ものいう花 ものいわぬ花5

 夏休みに入って約半月、栗山はいろんな女の子と遊び歩いていた。

 女の子の感触を思い出し、自分はこうであったはずだと確認する。

 岡田とは、一切連絡を取っていないし、会うこともない。

 あの時、キスしたあとに情けなくも逃げ去って、それっきりだ。

 言い訳も何も思い付かず、ただ逃げた栗山を、岡田はどう思っているのだろう。

 それを確かめる術も勇気もなく、半月が過ぎてしまった。

 夏休みで良かったと安堵する一方、逆に空白があり過ぎることが怖くもあった。

 出校日になれば嫌が応でも顔を合わすことになるのだが、一体どんな顔をすればいいのか。

 岡田は、どんな反応をするのだろうか。

 せっかく全てを忘れようと女の子を誘い遊び歩いているにも関わらず、気付けばそんなふうに岡田のことばかり考えていた。


「…ねえ、和俊ってば!!」


 上の空で歩いていると、くいっと腕を引っ張られ、我に返る。


「もう、どうしたのよ?」


 心ここにあらずな状態であることは、彼女にももちろん伝わっている。

 話も聞いてくれない、楽しそうでもない栗山に、かなりむっとした様子である。


「…ああ、ワリィ」


 栗山だって楽しもうと思っているのに、気付けばこれだ。


「映画中もずっと寝てなかった?」

「寝てないよ」


 起きてはいたが、映画の内容なんてこれっぽっちも頭には入っていなかった。結果的には寝ていたのと大差ない。

 彼女には申し訳ないと思ってはいるのだ。

 けれど思考が意志に反する。


「誘ったのは和俊なんだからね?」


 ご立腹ながらも付き合ってくれる彼女には心底感謝していた。

 本当に感謝していたのだけれど。

 唐突に目の前で起きた事態に、栗山は思わず彼女の手を振り払ってしまった。


「…岡田…」

「あ、やっぱり栗山君だ」


 人込みの中でばったりと、岡田に遭遇してしまったのだ。


「偶然だね。栗山君も映画見に来たんだ」


 夏休みだし、岡田が繁華街に遊びに来たところで何もおかしくはないのだが、こんな事態があり得ることなど想像もしなかった。


(こ、心の準備が…)


 次に会うのは学校だと思い込んでいた。

 こんな時の答えなんて、用意している訳もない。


「よ…よう」

「なんか久しぶりだよね。終業式以来?」


 栗山が固まっている間に、岡田はいつもの調子でにこにこと話しかけてくる。


「あ、友達?」


 隣にいる彼女をちらりと見る岡田に、なぜか後ろめたい気分で少し彼女から離れた。


(何やってんだ、俺)


 別に、栗山が彼女を連れて歩いていたって、悪いことなんて何もないはずなのだ。

 彼女が恋人であろうとなかろうと、そんなことも問題じゃない。

 それなのに、何を浮気が見つかったみたいにしているのだろう。


「ちゃんと宿題やってる?」


 当然だが岡田の方は隣の彼女がどうだなんて気にしているはずもなく、まったくもって普段通りだ。

 むしろ、普段通り過ぎておかしいぐらいだ。

 そう、これではこの間の事なんて何もなかったかのようだ。

 二人の間に何もなかったのならば、これで何も問題はないのだ。

 けれど、そうではない。

 これがキスをしたあと初の対面なのに。

 こんなの普通過ぎてあり得ない。


(…なかったことにされた?)


 でも、だからといって抗議する言葉も見当たらないし、そうする意味もわからない。

 栗山にとってこれはありがたい行為なのかもしれない。

 岡田は岡田で気を遣ってくれているのかもしれない。


「それじゃあ、連れが待ってるから失礼するね」


 遠くの方でずいぶん派手な連れが岡田を呼んでいた。


「お、おう」


 結局、何も言えずにいるままで、岡田は去っていった。

 岡田が普段通りだったことに安堵する思いもあったが、どうにも煮え切らない思いが残った。

 あのキスは岡田にとって、何の意味も成していないのだということが、腹立たしい。

 してしまったことをあれだけ後悔していたのに、なかったことにされたことがこんなにもむかつくなんて。


(…何だよ、俺…)


 自分の気持ちがわからなかった。

 溢れだし、暴走する気持ちに、翻弄されていた。

 岡田の反応が気に入らない。とにかく気に入らない。

 あれは夢なんかじゃない。

 確かに触れた唇の感触を、今でもしっかり覚えている。

 なのに、岡田は動揺の欠片ひとつ見せずにいた。

 岡田の中で、完全に事実が消されてしまっているようだった。


(あー、くそっ、岡田ムカつく!つーか、誰だよ、あいつ!)


 意味もなく逆切れしながら、岡田の連れに嫉妬までしだす有様だ。


「ねえ、何なの?」


 怒りを通り越して呆れ返っている彼女なんてもう眼中にもなく、多分そこでわかれたのだろうけれど、全く記憶に残っていない。

 ただ、岡田の反応にむかついた自分の心が一体なんなのか、そんなことをひたすらぐるぐると考えていた。

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