第140話 モブ令嬢と幼子のかくれんぼ(前)
思いも掛けず、旦那様の言うところのゲームのヒロインたちが、貴宿館に全員集まってしまいました。
ライバルであるクラウス様とレオパルド様がいるものの、リュートさんにとってこの状態は、選り取り見取りなのでは?
……まあ、現状ヒロイン枠の皆さんは、アルメリア曰く、「正直リュート君はあまり好みの範疇に入っていないから」とのことでしたし、マリーズにとっては見守る対象といいますか、観察対象といいますか……、レガリア様はリュートさんのことをどう思っているのかは今ひとつ分かりません。ですが、肝心のリュートさんは腰が引けている感じがいたします。
そういえば……クラリス嬢は農牧学部であったと仰っていました。リュートさんとは面識があるのではないでしょうか?
しかし考えてみますと、以前の旦那様が、皆さんの仲が深まる切っ掛けであったとか……。
貴宿館での生活で、恋愛という方向でなければ、十分に仲は深まっていると思うのですけれど……。
ゲームという物語において、旦那様があのローデリヒ様のように邪杯の欠片を使って破滅したのは、……状況によって少し変わるのだそうですが、クルークの試練達成者を労う祭典か、トライン辺境伯領を攻めた新政トーゴ王国を退けた後の戦勝記念式典であったそうです。
その両方を兼ねた式典が
式典が開催されるまでの間に、やはりリュートさんにはどなたかと愛を育んで頂かないとならないのでしょうか?
メアリーたちアンドルクの面々も影ながら、仲を恋に進展をさせようとしているようなのですが、なかなか巧く行っていないようなのです。
……王家主催の茶会の会場で、混乱の中、邪竜へと変ずる前に討伐されたローデリヒ様の亡骸から、邪杯の欠片が持ち去られ、さらに、新政トーゴ王国による王都空襲の最中に、神殿の封印の間にて保管されていたという、これまでに回収された欠片から復元された黒竜の邪杯が盗難されてしまいました。
旦那様は、既にゲームの中で起きたという事件が、少々の違いはあるものの、全て出そろってしまった事で、この先の展開は読みようがないと仰っておりました。
ですが……旦那様も私も、何かが起こるとしたら、褒賞授与式典ではないかと考えております。
それまでには、この王都に潜んでいると思われる簒奪教団の人間をあぶり出さなければ……。
ライオット様を始め、捜査局の方たちも動いておられますし、セバスもアンドルクの人員を使い探っているようですが、未だに影を捉えることもできておりません。
「ところでフローラ。今朝はシュクルが見送りに出てこなかったけど、どうしたんだい?」
学園に向かう馬車の中で考え込んでいた私に、前に座っているアルメリアから声が掛りました。
さすがにあの告白から一日が過ぎて、恥ずかしさも少しは薄れたようで、今朝は同乗しております。
「はい……おそらく、顔を合わせると別れるのが辛いのでしょう。朝食の後、部屋に籠もってしまいました。……お母様と侍女たちに、様子を気に掛けるようにお願いしてまいりましたので、大丈夫だとは思うのですけど」
「シュクルは本当にフローラとグラードル卿が大好きなんだね。私にはもう本当の親子にしか見えなくなって来たよ」
アルメリアは、少しからかうような感じで笑います。
「アルメリア、いくら何でも……私、まだ十五歳なのですよ。せめて姉妹にして欲しいです」
「でもママ、だっけ? グラードル卿が前世で使っていた言葉で母親って意味なんだよね。君、そう呼ばれて凄く嬉しそうにしてるじゃないか。貴宿館の皆が、『あのパパ、ママってどういう意味なんだろう? 竜種独特の呼び方なんだろうけど……』って、不思議そうにしていたから、竜種の言葉でお父さん、お母さんって意味らしいですよ。って説明したら、皆、『ああ……』って、納得していたよ」
なんということでしょう……、私、皆様から五歳の子がいてもおかしくないように見られているのでしょうか!?
