第5話
「あっ、玲菜ちゃ~ん!」
とててて、と梅子が駆け寄る。
「おっ、おい!」
俺の天使に不用意に近づくんじゃない。って、今はそういう話をしている場合ではない。
「小原さんまで、どうしてここに?」
「平田くん、私もメンバーなんだ、ローゼンガールズの」
「え?」
「黙っててごめんね」
いやいや。僕がローゼンガールズの存在を知ったのは、たった今なのだ。何も玲菜が謝る必要はない。
「おお、来たか、玲菜くん!」
満足気に頷く猪瀬。
「理事長、小原さんがローゼンガールズのメンバー、ってどういうことです?」
僕は率直に尋ねた。彼女は先ほどの戦いに加わらなかった。それどころか、誰よりも怖がっていたように見える。それなのに、この戦闘少女たちの一員であるとは、どういうわけだろう?
「小原くんは、私の秘書のようなものだよ」
猪瀬は玲菜の肩に軽く手を載せながらそう言った。なるほど、確かに情報処理能力に長けた人物は必要になるはずだ。この学校を守るには、市町村レベルで安全を図る必要がある。
その点、玲菜はうってつけの人材だったのだろう。中学生の時分から、防犯・セキュリティに関する研究論文を発表していたという話は聞いたことがある。
俯き、上目遣いで僕の方を見遣る玲菜。萌える。じゃなくて、どこか申し訳なさそうだ。言いたいことがあるけれど言い出せない。そんなもどかしさを感じさせる。
「では玲菜くん、報告を頼む」
「はい」
きっぱりと顔を上げ、澄んだ声で玲菜は語り出した。
「現在、この街には、非常用通信に対するジャミングがかかっています。そのために、今日もテロリストの侵入を許してしまいました。敵勢力の正体は不明ですが、彼らは独自の通信網を築いているようです。そうでなければ、本校の警備員に偽装通信を流して退避させることはできなかったでしょうから」
淡々と、一語一語を口にする玲菜。僕を含めた四人は、じっと彼女を見つめている。
「この状況を打開する方法は一つです。市内に配置されたジャミング装置を、全て破壊すること」
「破壊?」
何やら物騒な言葉の登場に、僕は唾を飲んだ。しかし、他の皆は平然としている。
「現在、この市内全域をカバーするだけジャミング装置は、最低三つは必要だという結論に至りました」
「ねえねえ玲菜ちゃん、それってどこにあるの?」
梅子は立ち上がり、何やらシャドーボクシングのような動きをする。ちゃんと話を聞いていられるのだろうか。
玲菜は一つ咳払いをして、続ける。
「今はまだ一ヶ所しか確認されていません。市街地から西へ二・五キロ、山岳地帯から、怪し気な電波が発信されているということまでは分かっています。まずは、ここから潰していくのが妥当でしょう」
『早ければ早いほど、こちらが有利です』。そう付け加える玲菜。
流石に今日は行けないだろうが、明日の朝になら捜索に向かうことはできそうだ。
そんなことを考えていると、香澄と実咲がなにやら難しい顔をしていた。
「どうしたんですか、二人共?」
僕が声をかけると、シカトを決め込んだ香澄に代わり、実咲が答えた。
「すまないな、我輩と香澄は、明日は都合が悪いのだ」
「都合?」
どこか別な場所で戦わなければならない、ということなのだろうか?
不意に心配になったが、それは杞憂だった。
「明日、我輩は剣道の練習試合があるのだ。香澄は何用だったかな?」
「べっ、別にいいだろ、俺の予定なんて」
僅かに赤面する香澄。一体何があるんだ?
まあ、それを問うては藪蛇になりそうだから、僕は黙っておくことにする。
状況を把握した猪瀬は、皆に向かって一つ、大きく頷いた。
「それでは、明日は梅子くんと拓海くんの二人に任務を任せよう。よろしいか?」
「はい! はーい!」
相変わらず梅子は元気いっぱいである。が。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「何かね、拓海くん?」
僕は、再び一人で拳を振るい始めた梅子を一瞥しながら、懸念事項を口にした。
「僕と梅子だけで大丈夫なんですか? ここはもう少し様子を見て、四人で乗り込んだ方が――」
「はぁ? 甘ったるいこと抜かすんじゃねえ、シスコン」
「ぐっ!」
香澄の反論と罵声に、僕は思わず呻き声を上げた。香澄は両腕を広げ、ソファの背もたれに肘を載せていた。どこの不良なんだ、コイツ。
「とにかく、明日は俺も先輩も用事があるんだ」
「で、でも、部活動を優先するのは――」
そこに割って入ったのは猪瀬である。
「すまんな、拓海くん。香澄くんと実咲くんは、通常の活動を優先してもらわねばならんのだ。敵がどこで見張っているのか分からん以上、用事のあるメンバーにはそちらを優先してもらわなければな」
でないと敵に怪しまれるだろう? と続ける猪瀬。
僕は渋々、頷いた。でも、二人っきりで大丈夫だろうか?
