妻の部屋
加湿器から吹き出る霧が夢の続きを見せるように辺りを霞ませていた。あちこちのインテリアからのLEDライトに照らされぼんやりと光る部屋は柔らかく、甘く、そして優しい。
ハート形や星形、お菓子など可愛らしい形のクッションがたくさん置いてある。たっぷりとした布が垂れ下がる、少女の夢みるような天蓋付きベッド。シーツは淡いピンク色をしてレース模様の大輪の花を咲かせている。お洒落なドレッサー。まるで海外の子供部屋かドールハウスの世界だった。パステルカラーに囲まれた、キュートでメルヘンなその部屋。
お金がないというより、他に欲しい物があって諦めた物ばかりだった。本当に居心地がいい。まるで女の子が一度は夢見る楽園をリオンは作ってくれた。いい匂いがして、柔らかい寝心地で、綺麗で可愛い物に囲まれて。デザインソファーベットとスタンドライトなんて読書に最適だし、ふわふわのラグで昼寝している蒼龍は虎が寝そべっているようで何だか面白い。
黒猫の動きのパターンや癖を熟知して作ったかのようなこの部屋で、彼女の行動が制限される事はない。そんな真似ができるのは。たった一人のためだけにこんな事ができるのは――。黒猫は、これが自分のための庭だと、数日過ごして気がついた。
だが一方でこれは、美しい鳥籠に囲われてしまったのではないかと、時おり背中を不安が走る。怖くなる。不自由も不便もない代わりに、自分では何もできなくなるような。
「君は何も心配しなくていい。全て私達に任せていればいいよ。世界で一番安全で、優しい場所を作ってあげるからね」
穏やかに笑う、世鷹の瞳が、あの日のように静かな不穏を滲ませ歪む。
抱きしめる腕も、頭を撫でる手つきも優しい。
「大丈夫、僕達を信じて」
恐ろしい。やがてこの恐怖と違和感が、判らなくなる事が。
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