ロシアンルーレット4
一日の授業が終わり、校門へ向かう途中で、ふと足を止めた。
帰宅部の俺には縁がないが、グラウンドではたくさんの生徒が部活動に励んでいる。
一番遠くの方でストレッチをしているのは、陸上部だろう。その中に、見なれた男の姿を発見した。いつも見ている制服姿とはだいぶ印象が違うものの、あの背の高さは間違えようもない。
(あいつ、陸上部だったのか)
通学電車で知り合った春山達樹は、同じ学校の後輩でもある。
一年生とは思えない体格の彼は、遠目で見ても飛び抜けて背が高く、どこで何をしていても目に止まってしまう。
準備運動で体をほぐしながら軽く流して走るその姿を目で追う。
きれいなフォームだった。種目はおそらく100mあたりか。
あの長身ならばハイジャンプあたりでもいけそうだが、跳ぶよりも走るのに適した筋肉の付き方をしていると思う。
「どうした、皆川?」
先ほどまで肩を並べて歩いていた金城が、止まってしまった俺のところまで戻ってきて、俺の目線を追った。
「なに?走りたくなった?」
「そんなんじゃないよ」
金城とは小学生の頃からの腐れ縁だ。俺が昔、陸上をやっていたことを知っている。
中2の夏、交通事故で左足が不自由になってから、それを諦めてしまったことも。
競争とかそんなのじゃなくて、ただ、走るのが好きだった俺は、人並みに歩くことすら失ってしまったのだ。
当時は、この世の終わりかというぐらいにふさぎ込んでいた。
けれど今は、そんな悲壮感も絶望感もなく、新しい生き甲斐を見つけて、走れない体と共に生きている。
再びあのフィールドに立ちたいとは、思っていない。
ただ、走っているあいつが気持ち良さそうだなとは思うけれど。
「知り合いの姿を見つけたから、ちょっと見てただけだ」
「知り合い?」
おそらく俺の交友関係もほぼ把握していると思われる金城は、訝しげに俺の視線の先の人物を探した。
陸上部の知り合いなんて、達樹以外にいない。もちろん、クラスメイトぐらいは何人かいるけれど、こんな風に興味を奪われるような相手は皆無だ。
そして、達樹のことを、金城は知らないのだ。訝しがるのは尤もである。
金城だけでなく、学内のほとんどの人間が、俺たちの交流を知らないだろう。言葉を交わすのは電車の中だけで、学校で会ったのはたったの一度っきりだ。
「あー、もしかしてミナちゃ~ん」
金城は俺の肩に腕をまわし、ぐっと顔を近付けた。
「ついにお前にも恋の到来?それであんなあつ~い視線送っちゃってたんじゃないの?」
「バカかお前。何言ってんだ」
金城を突き飛ばし、俺は帰り道を急ぐ。金城もその後を追ってきた。一緒に帰る約束をしているわけではないが、どうせバス停まで帰り道は同じなのだ。
「だってさ、ミナのあんな目見たの久しぶりだよ」
「男だっつーの!」
熱い視線なんて送っていない。ただ、良い走りをするんだろうなと思っていただけだ。
「え?皆川、あんまり女に興味ないと思ったら、そっちの趣味?」
「違うっつってんだろ!冗談じゃない」
「怒んなよ、冗談だよ」
「最悪だな、おまえ」
あいつは俺のこと好きだったりするのかもしれないが、それに付き合ってやろうなんて思いもしない。
ただ俺は、からかって遊んでいるだけだ。
大きいなりして、俺の言動の一つ一つに心底怯えたり、手放しで喜んだりする達樹の反応が面白いだけだ。
そう、きっと、大型犬と遊んでいるみたいに。
「だって皆川がさ、自分から誰かに興味を持つのって、奇跡に近い出来事だと思うんだよね。皆川の対人の基本って無関心か敵対だろう?」
「そう、か?」
金城の十年来の分析結果が、少し、心にしみる。
少しだけ、胸が痛い。
<終>
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