第4話-② 西辻栄吾と東坂芽衣②

 与えられた使命を再確認し、改めて憂鬱な気分になっていた。どこから取り掛かればいいのかすらよく分かっていないんだ。

 頭を悩ませる俺に、芽衣は微笑みながら言った。


「ねぇ、栄吾君」

「どした?」

「私、これから買い出しに行くんですけど……良かったらご一緒しませんか?」

「断る理由がないな」

「やった!」


 買い出しと言いつつ、俺たちの本当の目的はデート。俺と芽衣が合法的にイチャつける唯一の機会だ。別に違法で付き合っている訳ではないんだが、どうしても周りの目を気にしてしまう。その点買い出しなら偶然を装うことも可能、という訳だ。

 ただし、この買出しデートにも難点はある。芽衣の私服を見ることができないんだ。俺は如月家の、芽衣は速水家の従者として外出しているため、それぞれ燕尾服、メイド服の着用が本家から義務づけられている。どうせなら彼女の私服姿を見てみたいものだが、その夢が叶うのはだいぶ先になりそうだ。


「ではいつもの場所で」

「ん、了解」


 電話を切ってからお嬢様に声をかける。


「お嬢様、買い出しに行ってくるので留守番をお願いします」

「…………」


 答えは返ってないが、勝手にしろという意思は伝わってきた。機嫌の悪い時のお嬢様はいつもこんな感じなので気にしてはいない。

 家を出て、芽衣との待ち合わせ場所に向かう。お互いの家から等距離にある公園だ。藍色に染まり始めたこの時間ならそうそう人目につくこともないだろうと二人で決めた場所だ。

 少し早く着きすぎてしまったのか、まだ芽衣の姿はない。

 スマホを操作しながら待つこと数分、聞いていて気持ちのいいリズムの足音が聞こえてきてふと顔を上げると、芽衣が小走りで駆け寄ってくるところだった。メイド服と小走りの破壊力が凄すぎて、何故か顔を逸らしてしまった。


「栄吾君?」

「ん、いや…何でもないです」


 思わず敬語になった僕を不思議そうに眺めてから、芽衣は僕の手を取った。


「ほら、早く行かないと混んじゃいます」

「分かったよ」


 街中でメイド服の美少女と燕尾服の男子が並んで歩いていたら、普通なら誰もが二度見してしまうところだろう。しかし、この街ではそれが日常の光景になってしまっているんだから驚きだ。


「……手、繋いでいいですか?」


 近道のために裏路地に入った途端、おずおずと上目遣いで尋ねてくる芽衣。そんな彼女が愛おしい。手入れが行き届いている黒髪を、梳かすように優しく撫でると、撫でられることに慣れていないのか「ひゃんっ」という小さな声が上がった。

 やりすぎたかと不安になって手を止めたけれど、すぐに芽衣の方から頭を差し出してきたので驚いただけだったんだろう。だから僕も芽衣が求めるままにサラサラな黒髪を撫で続けた。


 スーパーに着くのにいつもの倍以上の時間がかかってしまったのはここだけの話だ。

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