第22話 シュロイム人の少女

「ねぇ、あの人なんかどうですか?」


 ルーが目の前にいる冒険者らしき二人のほうを指差した。でも、キトリーからの返事はない。


「聞いてます?」

「いや」


 ルーが怒って詰め寄ってくるけども、キトリーは気にした様子もなく塀の上を歩く縞トラ柄のシュロに心を奪われている。指先を向けて「チチチッ」と舌を鳴らせて、こっちへ来るようにと誘っている。ちょっと興味あるように視線を向けたが、ぷいっと反対を向いて歩き去ってしまう。


-可愛い!!


 尻尾をふりふりと揺らしながら、塀の上を歩く縞トラにキトリーは残念と思いながらも、簡単には人に懐かない自由な性格にどうしようもなく惹かれてしまう。


「もう、気持ちは分かりますけど、キトリーもちゃんと探してくださいよ」


 ルーが頬を膨らませてキトリーを怒った。

 二人がいるのはグリュンという峡谷の街である。大地がひび割れて出来たような巨大な谷があり、両側に大きな街があり巨大な吊橋でつながれている。実に200トールほどの距離があり、グリュンの街が出来るまでは、もっと幅の狭いところに迂回路があったらしい。しかし、この街が出来たことで王都への道が一週間ほど短縮されたそうだ。


「ルー、私はここに住みたいな」

「ダメですよ。いつもどおり1泊だけです」


 キトリーのわがままをルーが厳しく否定する。この街には多くのシュロが住み着いていて、それだけでも心躍るのだが、街自体が可愛いのだ。


 グリュンはかなり新しい街で、まだ10年ほどしか経っていない。

 街が作られた理由にはもちろん、王都への近道であるが、それがいままで実現しなかったのは建築素材の運搬や建物を建てる難しさがあったからだが、少し前に開発された新素材により瞬く間に街が出来上がった。


 その新しい素材こそが、この街を彩る”白”である。

 漆喰で塗られたように、街は道路も塀も家の壁もすべて白い素材で出来ている。しかし、円筒形の白い家には魔女の帽子のような円錐型の屋根があり、それが黄色や緑、青、赤と様々な色に塗られている。峡谷という関係上、街が段々に出来ているため上からその姿が一望できるのだ。


 それが、お菓子の家のようでポップで可愛いのだ。


「せめて、あと一泊くらいダメかな」

「ふふ。本当にめずらしいですね」

「だって…」


 と、再び街の至る所を自由に闊歩するシュロに目を向ける。

 塀の上をしっぽを揺らしながら歩くもの。

 根のてっぺんで街を見守るように鎮座するもの。

 白い階段の途中で気持ちよさそうに寝るもの。


 美玖の子供時代に飼っていたアメリカンショートヘアを思い出す。ちょっと太り気味で、いつも不機嫌そうな顔をしていた陸という名前の猫。


「でも、ダメですよ。ここは宿泊費が高いですからね」


 残念そうにルーが答える。ルーも滞在延長には心惹かれるものがあるらしい。もちろん、弟の元へ急ぎたいという気持ちがあるので、実際には同意しないのだろうけども。この新しい街は、辺鄙なところにあるため、いろいろと経費が掛かっているらしく、いままでの街と違って、1泊で500リュートもかかってしまった。


「素材の売却でルーが大金を手に入れてくれることを期待するしかないか」

「だから、キトリーもちゃんと探してくださいよ」


 シュライセの後は、ルーの『ルロウ族ホイホイ』もうまく機能しなかったので、手に入った素材はすくない。あの巨大オタマジャクシの皮は燃やしてしまったので、入手できたのは魔核が一つ、それから体長が20トールくらいはありそうな大きな蛇の皮を手に入れていた。ちなみに1トールは、大昔の賢人トールの歩幅である。


 キトリーたちはまずは魔核を売りさばこうと冒険者ギルドの前にいた。

 ゲンセンの町でオルドーさんたちに売却をお願いしたように、仲介してくれる誰かを探しているのだ。売却額が四分の1になるくらいなら、2割でも3割でも誰かに手数料を払ったほうがマシだからである。怪しいことこの上ないし、身分を明かせばそれだけで足元を見られるのだが、収入を少しでも増やすためには労を惜しむわけにはいかなかった。


「ねえ、あれ」


 家と家の間の一人が通るのがやっとという細い路地で、一人のシュロイム人が行ったり来たりを繰り返しながら、頭を抱え込んでいた。誰の目にも明らかなほど、困まっている。


「どうしたんですか」


 ルーが小走りに駆け寄り、シュロイム人に話しかける。

 遠くから見ると真っ白な髪の毛に見えたけども、ほんのりとピンク色をしている。頭の上に生える耳はキャスケット帽に隠れて見えないけども、髪の毛と同じ色のしっぽが、感情を表すように下に垂れ下がっていた。それでシュロイム人とわかったのだ。


