第18話 * 3つの勘違い
図書室の片隅で胡蝶が
「今、行きます。待っていてください」
茜色に染まる空に太陽はない。黄金色の光は沈まない。流れた血は
「いいですよね、二人っきりで同じものを共有するこのカンジ。夢だったんですよ、蒼斗様と二人っきりで身を寄せ合って映画を観るの。ちなみに他にも夢があるんですよ? 夫婦みたいに一緒に台所に立って一緒にお料理をしたり、何をするわけでもなくただ添い寝をしてみたり、同じ空間で別々のことをしながら一緒の時間を過ごしたり、学生として蒼斗様と一緒に登校したり……これから全部全部一個ずつ叶えていくんです。楽しみですね」
「でも、これは悪い夢なんかじゃなくて、現実なんだろう?」
「悪い夢だなんて、蒼斗様は意地悪です。いいじゃないですか、リアリティがある上に視聴者にとって意味のあるものですよ?」
自分の視界を用いない世界は薄く引き伸ばされたみたいで現実味が薄く、三人の死もどこか別の世界の出来事に感じられていた。でも、もう耐えられない。開いた拳が熱を取り戻す。
「ねえ、アスター」
「はい、なんでしょう?」
再三、僕は堕天使に
「お願いだ。もうこんなことはやめてくれ」
「こんなこと、というのは?」
「みんなが僕なんかの為に命を賭けて戦うのをやめさせてくれ。出来ることなら三人の死も夢にしてくれ。僕はもう僕が選ぶべき相手を誰かに委ねたりなんかしない。他には何もいらない。だから、お願いだ。もう、やめてくれ」
これが夢であることを願った。しかし、それこそ夢であるとでも言いたげな吐息に耳をくすぐられる。
ずっと僕を抱いていた温もりが喪失し、視界が本来の機能を取り戻す。フィルターのない黄金色の光に網膜を焼かれて目を細めると、一対の翼を背負った影が立っていた。
アスターのは僕に三本の指を向けていた。人差し指と中指と薬指を立てた右手を、端正な顔の横で揺らしている。
「蒼斗様。お言葉ですが、貴方は3つの勘違いをしていらっしゃいます」
「勘違い?」
起立する三本が零本になり、握り拳の中から人差し指だけが顔を出した。
「一つは彼女たちが賭けているのは命だけではないということです。皆一様に貴方との未来を思い、貴方との過去を賭けて殺し合っているのですよ」
みんな当たり前に命を賭けている。その前提の上で、大切な記憶を賭けていた。
「次に『僕なんか』などと卑下なさいますのは
なるほど。僕が思うカッコよさは、必ずしもカッコいいというわけではないらしい。
「最後に、蒼斗様が望んだのは、わたくしに選択を委ねることではありません」
「でも僕は選ばなかった。放課後までに誰を傷つけるかを選ばないといけなかったのに、選ばなかった。選ばなくても誰もが幸せになれる未来を夢想して、だから君に選択を委ねてしまった」
アスターの言葉に口を挟めるか不安に思うより先に言葉が口を突いて出た。アスターはただ相槌でも打つみたいに「あぁ」と零し、答える。三つめの勘違いを訂正する。そう思っていた。
「やはり忘れてしまっていたのですね。わたくしのことも、あの日の約束も」
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