そのような衝撃を受けて、旦那様に視線を向けましたら、旦那様はそんな私を半笑いのご様子で眺めておいででした。ただ、その瞳の光がとても慈しみに溢れていたので、私は、何やら恥ずかしくなってしまって、視線をアルメリアに戻しました。
するとアルメリアも、とても微笑ましそうに私たちを見ていて……、感情の行き場をなくしてしまった私は、下を向いてしまいます。
その時、不意に馬車がガクリと揺れました。
おそらく車輪が石を踏んだのでしょう。
それにしましても、石を弾いた音でしょうか、何か高い音がしたような……。
ですが、さすがに最新の
「……いま、何か変な音がしなかったか?」
旦那様も私が聞いたのと、同じ音を聞いたのでしょう。そのように口にいたしました。
「私はよく分からなかったけど、フローラは?」
「石を弾いた音ではないでしょうか?」
馬車の車体にどこか不具合が生じたのなら問題ですが、石畳を進む馬車からは、異音もおかしな振動もございません。
「…………大丈夫なようだね。」
御者を務めるハンスも、少しの間速度を落として車体の様子を見ていたようですが、問題ないと判断したのでしょう、速度を元に戻します。
そのようなことがあった後は何事もなく、私たちは学園へと到着致しました。
◇
「……メアリー。いったい……?」
もう少しで一時限目の授業が終わりという頃合いになって、学園の職員に伴われて教室へとやって来たメアリーに、私は戸惑いました。
学園の授業中に家の人間がやって来るなど、重大事でなければあり得ないからです。
「奥様、シュクル様がどこかに隠れてしまいました。屋敷の中はくまなく探しましたが、居られる気配がございません」
メアリーの表情はいつものように薄いものの、それでも憂いの色を浮かび上がらせておりました。
「そんな……」
私は軽く目眩を覚えて、目頭を押さえます。
「……旦那様には?」
「ご主人様にはトニーを遣わせました。……奥様たちが出かけた後、一度様子を見ておこうと大奥様がお部屋を見に行かれたら、その時にはもう……」
「と言うことは……まさか……」
今朝、馬車が石を踏んだ時の高い音……よくよく考えてみますと人の声だったような。驚いて悲鳴を上げそうになったのを慌てて押さえたような……そんな声だったような気もいたします。
あの時には、車輪が石を踏んだので意識が下に向いていましたが、あの音は頭の上から響いていたのでは?
「奥様には心当たりが?」
「もしかしたら、シュクルは忍んで馬車の屋根に張り付いていたのかも知れません……」
「フローラ、いったい何があったのですの?」
授業が終わったのか、教室からマリーズとアルメリアが心配顔でやってまいりました。
「その……シュクルが、隠れて学園について来てしまったらしいのです」
「まあ!?」
マリーズは口を押さえて驚きます。
彼女の横でアルメリアも、驚きに目を見開きました。
「それは……、でもシュクルのような幼子が馬車の屋根に居たり、学園をうろついていたら、何か騒ぎになると思うんだけど」
アルメリアはどこか納得がいかない様子です。
「その……もしかするとシュクルは、身隠しの魔法を使っているかも知れません」
「身隠しの魔法って、おととい君が使っていた姿を消す魔法かい? でもどうして……」
「実は……」
「奥様は昨晩、シュクル様にせがまれたかくれんぼの折りに、大人げなくもその魔法を使って隠れておりました」
「……フローラ」
私が言いよどんだ隙に、メアリーにばらされてしまいました。アルメリアとマリーズが呆れ顔で私を見ております。
「いえ、その、普通に隠れていると、シュクルにすぐに見つけられてしまうものですから……つい」
はあ、と、メアリーがため息をつきました。
「……シュクル様は、奥様が見せたその魔法を使えば隠れてついて行けると考えたのでしょうね」
「それはフローラの失敗ですね、シュクルちゃんは幼いですがあのような身の上ですし、とても聡い子ですもの」
マリーズがそのように言いますと、メアリーが表情に、僅かに呆れた感情を乗せました。
「そういえばマリーズ様。……先日、貴宿館で行われたかくれんぼの折り、シュクル様に、リラさんの目を誤魔化して逃げ出すときの、心得のようなものを説いていたと、ロッテンマイヤーから耳にいたしましたが……」
「……さあ、フローラ! シュクルちゃんを探しましょう!」
マリーズは、盛大にメアリーから視線を逸らすと、おーっ、というように腕を振り上げました。
マリーズ……ロッテンマイヤーに雷を落とされたあのときに、そのような事をシュクルに吹き込んでいたのですか……。
どうりで……あの後から、シュクルの隠れ方が格段に巧くなったわけです。
「そうですね。あの時馬車の上にいたのがシュクルであったのなら、間違いなく学園内には居るでしょう。もしかすると、身を隠して私の側にいたのかも知れませんが、このような話をしているのに出てこないところを見ますと、何かに興味を引かれて、学園内を徘徊しているかも知れません」
……そうして私たちは、シュクルを探す為に学園内を駆けずり回ることとなりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます