係の声が聞こえる。4人は一斉に入り口に目を向けた。アシェルがセドオアに目を向けると、彼が頷き、入り口に向かった。


 ボソボソと外で話している声が聞こえる。


「あらら、無理だったかな」


 アレクシスの腕を掴んだまま、エリュシオンがポツリと呟いた。


 その可能性は高かった。だが、連れてきた先で『オクトソロス』を使えなければ、攻撃を安定して与えられない。でも、それ以前に目標地点に誘導できなければ。


「背に腹は変えられないか……」


 セドオアが戻って来ると、ファクナスを壁の外まで誘導したのはいいが、出てすぐのところで苦戦しているとの事だった。


 その場で戦うのも、あり、なんだろう。だけど、街への被害を考えない訳にはいかない。ここは悩みどころだ。


 眉を寄せ、額に手をあてた。


「エリュシオン。連れてこれるか?」

「えぇ!! 僕? ……いいけど?」


 なんだ、いいのかよ。


 アシェルがまだ、迷っているような笑顔を浮かべると、アレクシスが背中を叩いた。


「迷うところだな」

「そうだねぇ。でも、さすがの僕も、ファクナスの挑発をしながらだと」

「分かってる」


 『オクトソロス』は使えない。それは、残りの奴らでどうにかするしかないだろうな。



「……エミュリエール様、私は枕ではありません!」



 そんな、緊迫した中、突然声のした方に目を向けると、サファが、ころん、と寝返りをうった。


「……枕ってなんだ?」

「あはは、さぁ? なんだろうね」


 エリュシオンが腹を抱えて笑っている。


「むにゃむにゃ……」


 呑気のんきに。と言いたいところだが、正直、気が抜けた。


 アシェルは硬直させていた息を、深く、柔らかく吐き出し、口許をゆるめた。

 

「ほほほ、これはまた、随分と可愛らしいですな。ところで、彼女は、1人でここに置いとくのですかな?」


 あ……


「そういえば、そうだよねぇ」

「……そこまで、考えてなかった」


「出番は倒してからなんだろ。それまで寝かしておいたらダメなのか? 見えなくなってるんだろ?」


 アレクシスが顔を傾ける。


「いくら『隠蔽いんぺい』がかかってるといっても、1人にしておくのは、さすがに心配だな。借りてきているのは、エミュリエールからだぞ?」


 しかも、こころよくではなさそうだ。だが、そうなると、見ていられる人間は限られている。


「俺は、剣を振り回しながら、コイツを見てるのは無理だぞ?」

「それなら、私が見ていましょうか?」

「いやいや、セドオア。お前だって、戦力だからダメだろ」


 アレクシスが首を振った。


「というか。考えたら、見てられる人って1人しかいなくない?」


 3人が一斉に、アシェルを見た。


「え? 俺かよ」


 それもそうか。


 俺は、指揮はとっても、国王陛下の命令で、戦いに参加する事は許されていない。


 しかし、エミュリエールも大変だな。


 俺は、こういう立場だからか、初めて会う人物が、どういう人間なのか、察することが得意だった。彼女は、パッと見はとても大人しそうに見えた。だけど、よく見ると、何をしでかすか分からない怖さがある。


 性格の為か、生い立ちのせいか? それは、分からない。だが……


 近くで見張っておけるなら安心だな。



 どこからか飛んできた夏虫が、エリュシオンに飛びつこうとすると、バチっと音がして落ちていった。


「久しぶりですな、この感じ」

「セドオア、あんまり耐性ないのは近づけるなよ。すくんで動けなくなるからな」

「ほほ、街の救助にでも当てておきましょう」


「エリュシオン、イストリアの抑制時間が切れるのはいつだ?」


 彼は、目と口を横に細くひき伸ばすと、顔を横に倒した。魔力が漏れ出て、あたりに冷気がただよう。


「抑制時間? もう、とっくに切れてるよ」


 さすがだな。というか、お前、ちょっと怖いぞ。


「よし、行くぞ」


 外套マントひるがえし、テントを出ていく。さっき落ちた夏虫が、しばらく足をバタつかせる。だが、戦闘が始まる頃には、もう、ピクリとも動かなくなっていた。

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