「では、今日のところは解散! テロリストたちの身柄の引き渡しは、本校の警備員と警察の間で行われる。心配せんでくれ」
すると、全員が立ち上がって姿勢を正し、『お疲れ様でした!』と声を合わせてお辞儀をした。香澄は渋々といった様子だったが。
「皆、気を付けて帰ってくれたまえ」
実咲、香澄、梅子、僕の順で、ゆっくり鉄扉から退室していく。って、あれ?
「玲菜さん、どうしたの?」
「ああ、気にしないでくれ、拓海くん。私は玲菜くんと、今後の作戦の立案にあたる。彼女の身の安全は保証するよ」
「分かりました。失礼します」
そう言って、僕も梅子の後に続く。だが、玲菜と共に帰れないのは少し残念だった。
※
そのまま僕たちは帰途に就いた。夕日が目に差し込み、蝉の音が耳に染み込んでくる。
だが、それを十分に感じる余裕はなかった。僕の頭の中を回っていたのは――。
「で、さっきから何ため息ばっかりついてんだよ、新入り」
「へ?」
「おい『へ?』じゃねえ。自覚ねえのかよ」
ケッ、と喉を鳴らしながら、そっぽを向く香澄。何を怒っているんだ?
「あー! 分かったあ!」
ささっと僕たちの前に回り込み、梅子がくるりと振り返る。小動物のような大きな瞳に、好奇の光が宿る。
「お兄ちゃんは、玲菜ちゃんのことが好きなんだね!」
「ぐぼはぁ!」
全くの不意打ちにして、図星である。
呆れたように目をつむる香澄と、じっと僕を横から見つめる実咲。
「そうか。君はああいう女子が好みなのだな?」
「わっ、悪いですかっ」
素直に認め、顔を振り向ける。しかし、長身の実咲と目を合わせるには高度が足りない。代わりに否応なしに目に飛び込んできたのは、張りのある胸元である。
慌てて目を逸らしたものの、
「ちょっとお兄ちゃん! 玲菜ちゃんのこと好きなんでしょ? いくら実咲ちゃんが相手だからって、おっぱいに見惚れちゃ駄目!」
「みっ、見惚れてねえよ!」
付き合いの長い梅子の目は誤魔化せなかった。この夕日に紛れて、僕が赤面しているのがバレなければいいのだが。
中心市街地を通る間に、実咲、香澄の順で別れていく。香澄が何やら鋭利な目つきでこちらを睨んでいたが、何だったのだろう?
※
気づけば、僕と梅子は肩を並べて歩いていた。もうじき、僕が住んでいるマンションと、梅子が両親と暮らす一軒家が見えてくる頃だ。
「何か久し振りだね、こうして二人で歩くのって」
「そうだな」
僕は半ば上の空でそう答える。
「さっきは冗談半分だったけどさ、お兄ちゃん」
「んあ?」
「本当にお兄ちゃんは、玲菜ちゃんのことが好きなの?」
「ぐっ……」
全くコイツは何なんだ。さっきから僕をお兄ちゃん呼ばわりして周囲を憚らないし、人の恋路を平然と口にするし。幼馴染だからって、何でもかんでも許されると思ったら大間違いだぞ。
「なあ梅子、今日は一体どうしたんだよ? 僕が相手だからって、いくら何でもウザいぞ」
はっきり言ってやった。
すると、僕の周囲を回るようにおどけていた梅子は足を止めた。ちょうど、僕の真正面で。
ふっと真顔になる幼馴染を前に、僕もまた歩みを止める。
「ふぅん? あたしにそんなこと言うんだ」
「な、何だよ」
僅かに身を反らす僕。しばらく梅子の目を覗き込んでいたが、
「べっつにぃ~」
と言って、梅子はぷいっと顔を逸らしてしまった。そのまま、すたすたと自宅の方へ向かっていく。
「あ、そうだ、お兄ちゃん! 明日は学校休んで、裏山の捜索に行くからね! ちゃんと付き合ってよ!」
「え、あ、ああ」
中途半端な音を喉から発する僕。すると、梅子はくるりと振り返った。薄暗い中で、眩しいほどの笑顔を浮かべている。いつもの梅子だ。
「じゃあよろしくね、お兄ちゃん!」
僕はぼんやり突っ立ったまま、玄関ドアの向こうに消えていくセーラー服を見送った。
「はあ……」
家族がいるなんて、羨ましいな。
そんな言葉が、実際に口から出たのか、脳裏に浮かんだだけなのか、僕には判断できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます