第22話 「うーーーーーみーーーーーーーー!!!!」

 天気が良く、気温もかなり上昇したとある日。


「見えてきた、海だ!!」


 俺と幼女魔王さまとミスティは『海』にやってきていた。


「ハルト様、馬車から身を乗り出すと危ないですよ。もうすぐ着きますので、そうしたらいくらでも見れますから」


「だってすげーんだもん! これが海か! 間近で見るとほんとでかいな!」


「おやおや、ハルトがまるで子供のようにはしゃいでおるのじゃ」

 ワクワク期待感を隠せないでいた俺を見て、幼女魔王さまはご満悦のようだった。


「おっ、塩っぽいにおいが強くなってきたぞ?」


「これは『いそかおり』というのじゃよ」


「『いそかおり』……! なんとシャレた風流な言葉か! さすが文化的最先端だ!」


「いや割と普通の言葉じゃが……まぁハルトが嬉しそうなので良いとするのじゃ」


 そうこうしている間に、馬車は海と隣接する砂浜の手前までやってきて停止した。

 止まると同時に俺は馬車を飛び出し、海に向かって砂浜を走ってゆく。


 ザザーン、ザザーン。


 寄せては返す波打ちぎわまでやってきた俺は、その大きさに改めて目を奪われていた。


「海……これが海……! あ、そうだ! ぺろっ――」

 俺はその場に屈みこむと、海に指を入れるとそれを舐めてみた。


「――うわっ、しょっぱ! すごい、これも本で読んだ通りだ! 本当にこれが全部塩水なんだな! やべぇ、マジやべぇ!! 俺今、海ってるよ!」


 初めての海を目の前にして、俺は今モーレツに感動していた。


 そんな風に目を輝かせてはしゃいでいた俺の隣に、魔王さまとミスティが遅れてやってきた。


 そして幼女魔王さまは海初心者の俺に、文化的最先端のアドバイスを教えてくれた。


「ハルトよ。海に来たらこう叫ぶのが『お約束』なのじゃ」


 魔王さまは息を思いっきり吸い込むと、海に向かって大きな声で叫んだ。


「うーーーーーみーーーーーーーー!!!! とな」


「そ、そうだったのか! それは俺が読んだ本には書いていなかったな……! はっ、わかったぞ!」


 俺の頭に一条の閃きが舞い降りた。


「きっと『海』という偉大なる存在に対して、大きな声でその名を呼ぶことで敬意を示すと言うことだな?」


「えっとハルト様?」

 ミスティがちょっと不思議そうな顔をしたけれど俺は構わず言葉を続ける。


「確かに『海』のこの雄大さを見せつけられれば、誰しも敬意を払いたくなるというもの! いやー、こんなことがパッと分かってしまうなんて、俺もだいぶん最先端文化に馴染んできたよなぁ」


「いえハルト様、これはただの遊びで――」


「ミスティよ無粋ぶすいはやめるのじゃ。せっかくハルトが初めての海を堪能しておるのじゃから、我らはそっと側で見守るだけでよいのじゃよ」


「……そうですね。魔王さまの言う通りです」


 幼女魔王さまとミスティが何か話している間にも、俺は思いっきり息を吸い込んでは、


「うーーーーーみーーーーーーーー!!!! うーーーーーみーーーーーーーー!!!!」


 最大限の敬意をもって「うーみー! うーみー!」と、偉大なその名を叫び続けていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る