ここだけの話 2
妹の想い人
俺の名前は、
小さい頃からそこそこ運動が出来た。そして、小学生になると勉強もそこそこ出来ていた様に思う。
それでもたーまに宿題をやらなかったり、忘れてしまったりしたこともあった。
だけど、それくらいの事はみんなよくある話らしく、俺の周りの評価は『いたって普通の子』という感じだった。
そんな俺の生活が変わったのは……妹が生まれてしばらく経ってからの事だった。
妹は『恋』と名付けられた。
最初こそ「かわいい妹が出来た」と喜んでいた。なにせ、俺は下に妹か弟が欲しかったのだから。
しかし、妹が大きくなると……どうやら妹は頭がいいらしく、色々な事を自分から学ぶようになった。
そんな様子から、周りは妹を『天才』とか言う様になり、俺と比べるようになった。
せめてもの救いが、妹と俺の年が少し離れていたことだろうか。
それでも、周囲はどうにかして俺と妹を比べようとしてきた。たとえば「お兄さんは全然本とか読まなかったのに、妹さんはえらいわねぇ」とかそんな感じだ。
当の両親は「そんな声なんて気にしなくていい」と言ってくれた。それでも、やはり気にはなる。
そうこうしていく内に、俺は妹……恋を避けるようになっていた。そして、そんな妹に『一つ年上の近所の友達』がいつの間にか出来ていた。
聞いた話によると、その子供は恋以上に色々な事を知っていて頼りになるらしく、名前は『市ノ
俺もたまに遊んでいる姿を見たことがあったし、家に来たこともあった。
その度に「こいつは妹よりも出来るヤツ」という事が頭に浮かんでしまい、まともにあいさつをした事もなかった。
今となっては「なんて大人げない事をしていたんだ」と、思ってしまう。だが、この時の俺には、そんな事を考えている『余裕』がなかったのだ。
そして、妹が小学生になった頃。
「ん?」
夏休み、みんなプールに行って遊んでいる中。恋は宿題が終わっても「予習と復習をしておかないと」と言って勉強をしていた。
その言葉を聞いて「ふーん、良い子は違うねぇ」なんて思っていた。その時の俺は、勝手に恋を『何でも出来る人間』だと思っていたのだ。
でも、実は妹がプールに行かなかったのは……。
この時の恋は泳ぐことが出来なかったからだ……と知るのは、市ノ瀬君に教えてもらいながら必死に頑張っている恋の姿を見た時だった。
「…………」
その姿を見て、俺はようやく『恋にだって苦手な事がある』と知った。
俺を含めて周りの人が『なんでも出来る』という風に見えていたのは、苦手を努力でカバーした結果だったのだ。
そして、恋が中学生になる頃に『市ノ瀬』という名前すら言わなった事に、俺はふと気がついた。
「なんか、市ノ瀬君。色々といそがしいみたいなのよ」
母さんに聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
それを聞いて俺は「チャンス」だと思った。今の状態を使えば俺は、奪われた兄の座に戻れる……とすら思った。
そもそも『兄の座』なんて、存在しないし、ましてや奪われてすらいないと言うのに……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そこから俺は、まず話しかける事から始めた。
もちろん、すぐに上手くいくとは思っていない。俺が恋と距離を置いていた時間以上に時間がかかることは覚悟していた。
それに、俺が恋の立場なら、突然仲良くしようとしてくる兄に警戒しないはずがない……と、思っていたのだ。
しかし、恋の反応は……俺の予想とは違い、とてもうれしそうだった。
そして、その日を境に勉強など聞いてくるようになったのだが……恋が分からない問題という事は、当然その問題は難しい。
でも、俺は出来るだけ「分からない」という事がないように、勉強するようになった。
「兄さん。私、えっ……市ノ瀬さんと同じ高校に行こうと思っているの」
ある日、恋からそんな話を聞いた。
「……いいんじゃないか?」
恋の成績なら、東西寺院高校はよほどの事がなければ不合格になることはないだろう。
「…………」
それにしても、まさか「小さい頃に見たあの子と同じ高校に行きたい」と言ってくるとは思ってもいなかった。
ただ、俺は不思議と「悪い子ではないだろう」とは思っていた。ちょっと見たくらいしかなかったが。
そして今日――――。
「誰か来ているのか?」
「あっ、兄さん。うん、ちょっと玄関で待っていてもらっていて……」
「そうか……って、その手袋どうした。確かなくしたって……」
「あっ、コレは……市ノ瀬君からもらって……」
「へぇ」
俺はそう言って、玄関先で待っている市ノ瀬君に会いに行ってみた。久しぶりに会った市ノ瀬君は昔と比べて少し大人になっていた。
そして、久しぶりに話をしてみて……分かった。彼自身もとても『努力』をしていて、気をつかう事の出来る人間だという事。
後、分かったのは……市ノ瀬君も恋の事が好きなのだろうという事くらいだろうか。
でもそれは、恋も同じ様だ……という事は、見てすぐに分かった。
それこそ、二人との付き合いがそこそこある人間ならすぐに分かってしまうくらいの分かりやすさだった。
『ああ、この子なら……この二人ならきっと大丈夫だろう』
でも……そんなに分かりやすかったからこそ、俺はそう思う事が出来た。ただ、ちょっとさみしさはあった。でも、特に悲しさはない。
むしろ俺は「願わくば、二人の恋が上手くいくように……」と思っていたくらいだった。
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