オーバーラップ・ストーンズ

黒田雄一

序章 この何でも屋、問題児につき

プロローグ

 これは、何気ない日常の話――


 街が一望できる高台に、一人の少女が呆然と立っていた。

 少女の目の前には男が数人、ニヤニヤとしていた。

 少女は男たちを前に何もできず、立ち尽くすしかなかった――――










 ――――――――と、いう場面ではなかった。


「サッカーしようぜ! こいつらボールな!!」


 性格の明るさが目立ちすぎる赤髪をした少年――良太りょうた


「待て、ボールならば一つで十分だ」


 クールで粋な紺髪の少年――海渡かいと


「いやまず人をボール扱いするのはおかしいでしょ!?」


 薄茶色の中性的な優しい顔を持つ、唯一まともな少年――時雨しぐれ



 この三人の前には、彼らよりも年上の男三人が痣だらけで倒れている。それに追い打ちをかけるように良太と海渡が男たちを蹴り続けている。

 ニヤニヤしているのはこの二人のことだったのだ。


「別にいいだろー?こいつらは、お前の彼女を襲おうとしてたんだ……しッ!!」


 良太が言い終えると同時に、男三人まとめて高台から強く蹴り飛ばし、遠くへ運ぶ。海渡は双眼鏡を取り出し、男たちが飛んでいく様子を見ていった。


「…………確認。警察署に全員落ちた」

「ちょ!? 何やってんの!?」


 海渡の報告を聞いた時雨が慌て出す。

 それに良太が応じる。


「何って、わざわざ警察呼ぶよりもこっちの方が早いじゃん?」

「いや死ぬって! 死んだら元も子もないだろ!」

「……安心しろ。微かに動いている……微かにな」

「それ死にかかってるってことだよ!?」

「ったく……相変わらず時雨は文句が多いな。俺らの方が一つ年上なんだから少しは立場をわきまえ…………」


 良太は話している中、ある人物を放置していることに気づいた。


「……………………」


 黒に近い緑色の、腰まで伸ばした長い髪をした少女が、汚物を見るような目で良太たちを見つめている。


「ウイッス尚紀ひさきさん! ごきげんよう!」


 良太の気さく(?)な挨拶に、少女――尚紀は溜息を吐いた。


「……あなた達、朝から何してるの?」

「ん、そうだなぁ……悪者退――ぶふぉあ!!」

「がはッ!!」


 良太が最後まで答える前に、尚紀は彼の腹に正拳突きを喰らわせる。

 ついでに、海渡の腹も殴っておいた。


「ひ…………ひでぇ――――」

「俺はまだ……何も、言って――――」


 二人は倒れ、気を失う。


「…………」

「!?」


 二人を見た時雨は覚悟する。自分も殴られると。

 尚紀は時雨に近づく。その際、地面に転がってる良太と海渡を邪魔なゴミを退かすよう、足で払い飛ばした。

 彼女の鋭い目つきに恐怖を感じた時雨は、思わず目を閉じる。


「……………………?」


 時雨は左手に不思議な感覚を覚え、ゆっくりと目を開く。

 尚紀は、時雨の手を優しく握っていた。先程までの険しい表情が嘘のように優しい微笑みを見せている。


「行きましょう。こんなの放っておいて」

「えっ!? あっ! はい!!」


 時雨は戸惑いつつ返事すると、尚紀は彼の手を引っ張り、その場を去っていく。






「…………海渡、生きてるか?」

「あぁ…………なんとかな…………」


 当然のように置いてかれた良太と海渡。

 そんな彼らの前に、一人の男が現れる。


「…………お前ら、こんなところで何をしている」

「!?」

「!?」


 男の声を聞いた二人は、痛みを忘れたかのように飛び起き、男の前で正座する。

 二人よりも高身長で、威圧的な鋭い目つきをした男。明らかに年上の彼だが、顔つきに幼さが残っており、まだ学生ですと言っても何の違和感もない。


「ボ、ボス!! ボスこそどうしてここに!?」


 良太は、男を『ボス』と呼び、礼儀正しく頭を下げ始める。

 それに合わせて海渡も頭を下げた。


「これから依頼主に会って話をするところだ。事情があって事務所に顔を出せないらしいから、オレが直接向かうことにした」

「なら、俺達も――」

「お前たちは学校に行け。…………ところで、時雨はどうした?」


 『ボス』は周囲を見渡し、時雨を探す。

 それに海渡が答える。


「時雨は尚紀とともに、先に行かれました」

「そうか……なら問題ない。お前たちも、遅刻しないようにな」

「了解! 行くぞ、良太」

「ちょっと待って、足が痺れた」

「ボスの命令だ! 行くぞ!!」

「わかったから! わかったから引っ張らないでくれ!」


 海渡は良太を引っ張りながら、学校へ向かう。


「…………」


 それを見届けた『ボス』は、彼らとは別方向へと歩いていく。


 『ボス』の名は紗桐さぎり大我たいが

 時雨、良太、海渡の三人の親である。

 しかし、血の繋がりはない。身寄りのない三人を大我が養子として迎え、育てたのだ。

 そして、大我は何でも屋をしており、三人は部下としてその手伝いをしている。

 大我としては『親子』としての対等さを保ちたかったのだが、恩を受けた三人が大我を尊敬し、彼の為に働こうとした結果、彼を『ボス』として認識し始めたのだった。


「…………」


 大我が一人歩く中、首から下げたアンバーとアクアマリンの天然石が付いたネックレスを握りしめ、空に向かって独り言を呟く。


「大丈夫だ。時雨なら、愛する者を守れる。お前もそう思うだろ……『寿紀ひさき』」

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