第161話 終わりの花火
「まだ時期じゃないと思っていたけど結構あるね。どれにする?」
バイトが始まるよりも早い時間にショッピングセンターに到着して、僕とまゆは花火が並んでいる棚を眺めていた。
「これとかどうかな?」
まゆが良さそうな花火セットを手に取って言う。いろいろな花火が詰め合わせられていて楽しそうだ。
「うん。いいと思うよ。あ、でも…線香花火が少ない気がするから線香花火だけ別で買っておこう。春香、線香花火めっちゃ好きだから」
「そうなんだ。線香花火好きって春香ちゃんらしいね」
「そうかな?」
「うん。去年、入部したばかりの時、ホールの隅でチューバこそこそと吹いていた春香ちゃんとジーッと線香花火をしている春香ちゃんのイメージが重なりそう」
「なるほどね。春香が線香花火たくさん使うのは、春香が線香花火下手くそだからなんだよ。すぐに火消しちゃって長続きするまでずっと線香花火やるから…春香と花火する時は線香花火たくさん買っておかないと花火終わった後、春香の機嫌が悪くなる可能性があるんだ…」
昔、線香花火を長時間継続させられずに線香花火がなくなった時の機嫌の悪い春香を思い出してちょっと怖かった。
というわけで、花火セットと線香花火を買い、一度車に花火を置きに戻ってから僕とまゆはバイトに向かう。
今日のバイトもめちゃくちゃ忙しくて、僕はひたすらレジを打ち続けた。まゆは在庫を確認したいお客様の対応、レジ打ち、商品整理など様々な仕事をこなしていて店内をずっと走り回っていたので僕の数倍は疲れているだろう。
「お疲れ様」
「本当に疲れたよ…」
「何か飲み物いる?買って来るよ」
「お茶が欲しい…」
「わかった。座って待ってて」
駐車場に向かって歩いている途中、僕はまゆをショッピングセンター内のソファーに座らせてすぐ側の自販機で飲み物を買う。まゆの好きなお茶と僕が好きなお茶を買ってまゆの隣に座りまゆにお茶を渡す。
「ありがとう」
まゆはお礼を言った後、ペットボトルのキャップを開けてお茶を一気に飲み干した。よほど、疲れていてよほど喉が乾いていたのだろう。休憩する余裕なく働いていた上にずっと店内を走り回って接客をする時は声を出していたから喉が乾いていて当然だろう。
「おかわりいる?」
「うーん。少し欲しいけど…あ、りょうちゃんのお茶少しもらっていい?」
「うん。いいよ」
僕は少しだけ飲んだペットボトルをまゆに渡すとまゆは少しだけお茶を飲み、僕にペットボトルを返した。
「えへへ…りょうちゃんと間接キスだ」
まゆはめちゃくちゃ幸せそうな表情で僕に言う。間接キスと言われると意識してちょっとドキドキするな…
「おかげで回復した。春香ちゃん待っているし、帰ろう」
「うん。帰ろう」
僕はまゆと手を繋いで駐車場まで歩いて春香が待っているアパートに帰る。
「「ただいま」」
「おかえりなさい。バイトお疲れ様。夜ご飯できてるから一緒に食べよう」
「春香、いつもありがとう」
「ごめんね。まゆ、お手伝いできなくて」
「気にしないで、バイトだから仕方ないよ。2人がバイトで頑張っているんだから、私も2人を支えるために頑張るだけだよ」
嬉しいことを言ってくれるなぁ…本当にありがとう。と何度言っても足りないくらい、春香には感謝している。
今日の夕食は鮭と長ネギのホイル焼きに白菜と玉ねぎの豆乳味噌汁、卵豆腐など、遅い時間に食べられる重くない献立だった。重くないが、食べ応えは十分あり、味もかなり美味しい。味付けは疲れた僕たちに食べやすいようにさっぱりした感じで味付けをしてくれている。豆乳味噌汁でごはんを掻き込むのが最高だ。
「どうかな?味付け濃すぎない?」
「ううん。疲れているけどすごく食べやすいよ。めっちゃ美味しい」
「うん。すごく美味しい。春香ちゃん、作ってくれてありがとう」
「そっか、ならよかった。ホイル焼き久しぶりに作ったからちょっと自信なかったんだ」
僕とまゆの反応を見て春香はホッとした表情をする。そんな春香に美味しいよ。ありがとう。と改めて伝えた。
夕食を食べ終えて、後片付け、僕とまゆがやろうとするのだが、「今日は私がやるから2人は休んでて」と春香が片付けを始めてしまった。さすがにそれは申し訳ないので、僕とまゆも手伝い、3人で片付けをする。普段、皿洗いやテーブル拭きなどの片付けは僕が担当なのだが、3人でやるとあっという間に終わった。まあ、後片付けの担当は僕になっているけど、なんだかんだ理由を付けていつも春香とまゆは手伝ってくれるから申し訳ないんだよね……
