第279話 逃げないで。





「ゆいちゃんも悪いけど、りょうちゃんも悪いよね。りょうちゃん、私とまゆちゃんっていう彼女がいることちゃんと自覚してる?何?ゆいちゃんも彼女にしたいの?ゆいちゃんには悪いけど、私もまゆちゃんもそれは許さないからね。私は、ゆいちゃんのこと後輩としては大好きだけど、これ以上りょうちゃんを誰かに渡したくないから」


帰って僕とゆいちゃんが春香に事情を説明して謝ると僕はめちゃくちゃ怒られる。春香が座るソファーの前でゆいちゃんと並んで正座してただひたすらに謝り続けている。


春香に言われたことに僕は返す言葉もない。春香とまゆ…大切な彼女がいるのにも関わらず、他の女の子を甘やかして手を繋いで、春香とまゆを悲しませるようなことをしたのだから…ゆいちゃんには、申し訳ないけど、何度も言っている通り、僕はゆいちゃんとは友達でいたい。だから、ゆいちゃんを突き放すようなことはできなくて、こういう中途半端なことをしてしまう。人間関係の難しいところだ。自分が求める関係と相手が求める関係に相違があると、どう関わるのがいいのかわからなくなる。僕は友達でいたい。でも、ゆいちゃんはそれ以上を求める。あの時、ゆいちゃんは手を繋ぐことを求めた。友達以上を求めた。でも、僕にはそのつもりはない。だけどあの時、僕がゆいちゃんと手を繋いでいなかったら…ゆいちゃんとは友達ですらいられなくなったかもしれない。


一度、拗れてしまったこういう関係はどうすれば元に戻るのだろうか。少なくとも、僕とゆいちゃんの求めるものが一致しないうちは解決しないだろう。一度、リセットできたら楽なのに、やり直しや感情を消したり、記憶を消したりするなんて都合の良いことはできないし、ゆいちゃんとの思い出はなくしたくない。


この関係は、お互いにとっていいものなのだろうか。少なくとも、僕にゆいちゃんの気持ちに応える気がないうちはいいものとは言えない気がする。ならば、一度、突き放すのも優しさなのだろうか。突き放して、ゆいちゃんが新しいスタートができるようにしてあげるのも優しさなのだろうか。


「りょうちゃん、聞いてる?」

「あ、うん…ごめん……」


深く考え込んでしまい、春香の言葉が耳に入っていなかった。春香は少しため息を吐いて僕を抱きしめた。


「そんな顔しないの…りょうちゃんの悲しい顔は見たくないよ。何考えていたのかはあまりわからないけど、ゆいちゃんはりょうちゃんにとって、大切な友達なんでしょう?だったら、そんなこと考えちゃだめ」


僕の考えは全てお見通し。と言うように春香は小声で僕に言う。本当に春香には敵わないや…でも、だったらどうすればいい?わかんないよ。このまま、ゆいちゃんと友達でいられなくなるかもって怖がって、ゆいちゃんのお願いを聞いて、春香とまゆを悲しませてしまうなんて嫌だよ。ゆいちゃんが次に進むためにも…よくないんだよ。


「りょうちゃんが何を思って、どうしたいのか、ちゃんとゆいちゃんに話しなよ」


僕の悩みに答えるように春香は僕を抱きしめながら小声で言ってくれる。


「大丈夫、ゆいちゃんはりょうちゃんが今思ってることを話したくらいでりょうちゃんを嫌いになったりはしないよ。だから、怖がらないでちゃんと2人で話してみなよ。それが、ゆいちゃんのためにもなると私は思うよ。今の関係は、お互いのためによくないと思う。でも、嫌いになりたくない。なられたくないからって逃げてたら何も解決しないよ。向き合って…りょうちゃんなら大丈夫だからさ。もしもの時は、私とまゆちゃんがなんとかしてあげる。だから、逃げずにきちんとお話ししなよ。逃げてるりょうちゃん、見たくないから」


春香は小さな声でそう言って僕から離れる。


「ゆいちゃん、今日は夜遅いからお泊まりしていきなよ。まゆちゃんも疲れてるだろうから、もう休ませてあげたいしね。お着替えとかは貸してあげるからさ」

「え、あ、はい…」


春香にお泊まりするように言われてゆいちゃんは了承する。


「りょうちゃん、たまにはまゆちゃんと2人で寝たいから私とまゆちゃんは私たちの部屋で寝るけど、ちゃんと布団1枚ずつ使うこと。あと、布団の場所、動かすの禁止だからね」


交代でお風呂に入った後、リビングに1メートルくらい間隔をあけて布団を2枚敷いた春香はまゆを連れて春香とまゆの部屋に向かって行く。


僕とゆいちゃんがきちんと話をできるように2人きりにしてくれる春香とまゆに感謝をする。2人の信用を裏切らないことを心に誓う。リビングでゆいちゃんと2人きりになる。たぶん、普段のゆいちゃんなら迷わず僕の布団に入ってくるのだろうが、春香に念押しされたことなどがあり、大人しく自分の布団で横になっていた。


せっかく、春香とまゆが作ってくれた機会だ。2人の好意を無駄にすることはできない。僕は軽く深呼吸をして心を落ち着かせてから、ゆいちゃんに声をかけた。






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