第149話 閑話 黒騎士の戦い

全身を矢に射抜かれ、傷口からは止めても止めても血が流れていく。



目の前に迫ることで、初めてその存在を認識した。

自分には無縁の存在だと思っていた。


「黒騎士様」


戦場から遠く離れた本陣で、黒騎士は目の前にいる騎士に見守られていた。

黒騎士率いる騎馬隊の副長をしているものだ。名前は……覚えていない。


「どういう状況だ?」

「黒騎士様率いる騎馬隊は半分が敵との交戦により戦死。

残り半分も散り散りになり、残っているのは百騎ほどになります」

「そうか……敵はどうなった?」

「ランス砦に駐留していた三万の兵はほぼ全滅したと思われます。

しかし……王国第三軍が帝国兵十万を撃破して、こちらに向かっておりましたので退却しました」


副官の言葉に黒騎士は「ふぅ~」と息を吐く。


「お前は大丈夫か?」

「勿体ないお言葉です。黒騎士様を帝都にお連れするまで倒れるわけにはいきません」


副官も無事ではないことは分かっていた。

それでも自分よりかは幾分マシな状態ではあるのだろう。

疲れた顔をしているが、顔色自体はそれほど悪くない。


「そうか、頼む」


黒騎士は今まで誰かを頼ったことなどなかった。

それでも、副官には自然とその言葉が出て来た。


「はい。お任せください」


副官は恭しく頭を下げ、部屋から出て行った。

すぐに死ぬわけではないが、身体が言うことを利かない。

血を流しすぎた。副官がいなければ生還することなど絶対にできなかった。


「帝都に帰ったら、あいつには十分な礼をしてやろう」


本陣にいた治癒師により、治癒魔法をかけながら矢を一本一本抜いていく。

抜く瞬間の痛みに耐えながら、全ての矢が抜き終わると意識を保つ体力すら残っていなかった。


「黒騎士様はお疲れだ。馬車に乗せて帝都にお連れする」


遠くの方から副官の声が聞こえる。


「黒騎士様、今はゆっくりとお休みください」


副官の言葉に安心して眠りにつく。

幾時経ったかわからないが、馬車が止まり敵襲の声が響き目が覚める。


「何者だ!」


馬車の外から怒声と悲鳴が木霊してきた。


「なんだ!何があった?」


身体を起こそうとするが、血を失いすぎたせいで動くことができない。


「おやおや、八魔将の一人で、中央の総司令まで任された司令官がどこに行こうというのかね?」


その声は聞き慣れない声だが、何度か聞いたことがある声だった。


「マッドサイエンティスト……どうして貴様がここにいる?」

「あなたには関係ないと言いたいね。だが、まぁ教えてあげよう。

私もお前と同じ敗軍の将なのだ。まぁ実際に指揮を執っていたのはどこぞのバカな騎士殿だがね。私は戦場に出て実験をしていただけだ」


獣人王国を攻めていたことは聞いている。

ただ、こんな短期間で負けているとは思わなかった。


「まぁこのまま何の手柄もなく帝都に帰るというのもいただけない。

まるで私が無能だと言っているようなものだ。この天才である私がだ」


黒騎士にはマッドサイエンティストが何を言っているのかわからない。

わからないが、死から逃れた今だから分かる。


こいつは危険だ。


「何をするつもりだ?」

「帝都に帰る前に、手見上げを残して行こうと思ってね」


マッドサイエンティストの後ろに白衣を纏った者達が現れる。

フードの中から見える顔は明らかに異形の姿をしていた。


「これは魔人を生み出した進化液だ。

そして貴方が持つ魔剣と私が持つ進化液を融合させる。

そしてこの力を貴方の中に注ぎ込むと」

「やめろーーー!!!!」


黒騎士の叫びは空しく木霊した。

自身が天帝から受け取った魔剣ハーデスが深々と胸に突き刺さる。


「さぁ、どんな魔人になるのやら」


マッドサイエンティストは最後まで黒騎士を見続けることはなかった。

彼にとっては結果などどうでもいいのだ。

もちろん、どんな風に変わるのかは興味がある。

しかし、進化薬の結果は魔人によって得られている。

そこにマッドサイエンティストの興味はなかった。


マッドサイエンティストが去った馬車の中では、胸に魔剣を突き立てられ、もがき苦しむ黒騎士の姿があった。魔剣から語り掛けるような言葉が聞こえてくる。


「我に委ねよ。主の体は我が使こうてやろう」

「うるさい」

「すでに主の体は死んだ。その魂を預けるがいい」


マッドサイエンティストは魔剣のことを把握していなかった。

魔剣には意思があり、その意思が黒騎士の体を乗っ取ろうとしていたのだ。


「うるさい!!!」


黒騎士は心の中で、魔剣を退けるために戦っていた。

それは精神の戦いではあるが、魔剣の浸食は圧倒的であり、徐々に意識を保てなくなってきていた。


馬車の縁に人影が見える。


「黒騎士様」


頭から血を流しているのにもかかわらず、自分のことを心配そうに見つける副官がいた。黒騎士は彼の顔を見て、一気に意識を覚醒させる。


「お前に体はやらん。貴様の力、俺が食らってやる」


副官の姿に黒騎士の意識は後押しされた。

今までは逆に魔剣ハーデスを浸食していく。


「面白い。主よ、今一度主と過ごす時間を楽しもうぞ」


魔剣から返ってきた言葉は、黒騎士への敬意の言葉だった。


魔人はその力に魅入られ、本当の自分を見失っていたかもしれない。

しかし、黒騎士は強固な意志と部下への思いで自ら魔剣を食らった。


「はぁはぁはぁ」


気づいたときには全てが終わっていた。体中に力が漲る。

傷ついた体は癒され肉体が生まれ変わる。

今までの自分こそが最強だと思っていた。

しかし、魔剣を取り込んだことでその先があるのだと実感できた。


「これが魔人化……」


黒騎士も魔人化のことは聞いていた。

帝国が人や動物を魔に落とし、暴走させている話を知っている。

まさか自分がその素体になるとは思っていなかった。

危機は脱したらしい。馬車の縁を見ると副官が息絶えていた。


「お前のお陰で助かった」


副官の亡骸に近づく。副官の背中には大きな傷があった。

それは今受けた傷ではなく王国との戦いで受けた傷なのだろう。


「無理をさせていたな」


黒騎士は副官の尊さを労い、そして新たに得た力を発動させる。


「冥界の使者として蘇れ」


副官の肉は削げ落ち、骨だけの存在となる。


ホーンナイト。

冥王ハーデスの名前を授かる魔剣を取り込んだことで、死した肉体を冥界の住人に変貌させるスキルを得た。


「供にいこう」


ホーンナイトは何も話さない。だが、片膝を突き黒騎士に従う。


「我は今日より黒騎士ではない。今日より我は冥府より蘇りし者。冥王ハーデスなり」


新たな力に目覚め、覇道を歩む決意をして姿を消した。

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