第11話 石畳の街ベーグルハム

 ◆◇◆


 ほどなく。

「さて。到着なのです」

「だな」

 無事に『ミラクルトンネル』を抜け出したヤギシマ一行は、石畳の路地に複数の店舗が軒を連ねる街『ベーグルハム』にたどり着いていた。

 通りには自分たちと似たような境遇とみられる旅人や魔法使いふうの人々が盛んに行きかっており、路肩には辻馬車まで止まっている。

 さすがに街というだけあって安全性は高いらしく、立札にはご丁寧にも、地場の強力な魔法結界が存在しており魔物は近づけないという旨と、その理屈まで詳細に記されていた。

 とにかく、ここまでくれば一安心である。

 にしても、あの危険地帯からベーグルハムまでよくたどり着けたものだ、とキタムラはいまさらながらに感心する。

 が、これは自分たちというよりも、いまはニャラハンの背におぶられて、静かに寝息をたてているミラの実力。その一言に尽きるのかもしれなかった。

 というのも、街に着いた現在でこそ、小動物のごとく可愛らしいアホ毛の眠り姫だが、洞窟内でキタムラたちが見たのは確かに殺戮者の姿それだった。

 全ての魔物の生命を情け容赦なく一撃で終わらせた小さな殺戮者の姿は、いまの彼女とはまるで似ても似つかない。

 それこそ別次元の存在のように思えるニャラハン、そして少女が時折みせる殺気に、どこか不穏な違和感を感じずにはいられなかったのだ。

 そして、青年は密かに思う。

 本当の幸運はここにたどり着いたことではない。

 彼女たちのような存在が敵として現れなかったこと……なのかもしれないと。

「なんてね」

 彼が頭の片隅でそんな戯言を遊ばせていた時。

「なにか考え中か?」

 ニャラハンが苦笑しながら、その視界を横切った。

 どうやら、いましがたヤギシマとリプニーに別れの挨拶を言ってきたところらしい。

 彼らも含めての臨時増員の冒険パーティはここまでというわけだ。

「いや、なんでも」

「そうか。ならよかった。ところで、すっかりミラは眠ってしまったよ」

「みたいだな。高度な魔法スキルの多様で疲労したのかな?」

 キタムラはすかさず、この魔法剣士に問うてみる。

「ああ、どうやら、そのようだ。こいつは戦闘能力は高いし、校閲や翻訳なしでも魔法をある程度まで操れるみたいなんだけど、急に眠ってしまうことが多いんだよ。それこそ、まるで過眠症ナルコレプシーのように。ただ、僕もこいつとは出会ったばかりだから、まだそんなに詳しくは個性が分からない。それだけに、こいつが眠った時の戦闘にも耐えられるよう備えておく必要がある。きみたちと別れて、武器屋に立ち寄るのはそのためさ」

「なるほどね。あんたと相棒さんの旅もこれからますます大変なことになりそうだな」

「そうだな。だが、まぁ、こいつがいてくれれば、昇格試験はクリアできるんじゃあないかっていう淡い望みは抱いているよ」

「ふむ。別れるのは寂しいが、あんたの健闘を祈るぜ。俺たちはこれからクエストを受け取りに行く。短い間だったけど起きたら、ミラにもよろしく伝えておいてくれ。ありがとよ」

「そうか。こちらこそありがとう。ああ、伝えとくよ。じゃあ、僕たちはこの辺で消えるとするか。……きみたちに神のご加護があらんことを。では」

 こうして、あっさりとニャラハンたちは通りの人混みへと消えていった。

 それはすがすがしいまでに爽やかな最後だった。

「では、ボクたちもそろそろ行きますかね」

 近くで様子を見ていたヤギシマが、おもむろに声をかける。

「だな」

「はいなのです」

 期待と不安の入り混じった2人の声がそれに続いた。

 一行はニャラハンたちとはまた別の大通りに向かって歩き出す。



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