第44話 掴みたい幸せ







「まゆ…好きだよ……」


まゆ先輩をギュッと抱きしめて僕が言うとまゆ先輩は私もりょうちゃんのこと大好き。と顔を赤めながら言った。そのまま僕とまゆは口づけをした。


信号が青になったので、まゆ先輩はアクセルを踏む。それから学校まではほとんどずっと手を繋いでいた。


学校の駐車場に車を停めて僕とまゆ先輩はシートベルトを外す。1限の授業が始まるまで30分ほどあったため駐車場にはまだ車が少なかった。


「りょうちゃん…好き……」

「うん。ありがとう」


車の中でまゆ先輩が僕に抱きついてきたので僕はまゆ先輩を受け止めた。まだ、車が少なくて人が少ないとはいえ、屋外の駐車場で、徒歩や自転車で登校してくる学生が通る道もすぐ側にあり、割と人目がありそうで恥ずかしかったが、ずっとこうしていたい。と僕は思っていた。


「授業始まるまで時間あるからさ…もうしばらくこのままでいい?」

「うん。いいよ。まゆが気の済むまでこうしてていいよ」


かわいい。と思いながらまゆ先輩を抱きしめて頭をそっと撫でてあげる。するとまゆ先輩は嬉しそうな表情をしてくれた。


その後、授業が始まる直前まで、まゆ先輩は僕を抱きしめていた。割と人通りが増えるとお互いに恥ずかしくなり抱き合うのをやめて車から降りた。そして、僕はまゆ先輩を授業がある教室まで送っていく。僕とまゆ先輩は手を繋いで教室まで歩いた。


「りょうちゃん、昨日今日とありがとう。また泊まりに来てね」

「こちらこそありがとう。また機会があればね…」

「うん。りょうちゃん、大好きだよ。じゃあね」

「うん。またね」


そう言い僕はまゆ先輩の手から手を離した。するとまゆ先輩はまだ離したくないと言うかのように離れていく僕の手を掴もうとしたが、途中でそれを止めていた。


「やっぱりまゆはかわいいね」

「もう…何も見なかったことにして」


僕が揶揄うように言うとまゆ先輩は恥ずかしそうに言い返してきた。


「また今度手を繋ごう」

「うん。楽しみにしてるね」


まゆ先輩は僕の提案に笑顔で返事をして教室に入って行った。




まゆ先輩を見送った後、僕は急いでピアノ練習室に向かった。


昨日、まゆ先輩と練習した部屋と同じ部屋で待っていると春香から連絡があった為走って移動する。


「春香、ごめん。お待たせ…」


息を切らしながら部屋に入ると春香は笑顔で私も今来たばかりだから気にしないで。と言ってくれた。


「まゆちゃんの家でお泊まり楽しかった?」


部屋の机に昨日着ていた服などが入っている鞄などの荷物を載せていると春香が僕に尋ねてきた。


「うん。楽しかったよ」

「私といるよりも楽しかった?」


春香は冗談の様な雰囲気の声で尋ねる。僕は軽いノリで答えようとするが振り向いて春香の表情を見た瞬間、出そうと思っていた言葉を強引に止めた。春香の表情は儚く寂しそうだった。春香の顔をよく見てみると目の下に涙を流した跡があった。


「春香、何かあったの?」

「何もないよ。急にどうしたの?そんなこと聞いて…」

「いや、春香の表情がなんか寂しそうと言うか…なんか変だったから……」

「そっか…さすがりょうちゃんだね。私のことちゃんと見てくれてる。ありがとう。でも、大丈夫だよ」


春香は大丈夫と言いながら必死になって涙を流すのを堪えているように見えた。


「ちょっとごめん。お手洗い行ってくる」


春香はそう言って慌てて部屋を飛び出して行った。




約30分程前…


私は見てしまったのだった。


りょうちゃんとまゆちゃんがまゆちゃんの車の中で抱きしめあっている姿を…一緒にいたりっちゃんはりょうちゃんたちに気づいていなかったので私は何も見なかったように振る舞っていたが、りっちゃんと別れた後、一人になってどうしても考えてしまう。


りょうちゃんは私を選んでくれなかったんだなぁ…と…私は幸せになれなかったんだなぁ…と……せめてもの救いは相手がまゆちゃんだったこと……私の大好きなりょうちゃんと私の一番の親友のまゆちゃんが結ばれて私の大好きな2人が幸せになってくれたなら、妥協点としては十分かな…と…思うようにしたかった。私はまゆちゃんとりょうちゃんが結ばれたら笑顔でお祝いしようと決めていた。だが、実際にりょうちゃんとまゆちゃんが抱きしめあっているのを見て生まれた感情は嫉妬だった。


今、私の中にはまゆちゃんへの嫉妬と、まゆちゃんとりょうちゃん、2人の幸せを願う感情が存在している。2つの対極と言っても過言ではない感情は私を苦しめた。


「もっと…心の底からお祝いしてあげたかったな…」


先程、りょうちゃんに心配させてしまったことで、私は自分のことが嫌になった。もし、本当にりょうちゃんがまゆちゃんと結ばれたのなら、良かったね。と心の底からお祝いしてあげたかったのに…


「私も幸せになりたかったなぁ……」


気づいたら私は泣きながら体育館の横まで来ていた。体育館の横の人目につかないような木の木陰で私は蹲りながら泣き続けた。私も幸せになりたかった。と何度も何度も繰り返し言いながら泣き続けたのだった。






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