第62話「早速なんですけど」

「今さらだけど紗衣ちゃんはこのあと用事あるか?」


「特にないです」


「なら長い時間待っても大丈夫だな」


「一時間で区切りましょう」


「いや、そんなにかからないべ」


「だといいですけど」


「回転早いし。気楽に待とうぜ」


「……はい」


 店内の美味そうな臭いに腹を押さえ空腹に耐えている。


 ていうか、よくまぁこんなに学生だらけなのにウチの生徒と出くわさないな。


 ……グゥ。ふぅむ。


「紗衣ちゃんてハンバーグ作れるか?」

「作れますよ」

「じゃあ、作ってくれ」

「あ、え、はい」


 花咲の顔を見てニコッとする紗衣。

 隣で待っていた男四人衆がなにやらボヤいていたが気にしたら負け。


「帰ろう」

「男に二言はないって聞きましたけど」

「もう耐えられない」

「分かりました。出ましょう」


 4人衆に順番をプレゼントして俺達は外に出た。

 自転車にまたがり作戦会議を開く。


「さて、まずスーパー行くか?」

「そうですね。高いの買いましょ」

「お手柔らかに頼む」


 いくら紗衣ちゃんと言えども言うときは言うぞ。

 あと高いから良いってもんでもないと思うんだよね。


「お祝いですから」


「譲歩はするつもりだよ」


「正直デザート買ってもらえればひき肉なんて安くていいです」


「いや、ある程度高いのにしようぜ。せっかくだし」


「な、凪君」


 紗衣ちゃんのキラキラ光線をかわしながらファミレスを後にし、スーパーへ。


 ……こっちは普通で良かった。


「スーパーって平日の昼はこんなに人まばらなんですね」


「紗衣ちゃんがどこ言ってるか知らないけど。今日はそこそこいるよ」


「あ、そうなんですね」


 なんだ新川家は金持ちなのか?


