第183話 デスサイズ

リンの策が成功して、帝国兵を分断することができた。

カンナの突撃もあり一時王国側が優勢に見えたが、死霊王の対応は速かった。

協力魔法により大岩を破壊し、破壊した衝撃で大岩が崩れ、帝国兵ごと王国兵を巻き込んだのだ。


「スゴイスゴイ、さすがに驚かされたよ」


死霊王は大岩の上から王国兵に向けて拍手を送る。

その姿は王国兵全てに見えていた。リンは死霊王の姿に驚く。

ドラゴンによって奇襲は成功したかに見えた。

しかし、五十万という数は伊達ではない。

被害があった帝国兵は僅かで、そのほとんどが無傷といっていい被害しか受けていない。さらに死霊王は真っ直ぐリンを見つめていた。


「あなたが大将ですかな?」


死霊王に見つめられた瞬間。

リンは心臓を鷲掴みにされたような胸に苦しさを感じた。

まるで死が迫ってくるような恐怖が背中を走りぬける。


「あっあれは危険」


瞬時に死霊王の危険さを理解して、撤退の指示を出す。

しかし、リンよりも死霊王の動きの方が早かった。

大岩が破壊されたことで、道幅が狭くなっており、カンナたち王国軍は上手く身動きがとれなくなっていた。

そこに帝国兵が隙間からどんどん侵入してくるのだ。

元々分断されていた兵も立ち上がり、一気に王国兵の殲滅にかかった。

敵の方が数が多いと言うのに、死霊王は一切手を抜かず。

油断のない攻撃をカンナ率いる第二軍に仕掛けてきた。

第二軍はどんどんと数を減らしていく。

それを見たセリーヌが退路の確保と、帝国兵に向けて協力魔法を放った。

しかし、第三軍ほど訓練が成されていない協力魔法は、通常の魔法よりも多少威力が強いだけで、帝国兵に対しての牽制には成り得なかった。

帝国は数に任せ、王国兵を一人、また一人と倒していく。

数も倍以上いる帝国兵を相手にリンの策は失敗に終わっていたのだ。


「大将の目星もついた。敵の兵も数を減らしている。

本当にこの場で王国との戦争に決着がつきそうだね。

まぁその方が問題が片付いていいか」


死霊王は髑髏の仮面の中から戦況を判断して、帝国兵の勝利を確信つつあった。


「まだ負けません。死霊王を討つことで挽回します。

シーラさん霧をお願いします。フリード着いて来て」


リンは気丈にも、死霊王に向かって走りだした。

セリーヌはリンの行動を正しく理解し、進路の確保とカンナ軍の援護を両立させていた。この場にヨハンがいない今。

ヨハンの下で鍛え抜かれたリンが死霊王を討たなければならない。


「援護を」


カンナの横を通り過ぎるリンはカンナに援護を頼み。

そのまま死霊王目がけて跳んだ。


「ファイアーボール」


リンは一番得意な魔法で、死霊王に立ち向かった。

それに対して、死霊王は只静かに指を向ける。


「デスサイズ」


それは呪文と言うにもあまりにも静かに、そして騒がしい戦場の中でもリンの耳にはハッキリと聞こえた。


「なっ!」


リンのファイアーボールが出現した大鎌によって切り裂かれたのだ。

髑髏の仮面同様、死神を思わせる力の片鱗にリンの魔法は成す術なく消滅していく。


「どうして」


リンは肉体を強化して、殴り掛かるが効果がなかった。


「多少は魔力も武術も納めているようだね」


死霊王は余裕をもってリンの攻撃を受けていた。リンは意味がわからなかった。

確実に手ごたえがあるのに、死霊王にはまるで効いていないようだった。

魔法を混ぜて攻撃すれば、リンの猛攻に一溜りもないはずなのだ。

そう王国内では個人の武勇でも、リンは最強に分類されるまで鍛えられている。

それでも死霊王には攻撃が全く聞いていない。


「そろそろ終わりにしましょうか?」


地上では帝国軍が王国軍を飲み込もうとしていた。

シーラの霧のお蔭て何とか保っているが、これ以上の戦闘は王国の被害を増やすばかりとなる。


「フレイムバースト」


煙幕にもなる爆発で、一旦視界を奪ってリンは死霊王から距離を取る。

手だてを失ったリンにできるのは、ただ逃げることだけで。

リンは早々にカンナと共に撤退する道を選んだ。

しかし、死霊王がそれを許すはずがない。

霧の中を的確に、カンナとリンを追いかける死神の姿があった。

デスサイズと呼ばれる大鎌に斬られたものは小さな傷であれ、命を刈り取られていく。


リンとカンナで何とか、死霊王の攻撃を防いでいるが。

いつ突破されてもおかしくない。


「ヨハン様……」


リンの荒い息が霧の中で大きく聞こえ、死霊王がいつくるかわからない恐怖にただ怯えることしかできないリンはヨハンの名を呼んだ。


「すぐに会わせてあげますよ」


リンの声を聴いた死霊王は、リンの首目がけて大鎌を振り下ろした。


「危ない!」


カンナが叫びと共に二人の間に割り込んで大剣で鎌を受け止めた。


「いない者に頼るな。今は我々が多くの兵士を守らなければならないんだ」


カンナの激励に折れかけていたリンの心を奮い立たせる。


「すみません」


リンは魔法を唱え、死霊王をけん制する。

死霊王は仮面を守るように飛び退き、二人と距離を開けて霧に隠れる。


「今のを見ましたか?」

「ああ、奴は仮面をかばっていた。

もしかしたらあれに何か仕掛けがあるのかもしれないな」

「ええ、狙うは仮面でです」


二人は協力して死霊王の仮面を砕くことに専念することにした。


「そんなことに意味はないですよ」


二人が背中を預け合い、互いをかばう様に立っている。

リンの頭上から声がして大鎌が振り下ろされる。

しかし、肉体を強化しているリンは瞬時に反応して見せた。


「上です」


片手に持った斧で大鎌を弾き、もう一方の斧で仮面を叩き割る。


「くっ!」


死霊王から初めて苦悶の声が聞こえた。シーラが作り出した死霊王は霧の中に姿を消した。しばらくお互いに背中を合わせ構えていたが、死霊王の気配は消えて襲ってくることはなかった。


「助かったのか?」

「そうのようですね」


リンの声にカンナは息を吐き、リンも構えをほどく。


「とりあえず生き残った者だけでも撤退させましょう」


セリーヌが撤退を指揮してくれているはずなので、リンたちも合流するべく歩き出した。リンが王国に合流したとき生き乗っていたのは十五万ほどで、五万もの兵を失っていた。十五万の内、五万人ほど重傷者が出ており戦線復帰は厳しい。


王国史上初の女性将軍たちによる共同作戦は、死霊王によって敗北という結果に終わった。

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