「じゃあ、花火やろう!」
「うん!」
夕食の後片付けが終わり僕が言うと春香は嬉しそうに返事をする。よほど楽しみにしてくれていたみたいだ。
さっそく花火を持って僕と春香とまゆはアパートの駐車場に出る。アパートの駐車場には車はほとんど停まっていない。そこそこ広い駐車場だが、ほとんど空いている。連絡してくれれば1部屋につき1台分使っていい。と大家さんから言われているが、駐車場が空きまくっているため、友達来た時とかは勝手に停めていいよ。と言われている。まゆが一緒に暮らすことになり、大家さんに駐車場の使用連絡をしたが、わざわざしなくてもいいのに〜と笑いながら言われたらしい。
ガラガラの駐車場で停車している車から離れた位置で蝋燭に火を付けて水をいれたバケツを用意する。さっそく手持ち花火をそれぞれ手に持って火をつけ始めた。
「ねぇ、りょうちゃん見て、めっちゃ綺麗」
まゆがそう言いながら両手に持った花火を振り回す。かわいいのでつい、写真を撮ってしまう。
「綺麗だね」
「まゆとどっちの方が綺麗?」
「まゆに決まってるじゃん」
僕が即答するとまゆはやったー。と無邪気に喜ぶ花火を持って童心に戻ったのか、まゆのテンションが高い気がする。
「りょうちゃん、わざわざ線香花火買っておいてくれたんだね」
春香が新しい花火に火をつけながら花火セットの横に置いてある線香花火を見て呟く。花火を持った春香もかわいいので写真に収めておく。
「うん。必要でしょう?」
「私、上手くなったから、こんなに使わなくても余裕だもん」
僕がちょっと意地悪気な声で春香に言うと春香は頬を膨らませながら余裕と宣言する。線香花火をする際楽しみにさせてもらおう。と思いながら花火を持ち頬を膨らませている春香の写真を撮っておく。
「じゃあ、最後に線香花火やろう」
花火セットの花火を消費した後、春香が線香花火を手に持って言う。花火を堪能している際に春香やまゆの写真を撮ったりできて本当に満足だ。後で3人のグループのアルバムに載せておかないとな…
そう思いながら僕と春香とまゆは3人で蝋燭を囲んでそっと、線香花火に火をつける。
僕とまゆの線香花火は長持ちするが、案の定、春香の線香花火は長持ちしなかった。何度も何度も新しい線香花火に火をつけるが、何度も何度も消えてしまった。「なんでー」とぼやく春香はめちゃくちゃかわいい。
「あと1本しかない…」
春香が火を消しまくったせいで、線香花火は残り1本になってしまった。
「りょうちゃん、まゆちゃん、一緒にやろう」
春香はそう言って僕とまゆに近づく。僕とまゆは同意して春香の手を持つ、そして線香花火に火をつけて、じっと線香花火を見つめる。3つの手が重なり、僕とまゆが春香の手が震えないようにギュッと春香の手を抑えたので、線香花火は長持ちして、春香は満足そうだった。
ずっとパチパチと小さな火を灯し続ける線香花火、その火を3人でじっと見つめる。途中、春香が幸せ。と呟いた。小さな幸せだ。線香花火の火のように小さな幸せだと思う。それでも、春香に幸せ。と言ってもらえて嬉しかったし、もっと春香を幸せにしてあげたい。春香だけでなく、まゆも…幸せにしてあげたい。
「楽しかったね」
「うん。満足してくれた?」
「うん。夏にさ、またやりたいなぁ。今度はさ、りっちゃんとかも誘ってやりたい」
「そうだね。また、やろうね」
春香が笑顔で楽しかった。と言ってくれて僕も満足だ。僕と春香のやり取りを聞いていたまゆも満足そうにしていた。
また、花火やりたいなぁ。春香の言う通り、りっちゃんさんとか、ゆいちゃん、さきちゃんとかも呼んで一緒に花火をしたりして…夏は思い出を作りたいな。
夏と言えば…コンクール…部活の一大イベントである吹奏楽コンクールがある。ゴールデンウィークが明けた後の練習は本格的なものになるだろう。
楽しみだ。今の、部活の演奏は、始めての合奏に比べて様々な感情が飛び交うようになった。きっと、これからの合奏も様々な感情が飛び交い様々な物語が紡がれるだろう。
ゴールデンウィーク最後の日、ゴールデンウィーク最後の思い出の花火が終わり、なんとなく寂しい気持ちもあったが、明日からの生活や部活などへの楽しみがある。
明日からも春香とまゆと一緒にいっぱい思い出を作ろう。そう思いながら僕は春香とまゆと花火の片付けをしてアパートの部屋に戻った。
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