俺は俺であるために俺を捨てる

佐賀貫

プロローグ

 とある会議室。


 「いい加減にしろよ!無関心を装って、あいつを助けようとしなかったのは、お前らのほうじゃねーか」

 

 普段は大人たちが集い、淡々と打ち合わせを行う空間に、一人の中学生の怒号がこだまする。   


 「まあ落ち着きなさい。君がいくら怒りを露わにしたところで何も変わらないよ」 


 「そうだよ。私たちはただ、君が知っていることを聞きたいだけなんだ。少し冷静になりなさい」


 「もう一度聞くよ?彼が危険な考えを持っていたり、おかしな行動をとったりするようなことはなかったかな?」

 

 三人の大人たちが、感情的になった中学生を落ち着かせながら、無理にでも彼の口から答えを聞こうとする。


 「怒りを露わにしても何も変わらないことぐらい分かってる……だからといって、冷静に話したところで、何も変わらない」

 

 中学生は激しく揺らいだ感情を必死に堪えながら反論する。


 「意地になっても仕方ないよ。ただ君が知っていることを話してくれるだけでいいんだ。ほら」


 「…………」


  大人達の問いかけに、俯いて断固として答えようとしない中学生。


 「もう、こうなってしまっては先に進めませんね。また日を改めて、直原ただはら君が心身ともに落ち着いてから、再度、話し合いを行いましょう」

 

 その発言を機に、周りの大人たちは立ち上がり、まるで何事もなかったかのように、会議室を後にしていく。

 

 しばらくして気がつけば、中学生は一人、会議室に取り残されていた。


 「ん?」


  中学生は目の前に置かれた、あるものに気がつく。彼が座っている席の長机の上に、綺麗に折りたたまれたハンカチがあった。


 「なんだよ……これ」

 

 その時、彼は体の中が熱くなっていくのを感じた。彼の目からは涙がこぼれ落ちていた。それが悲しさからなのか、悔しさからなのかは分からないが、そこには何か、涙とともに、彼が大事なものを失っていっているようだった。

 

 人と人とが互いに言葉を発し合い、聞き合い、理解し合うために作られた会議室。しかし、この空間で彼の言葉に耳を傾ける者は、存在しなかった。

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