第216話 死人軍師
ヨハンは死霊王とジャイガントの言葉に甘える形で、冥王軍と対峙することとなった。大半の死人は死霊王が相手をしてくれる。
魔族たちでは死人に飲まれる恐れがあるので、すでに前線から下げた。
さらにジャイガント率いる巨人軍もすでにこの場にはいない。
彼らの数が少ないこともあるが、冥王との戦いに彼らは不利でしかないのだ。
それならばラース軍と対峙してもらった方が、今後のためになる。
シーラに預けることになった。
「では、いくか」
冥王軍はすぐそこまで迫っている。
すでに物見から確認できるほどの大群が迫ってきているのだ。
死霊王と戦いを繰り返すうちに敵軍は数を増やしていった。
今では数千だった兵が、万に届こうとしている。
「雑魚は任せよ。足止めぐらいならば、簡単なことだ」
冥王軍に向けて、まず出陣したのは死霊王だった。
彼は死霊となった兵や、元々生命を持たないアストラル体だけの魔族を連れて敵と対峙する。
これまでの戦いで、相手も死霊王がそういう戦いをしてくると分かっていたのだろう。同じような敵が向かい合う。
「我々も行くとするか」
死霊王の部隊が戦いを始めたことを確認して、ジャイガントはヨハンに問いかける。ヨハンはジャイガントの肩に乗っていた。
ジャイガントは最初から最大限の力で戦うことを想定して、すでに魔力を吸収し始めている。そのため、今もなおその体を肥大させていっているのだ。
「ああ。頼む」
巨人が走れば地響きが起きる。
ジャイガントが一歩踏み出すだけで、地面は揺れ、敵も味方も嫌でもジャイガントの存在を確認しなければならない。
ジャイガントは死人を蹴り飛ばし道を作り出す。
冥王までの一直線の道をジャイガントは歩くだけでいい。
「我こそは巨人族の勇者ネフェルト・ジャイガントなり。
宿敵、冥王ハーデスに決闘を申し込む」
その巨体から放たれる大きな声は大気を震わせ、ひと山向こうにいても聞こえてしまうのではないかとおもうほど大きなものだった。
ヨハンは耳を塞いでいたにもかかわらず、キーンと耳鳴りがしていた。
「一度負けた者が、何を粋がる」
それに対して軍の中央にいた冥王がジャイガントに言葉をかける。
そこに嘲りは一切ない。ただ事実を述べただけという感じだ。
「一度の負けがなんだ。最後に勝てばいいのだ」
「ならば、もう一度殺してやろう」
どこか、冥王も楽しそうに笑っていた。
そんな冥王の斜め後ろに馬に乗った女性がいた。
ジャイガントたちが言うように仮面をつけており顔はわからない。
だが、ヨハンには纏う雰囲気でサクだと認識出来た。
ジャイガントの肩から飛び降りたヨハンは、サクの後ろへと着地する。
冥王はジャイガントに気を取られているらしく、ヨハンには気づいていないようだ。気づいていたとしても気にしていないだけかもしれない。
「サク、なのか?」
確信は持てている。だが、死人として生き返ったのなら話せないかもしれない。
「お久しぶりですね。ヨハン様」
しかし、ヨハンの予想に反してサクは普通に返事をした。
「やっぱり、サクか」
ヨハンは目的の人物に会えて、嬉しいと思う反面。
彼女がどうして冥王に力を貸しているのか疑問が浮かんできた。
「冥王に操られているのか?」
「まぁそうなりますね。ですが、今の私は死人。
この身が滅びない限りは、彼からの呪縛は解けないでしょう」
サクの口調は生前のものと同じく、淡々と事実だけを述べていく。
その口調にヨハンは嬉しいやら、困ったやら、どう反応していいのか分からなくなる。
「俺がお前を殺しても?」
「それが望ましいでしょうね。
ですが、私もただで滅されてあげるわけにもいきません。
この体は自動防衛装置みたいなものが働くようなので、私自身を滅そうとする相手を、撃退するようになっています」
「まるで機械だな」
「機械?」
「いや、こっちの話だ」
ヨハンはいつも通りの口調でいるサクに拍子抜けしてしまう。
彼女を救うためには彼女を滅する必要がある。
「それでどうされますか?戦わないのであれば、観戦でもなさいますか?」
観戦と言われて視線を向ければ、冥王とジャイガントの戦闘が始まろうとしていた。巨人が振り下ろす恐ろしい一撃を魔剣をもって受けとめた冥王はやはり化け物だ。ヨハンは冥王を見て黒騎士の残像を思い出す。
言われてみれば確かに冥王は黒騎士だ。
ヨハンは黒騎士によって味わった様々な苦汁を思い出す。
「あいつを倒したらどうなる?」
「それはわかりかねます。私は私を守ることだけしかしませんから」
「そうか、なら観戦するよ。ジャイガントが負けることがあれば俺が冥王と戦う」
「そうですか。ならば、私は私の仕事をさせて頂きます」
サクが手を振るだけでホーンナイトが死霊王めがけて突撃を開始する。
「なるほど、策を考え軍を動かすのが仕事か?」
「そうなります」
「やっぱり倒さないとダメか?」
「そうですね。私を倒せば軍は止まるかもしれませんよ」
サクは何の感情も出さないいつもの無表情で淡々と語る。
「そうか……仕方ないんだろうな」
「はい。仕方ありません」
ヨハンが斧を振るえば、サクは持っていた鞭でそれを受け止める。
「滅するよ」
「そうですか。では、私を殺してください」
殺してくださいと言ったサクは、鞭を振り上げヨハンに攻撃する準備に入った。
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