第261話 普通の形






「春香ちゃん、今からでも遅くないから、りょう君と別れなよ。こんな関係絶対おかしいよ」


みのちゃんが私にそう言う。りょうちゃんのことを、私の1番大切な人を悪く言われて私はすごく苛立っていた。


「私は、私がりょうちゃんとまゆちゃんのことを好きだから一緒にいるの。だから、それ以上口出ししないで」

「無理。大切な春香ちゃんがこんな扱いされて黙っていられるわけないでしょう。春香ちゃん、本当に目を覚ましてよ!」


必死になって私に言ってくれるみのちゃん。これが、私の友達としての優しさから言ってくれるのはわかっている。でも、私はその優しさを求めていなかった。私にとって大切な関係を崩そうとすることは、私にとっては優しさではなく、ただのお節介としか感じられなかった。


「それ以上言わないで…それ以上、私の大切な人たちを悪く言ったり、私の大切な居場所を壊そうとするなら、いくら友達でも…許さないから……」


きっと、この場にりょうちゃんがいたら怖がられていただろう。自覚はある。きっと、友達に見せていい態度ではない。でも、怒りを抑えきれなかった。


「春香ちゃん…」

「ごめんね。みのちゃん…さようなら…」


私はみのちゃんにそう言ってりょうちゃんとまゆちゃんの後を追いかける。




「まゆ、大丈夫?」


泣きながら僕の腕に抱きついて歩くまゆの頭を優しく撫でながら僕はまゆに声をかける。まゆは泣きながら少しだけ首を縦に振ってくれる。


「まゆ、泣きながらだと歩きにくいだろうし、危ないよ。ほら、乗って」


僕は少ししゃがんでまゆをおんぶしてあげる。僕の背中でまゆに泣かれてちょっと落ち着かない感じがするが、まゆに声をかけてあげながらゆっくり家まで帰る。


「あ、春…」


家に帰る途中、春とりょうた君とすれ違う。2人で仲良く幸せそうにお祭りを楽しんでいた春とりょうた君を見て、まゆが先程よりも激しく泣いてしまう。


「え、お兄ちゃんにまゆちゃん?どうしたの?春香ちゃんは?」

「えっと、ちょっとまゆが足挫いちゃってさ…だから、僕たちは先に家に帰るね。春香ももう少ししたら追いつくよ。春とりょうた君は僕たちのこと気にせず楽しんでね」


流石に、まゆが泣いてる理由を言うわけにはいかなかった。たぶん、まゆは何で泣いているのかを知られたくないだろうから…


「そうなんだ、まゆちゃん大丈夫?」


春とりょうたは心配そうな表情でまゆを見つめる。まゆは泣きながら軽く頷いた。これ以上、泣いているまゆを2人に見せたくなかったので、僕は2人にちゃんとお祭りを楽しむように言って家に向かった。


「りょうちゃん、まゆちゃん、えっと…大丈夫?」


走って来たのか、少しだけ息を切らしながら春香が家の前で、僕とまゆに尋ねる。


「僕は大丈夫だよ。春香の方こそ大丈夫?」

「私は大丈夫…」

「そっか…とりあえず、中に入ろう」


僕たちは家の中に入る。家に入るとお母さんにさっさとお風呂に入るように言われたので、順番でお風呂に入ることにした。まず、春香がお風呂に入ってその間、僕はずっとまゆの横でまゆを抱きしめていた。


春香がお風呂から出る頃にはまゆも泣き止んでいて春香と交代でまゆがお風呂に入りに行った。お風呂に入り、浴衣からパジャマに着替えた春香の髪の毛を乾かしてあげて僕は春香の隣に座る。


「春香も泣いていいからね」


僕がそう声をかけると、春香は一瞬で涙目になる。やっぱり、泣きたいのを我慢していた。わかるからね。それくらいさ……


「いいの?」

「いいよ。抱きしめて慰めるくらいはしてあげられるからさ…話してくれたら何でも聞くよ」

「ありがとう。やっぱり、私、りょうちゃんが大好き」


春香は涙目でそう言って僕にギュッと抱きつく。春香に抱きつかれて僕は春香を抱きしめ返して春香の頭を優しく撫でる。


「やっぱり、私たち、おかしいのかな…」

「どうだろうね。普通ってなんだろう。とは思うよ」


普通ってなんだろう。普通って、人によって異なると思う。例えば、世界には、毎日きちんとご飯を食べられることが普通と言う人と、毎日きちんとご飯を食べることが難しい環境が普通になっている人がいる。どちらも、当人からしてみれば自分の環境が当たり前で、普通だ。普通の基準ってなんだろう。何が、普通で何が、普通じゃないのだろう。


「少なくとも、僕は今が幸せ。普通でも普通じゃなくても、僕は今が幸せ。だから、ずっとこのまま幸せでいたい。春香は?」

「私も、今、幸せ…ずっとこのままがいい…このままじゃなきゃ嫌……」

「じゃあ、普通とか普通じゃないとか、おかしいとかおかしくないとか、関係ないと思うな。幸せなら、いいと思う。結局、日常を幸せに過ごせることが、1番だろうからさ…それが、誰かに迷惑かけて得る幸せなら別だけどさ…」

「そう…だね…りょうちゃん、大好き…」

「僕も大好きだよ」


そう言って僕は春香を抱きしめる。その瞬間は本当に幸せで、これがおかしいとかおかしくないとか考えることが、本当にどうでもいいと思う。


普通ってなんだろう。普通と言う言葉に縛られて生きることに真の幸せはあるのだろうか。普通はすごく曖昧で人や環境によって、全く異なる。


少なくとも、幸せなら、そんなことどうでもいいのではないだろうか。





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