1-9 赤木犀
「なんだ、これ……?」
赤に染まった花を彩る木犀に、どこまでも続く黒い空。他には何もない。校舎も、子どもたちの姿も、俺自身も。自分の身体に視線を落としても、そこには何もない。ただ、俺の意識がここにあるのみだった。
「おい、誰かいないのか?おい!」
俺は必死に叫ぶ。だが、誰かが言葉を返してくれる様子はない。
「くそっ!」
移動しようにも、足がない。もがいてみても、手ごたえはない。
「どうなってんだ!」
はたして、俺の声は声として成立しているのだろうか。それすらも疑問だ。まるで、泥沼の中に沈んでいくような、得体の知れない恐怖に押しつぶされそうになる。
意識が、薄れていく。自分の身体をもう一度見る。俺の身体があるはずの場所には、木犀の葉や花が生えていた。俺の身体の末端から根が伸びて、全身が木犀そのものへと変化していく。不思議と痛みはない。意識が薄れていく感覚も、恐怖ではなく安楽的な心地よさがある。先ほどまでの痛烈な恐れは、いつの間にか消えていた。今ならば、死ぬことすら容易に受け入れられるだろう。
(ああ……。)
自然と、眠気がやってくる。今ここで目を閉じてしまえば、きっと楽になれる。
(だけど……。)
まだ、あの子とお話しできていないんだ。
村瀬さんに、聞きたいことがたくさんあるんだ。
話したいことが、まだ、たくさんあって……。
ふと、金木犀の花の香りを思い出した。
初めて、あの香りが心地よいと思ったのは、いつだったっけ。
「先生。」
声が聞こえた。
「新田先生。」
あの子の声だ。
「まだ、聞こえているなら、どうか、夢の中に沈まないで。」
誰かの手が、俺の頬に触れた。
「その瞳で、私を見て。」
それは、俺の知らない声だった。
「誰……。」
ゆっくりと、俺は瞳を開いた。
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