 小柄なルーよりもさらに小さく、子供くらいにしか見えない、服装も膝丈のオーバーオールと少年っぽいけども、胸のふくらみが性別を教えてくれた。


「うう。困った。非常にまずいのだ」


 ルーの声が聞こえていないようで、その場でうろうろとしている。


「大丈夫ですか」


 聞こえやすいように、大きな声を出すと、はっとして顔を上げた。金色の目はシュロと同じように、日の光の下ではキュッと細められている。


「大丈夫じゃない。失敗したのだ」

「どうしたの?私たちで何かお手伝いできることはある?」

「『女王様の瞳』を探してるのだ」

「『女王様の瞳』?」

「そうなのだ。それがないと大変なことになる。ボクが持っていたのに、ボクが届けなくちゃいけないのに、失くしてしまったのだ」

「それは、大変ね。探す手伝いをしたいのだけど、どういうものなの?」


 ルーがキトリーにいいよね。と目で合図を送る。

 もちろん、断るはずもない。


「『女王様の瞳』は、これと見た目は同じだけど。でも、全然違うのだ」


 そういって、指をさしたのは彼女の目だ。

 『女王様の瞳』とは文字通り、眼球を指すのか。二人で目を見合わせる。


「それは、そのまま目なの?」

「そうともいえるし、そうでもないともいえる。うーん。説明するのは難しいのだ。この目に似た石だと思ってほしいのだ」

「石か……例えば宝石のような?」

「宝石……それは考えなかったのだ。人が拾えば、宝石と思うのかな?」


 質問を質問で返されて、困ってしまう。

 目の前のシュロイム人の目は、宝石と言っていいほどきれいな輝きを持っている。キトリーも実物を見たことはないが、美玖のいた世界にはキャッツアイという名の宝石もあったくらいだから、需要はあるかもしれない。

 もちろん、本当の眼球だったら宝石にはならないだろうけども。


「可能性はあるかもね。どこで失くしたのかわかる?」

「それが、分からない。王都までは持ってたのは確実なのだ。でも、そのあとは見た記憶がないのだ」


 悲しそうに首を左右に振った。


「そっか、私たちはこれから王都に向かうんだけど、途中で気をつけてみておくね」


 探し出すことは約束できないので、出来ることを提案する。まだまだ、いくつもの街があり、それらすべてが捜索範囲だとしたら途方もない。それだけでも、彼女にはうれしいことだったようで、瞳を輝かせる。


「いいのか?シュロたちに聞いても、駄目だったのだ。だからこうして、人の目線で探し始めたのだけど、全然見つからなくて困っていたのだ」

「でも、どうやって連絡したらいい?」


 この世界には魔法という不思議なものはあれども、電話のようなものはキトリーの知る限り存在しない。それでも、キトリーたちが定住しているのであれば、手紙という手段があるが、移動を繰り返す彼らにはそれが難しい。


「それなら問題ない。どの街にも野良のシュロがいるのだ。どの子でもいいから伝言を頼んだらいいのだ。ボクの名前はククル。ククルへ伝言があるといえば、聞いてくれる」

「わかった。見つけたらシュロに伝言を残せばいいのね。私はルー、こっちがキトリー。きっと見つかるから落ち込んだら駄目だよ、ククル」

「ありがとうなのだ」


 少しだけ元気を取り戻したククルという名のシュロイム人は、ぴょんぴょんと屋根の上に登り走り去っていく。まさにシュロという感じの機敏な動きで。そして、二人を振り返り、大きく手を振った。キトリー達も手を振り返すとあっという間に街の中に消えていった。


「行っちゃいましたね」

「そうだね。ところで、普通にルーが返事してたから言わなかったけど、シュロイム人ってシュロとしゃべれるんだね」

「そうなんですか?」

「えっ?って、だってシュロに伝言を残してくれって…」

「いえいえ、私もそんな話は聞いたことないですよ。ただ、ククルさんが当たり前のように言うから、そういうものなのかなって。私も一度でいいからシュロさんとお喋りしてみたいって思っていたんですけど、うらやましいですよね」

「いやいや、えっ、そうなの?」

「だって、考えてくださいよ。私たちだって、エルマとは会話できないですよ。だってエルマですよ」


 何を言っているんですか、キトリー?とさも当然のようにルーが口にする。キトリーはエルマを見たことはないが、サルのような動物だとは知っている。だとしたら、会話が成立するはずもないかと納得する。が、それ故に理解できない。


「え?じゃあ?」

「ククルが特別なんですかね?ふふふっ、いいなぁ」


 ククルがいなくなった辺りを振り返る。

 赤く染まる夕焼けのなか、誰もいない屋根の上を一匹の茶ぶちのシュロが横切る。

 なにか?とでもいうように、茶ぶちが「ナー」と鳴いた。

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