 この紗衣ちゃんの反応が物語ってる。


 じゃあ、なんで明はバイトしてるんだよって話だが。


「材料は全部買うから」


「え、別にあるものはウチの使ってもらって大丈夫ですよ」


「いやいや、そうも行かないって」


「じゃあ、せめて油とご飯だけは」


「わ、分かった」


 謎のやり取りを繰り返し材料を買い新川家。


 祝うつもりが一緒にハンバーグを作るという良く分からない感じになってしまった。


「今日はありがとうございました。一緒に料理を作って食べるなんてお祝い中々できないので良かったです」


「ホントに?」


「はい良かったです。二人で食べたのが特に。言ったじゃないですか。私は凪君が好きって。一緒にいられるだけで良いです。ハッピーですよ」


「ありがとう」


 この間の自分の行動が悔やまれるっ。

 胸がズキズキして辛い……。



 ☆☆☆



 ハートに傷を負ったため昨日は夕飯がのどを通らなかった。


 今朝のご飯はその反動でいっぱい食べてしまって身体が重い。


「あ、おはよう。花咲君」

「おっす。美野里さん」

「なんか辛そうだね」


 やっとこ登校して教室に入ったら美野里さんが俺に気がついて笑みを浮かべてきた。


 しかも、様子の変化に気づくという。観察眼鋭い。


「ちょっと朝ごはん食べすぎた」

「凄いね。朝からいっぱい食べれるなんて」

「今日は特別だよ」


 空腹には抗えないって改めて思い知った。

 ちょっと弊害を伴ってるけど。


「おかずが美味しかったとか?」


「それもある」


「もってことは他にもあるの?」


「あるけどノーコメントで」


「そっか残念。花咲君は一人っ子?」


「ああ」


「あたしも一人っ子なんだ。バイトってやってんの?」


「やってるぞ。美野里さんは?」


「あたしもやってるよ。スーパーのレジ」


 なんかこのフレンドリー感にピッタリなバイトだな。

 ファンができそう。


「そうなんだ」


「昨日あたしレジでいたよ?」


「……ん?」


「ぷふっ。なんて声出してるの?」


「ちょっと言ってる意味分からなくて」


「もう一回言うね。昨日花咲君と女の子が来てたスーパーにあたしバイトしてたよ」


「……聞き間違いじゃなかった」


「ねぇねぇ、あの子誰なの?」


 良いネタをゲットと心の内が丸わかりなテンション。やっぱり町は狭いな。


 女子と二人で歩くのは危険かもしれない。


「友達の妹だよ」


「付き合ってるんだ」


「いやまったく」


「二人で一つのカゴだったよ?」


「あれは、入学祝いに一緒に昼を作りたいって言われたんだよ」


「積極的……。あ、予鈴だ。またあとで」


「お、おう」


 おかしいな。なんか疲れたぞ。


 一時間目始まるまで美沙達のクラスにいようかな。


 昼はクラスが別になっても平気だよね。


 憩いの時間とテンション高めにベンチに着くと、彼の調子は見るからに悪くなった。


「みんなで食べた方が飯は美味いからな。ウチの妹も呼んだ」


「お、おう。そうか」


「凪君の目の前はあたしです」


 そう言って紗衣ちゃんは俺の前に腰を下ろした。


 地べただけどっ。なんか嫌だな。


 代わった方が世間的には良いイメージになるかもしれない。


「俺がそっち座るから紗衣ちゃんがベンチに座りな?」


「いや、大丈夫ですよ」


「いいから」


「分かりました」


 渋々と言った感じに紗衣は花咲の座っていたところに腰を下ろした。


 冷たっ。明日から外用敷マット持ってこよ。


「優しいね」

「別に普通だろ」

「私には優しくしてね」

「結構美沙には優しくしてる自覚あるんだけど」

「うん、知ってる」


 知ってんのかいっ。ムスッとした表情からパッと明るい笑顔。


 これは反則だろ。胸が高鳴ってしまってうるさい。


「あー、肩が凝る。仲良すぎだろっ」

「幼なじみってこんなもんじゃないか?」

「絶対に違うと思います」


 断言をされてしまった。


 いや、前に何回も言ったが、世の幼なじみを持つ人の何割かは疎遠というのは知ってる。


 でも、仲良い人もいるのよ。俺らばかり咎められても困るわけで。


 あまり納得していない声色で紗衣ちゃんはオレンジジュースのストローを吸う。


 ……おふ。ここスカートの中見えますわ。


 スパッツ履くのが校則だからパンツは見えないけど。


 さては、明のやつこれ見たさに端から地べたに座ってるのか。


 も、もしかして高林さんと美沙のどちらかがスパッツじゃなくてパンツ見えてる!?


 場所的に見えないっ。ま、まぁ、この二人のは見ようと思えばいつでも見れるし。


 自分をそう納得させながら花咲は肉団子を頬張った。


 ――放課後。今日は依頼が来たらしく高林さんと共に町でひときわオシャレと話題のカフェへ足を運んだ。


 なんでも人生相談をしたいらしい。


 カランカランとカフェらしい鈴の音を聞きながら店の中へ。


「そう言えば顔分からないのにどうやって依頼した人分かるんだ?」

「……」


 素朴な疑問を口にした花咲にくるっと振り返りスマホを取り出してかざしてみせる莉音奈。


 ここで電話っ。それはマズくない。


 わりと静かな店内に響き渡る。着信音はあまりにも恥ずかしいぞ。


「……大丈夫……こっちで探す……」

「やっぱりそうだよな」


 焦った……。メッセで探るらしい。

 高林さんがスマホをイジると、店内の誰かのスマホが短く鳴った。


「あ、こっちです」


 ショートボブの女子高生が手を上げた。


 声が大きいっ。ていうか、女子高生が依頼主だと思わなかった。


 テーブルに着き、腰を下ろすと女子高生はメニューを差し出してきた。


「ここの会計は持ちますのでなにか頼んでください」

「……はい……」


 一回は断ろうよ。なんかそんなルール聞いたことある。


 とかなんとか思いつつ俺も高林さんにあやかってコーヒーを頼んだ。


「早速なんですけど、人生相談本題入りますね」


「……コク……」


「友達に好きな人がいるんですけど、その好きな人が幼なじみで」


「……ふむふむ……」


 ふむふむっ。普段使わない相づちをする高林さんに花咲は驚きの色を隠せない。


「その二人の親からキューピットになってくれって頼まれて」


「……」


「今頑張ってる最中なんですけど。なにをしたら二人はくっついてくれると思いますか?」


「……その気持ち……分かります……」


「ホントですか!?」


「……似たようなことが……」


「詳しく聞かせてください。あ、その前になにか頼みましょう」


「……ありがとうございます……」


 完全にのけ者になりました。コーヒーがやけに苦く感じる。


 ――相談が終わったのは日が暮れかける頃。


 すっかり元の無口な高林さんに戻ってしまい、言葉のキャッチボールの少ないまま高林家へ着いた。


 きびすを返し、帰ろうした花咲を裾を掴み莉音奈が阻止。


「どうした?」


「……今度の……休み……お花見……二人きり行きたい……」


「オッケー。全然構わないぞ」


 二人きりだって二人きり。断る理由がどこにあるだろうか。


 バイトの休みの日。花咲と莉音奈は大きい公園に足を運んだ。


「桜がキレイだろ」


「……コク……」


「結構ここ有名でたまに写真家が来たりするらしい」


「……初耳……」


 春の風を感じながら莉音奈は花咲の話に相づちを打ち持ってきた弁当のフタを開ける。


 うわ、美味そっ。マストの唐揚げはもちろんのこと他のおかずも的を得ていてびっくり。


「……パートナーとしての……絆深めるため……」

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