第152話 ドラゴンマスター
竜の谷は緑多き場所ではない。
岩ばかりで竜達は何を食べて生きているのだろうか。
斧をワイバーンに突き付けた状態で、竜人族だと名乗った女性を見る。
女性は厳しい表情をしたまま、こちらを見つめていた。
「あなたは私の願いを聞いていただけるのでしょうか?」
斧を引くことなく、横柄に聞こえる口調で女性に問いかける。
「願いを聞くかどうかは判断できない。だが、話を聞くだけなら構わない」
女性は言葉を選ぶように話を聞くと告げた。
それはワイバーンを助けてほしいという意味が込められている。
「……わかりました」
しばし女性を見つめ、斧を納めた。
ワイバーンを捕まえていたドレインチェーンも外してやる。ドレインチェーンが自動的に魔力を奪ったことで、体力はいつもより満ち足りていた。
逆に先ほどのようなブレスをワイバーンが放つ魔力は残っていないだろう。
「感謝を」
ワイバーンを解放したことで竜の巫女に感謝された。
シェーラは正面を向いたまま後ずさる。
距離をとることで、こちらに敵意がないことを見せるべきだと思ったのだ。
「ダルタリオン、大丈夫?」
「問題はない。すまない、巫女よ」
「構わない。いずれ人とは、話し合わなければならなかった」
ワイバーンは女性を守るように、背後に立ちこちらをにらみつけている。
すでに勝敗が決しているので、俺としては相手をするつもりはない。
ただ反抗的な竜の目に若干の苛立ちを覚える。
竜種は生まれながらに強者だ。プライドが高く傲慢な一面があるようだ。
「人の子よ。願いとはなんだ?」
「その前に自己紹介を、私はこの谷の下で領主をしております。
ヨハン・ガルガンディアと申します。こちらは友である精霊族のシェーラ・シルフェネスです」
「シェーラ・シルフェネスです」
シェーラが会釈をすると、女性はじっとこちらを見た。
しばらくしてから息を吐く。
「……私は竜人族のトキネ、竜の巫女をしている」
「トキネ殿ですね。よろしくお願いします」
名前を聞いてから、ヨハンは頭を下げた。
「調子が狂う人間だ。我々を見れば大抵の者は恐れ慄き逃げだすというのに。
それ以外の者は死を確信して祈りを捧げるというのに」
竜人族と対等に話をしようとするヨハンに呆れた様子でトキネが言葉をかける。
「話し合いができる相手であれば、礼儀を示すのが私の常識です。
礼儀を弁えない無法には無法で返すこともありますがね。
基本的には理知的な話ができればと思っています」
ワイバーンがこちらを睨んだ。
ヨハンはまったく意に返すことなく受け流す。
「そうか、ならばこちらの非礼を詫びよう。
詫びた上で、貴殿らの願いを聞き入れるつもりはない。
我々には我々の生活がある。
態々人の里に下りて、余計な争いに身を投じる気はない」
竜達とて、何も知らぬわけではない。
帝国が一大勢力を持って世界を統一しようとしていること。
それに対抗するため王国が主導となって帝国と戦争をしていること。
それらを知った上で竜達は断っているのだ。
ヨハンとしても、トキネの言葉によってある程度推測できた。
しかし、それで終わっていいとは思わない。
「わかっているのであれば、何故立とうとしないのですか?帝国は王国が負ければここにも来ます。竜達を滅ぼしにやってきます」
帝国が竜と敵対関係になるかはわからない。それでも帝国は常に敵を求めている。
「その時になってみなければわからない。
帝国も我々を敵にするほどバカではないだろう」
竜の巫女の算段は甘い。甘いが、確かにキシナリの世界では竜はほとんど出てこない。竜が現れるのは一度だけ、竜騎士と共にだ。
それも飛龍ではなく、馬よりも早く走るだけの地龍に乗っている。
「もしも、ここで俺があんたたちと敵対したら?」
「一人で我々と戦うというのか?」
トキネはシェーラを戦力としては考えていないようだ。
ヨハンも後ろに控えるワイバーンは数に入れていない。
ワイバーンが殺気を放つが、最初にあった時よりかなり弱々しい。
竜の巫女を見る。トキネはワイバーンと対照的に静かにこちらを睨むだけだ。
「敵対するつもりはありませんよ」
二人から睨まれて、両手を上げて敵意はないと示す。
「ならば帰るがよかろう。我々にそなたと協力するつもりはない」
「そこを何とかお願いできませんか?」
食い下がると、トキネはため息を吐いてこちらを睨みつける。
「いつまで居ようと我々の気は変わらない。
我々の気を変えたいのであれば、ドラゴンマスターでも連れてくるのだな」
「ドラゴンマスター?」
トキネが出したヒントをすかさず察知して聞き返す。
「我々は古き契約と共に生きる。貴様が契約者でない以上、協力するつもりはない」
ふと、ヒントに対して竜騎士の名が浮かんできた。
トキネはこれ以上話すことはないと、ワイバーンの背に乗って飛び立った。
ここからでも見える谷の向こう側に行ってしまった。
「ドラゴンマスターね」
「どうされるんですか?」
「ちょっと考えたいから、今日はここで野宿しようか」
「わかりました。準備します」
狩りで慣れているのか、シェーラは手際よくテントを立てて野宿の準備に入る。
アイテムボックスがあるので、ほとんど手ぶらで行動できる。
食料や調味料にも事欠かない。
「とりあえず、今日は料理でもしながら考えるか」
「待ってました!」
シェーラの目的は料理ではないだろうかと思ってしまう。
「どうせだから、竜たちにも匂いが届くようなとっておきの料理にしよう」
「はい!」
策がない以上、嫌みぐらいはしてもいいだろう。
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