第108話 モブ令嬢とクルークの試練(二)

 上下左右、四方を石壁に囲まれた迷宮は、まるでトルテ先生から教わった唄の中にあった、南の大陸にあるという巨大な王墓の中のようです。

 この石壁が延々と続いていて、時折部屋のような広い空間があるものの、ずっと同じ場所をグルグルと巡っているのではないかという錯覚に囚われてしまいます。


黒妖犬シルダ・バウ、あれで良かったのでしょうか? 仮にも闇の大精霊シェルドの眷属精霊ですわよね」


 先ほど黒妖犬を退けて、通路を進んでおりましたら、しばらく小首を傾げて、考え込んでいたマリーズが私に問いました。


「図書室で見た過去のクルークの試練の資料でも、討伐されておりましたので問題ないとは思います。彼らは実際は霊体ですし、おそらくは討伐されたというよりも、光の大精霊リヒタル様のお力によって消耗して、実体を保てなくなったのではないでしょうか」


 七大竜王様は精霊王たちより上位の存在であるとされておりますし、何より銀竜王クルーク様は地下世界を統べる竜王様です。故に、闇と地の精霊王には影響力がおありです。その関係で迷宮の中に配されているのでは? そのように考えておりましたら。


「なるほど、確か黒妖犬は銀竜王クルーク様の審判の場を守っていると聞きました。試練の場に現れても不思議は無いかもしれませんね」


 マリーズが、私が考えていたことと似たようなことを言い、納得したようです。

 私は先ほどの戦闘を思い出して、いまの問いとは別のことを口にいたします。


「しかし、リラさんがあれほどお強いとは思いませんでした」


 巫女兵・神官兵モンクは、霊的なモノへ攻撃ができる数少ない方々ですが、私これまで、リラさんがマリーズを探してオロオロしている姿ばかり見ていたので、いまだに感嘆しております。


「まあ、フローラ。――リラが私の供として付いている一番の理由は護衛としてなのですよ。巫女兵としての腕前はマーリンエルトの神殿一です。あのサレア様が、久しぶりに互角に手合わせできる相手と巡り会えたとお喜びで、神殿でも二人で鍛錬しておりましたし」


 申し訳ございませんマリーズ……、私、アンドゥーラ先生から話には聞いておりますが、サレア様が戦っているお姿というものを、今ひとつ思い浮かべることができません。

 それに、護衛ならばあれほどマリーズを見失っておられるのは、問題ございませんでしょうか?

 それとも、護衛のリラさんを出し抜けるマリーズが凄いのでしょうか?


「私、人が目で追えない早さで動けるのだと初めて知りました」


 私の思考をよそに、マリーズは、リラさんとサレア様の鍛錬を思い出しているのか、虹色の瞳をキラキラとさせています。

 あの、マリーズ……それは既に人の領域を超えていませんか? ……魔法を使ってもできないと思いますが……。


「恐れ多いですマリーズ様。あれは早く動いているわけでは無く、拍子リズムを取って、見ている方々の瞬きを操ったのです。サレア様にはまったく通じませんでしたが……。それに魔物モンスターには効果ございませんので、力だけではメアリーさんにも及びません。オルトラントにはこれだけの強者が揃っておられるのですから、西方諸国一の大国であることが納得できます」


 リラさんの口調は、いつものように丁寧です。その身体もどちらかと言いますと細身ですので、実際に戦っている姿を目にしていなければ、とてもお強い方だとは思えません。

 ですが、身軽に動ける彼女が居てくれたおかげで、隊列後方の守りをメアリーとリラさんに任せることで、前方にしっかりとした戦力を配置できました。おかげで迷宮攻略自体は順調です。


 先生に貸して頂いた時間を計る魔具マギ・クラフトによりますと、いまはあれから二日目で迷宮の第四層にいるはずです。

 過去の事例からも、クルークの試練で口を開ける迷宮は深くとも八層、浅いときは六層ということもございました。


 迷宮の攻略自体は、いまのところ大きな問題は発生しておりません。

 ですが、不安はございます。それは最後の宝の守護者が毎回違っているということです。

 前回の守護者は、あの兇賊が名乗っていたヲルド。

 力だけならば竜王様にも匹敵するという、灰色の巨人でした。


 ヲルドは、大陸北方で特に恐れられる魔物モンスターです。

 それは、黒竜戦争の終結後、竜王様たちの守りが薄くなった、円環山脈の北方黒竜山脈を越えて、ヲルドがドルク帝国領内に出現し、帝国領を大いに荒らしたからです。

 最終的に赤竜王グラナド様が討伐なされましたが、その渦中に起きていた反乱の影響もあり帝国は崩壊いたしました。

 現在では、かの地は当時の帝国の面影は無く、小国が乱立し、争いの絶えない頽廃たいはいした土地となっているそうです。


 その前のクルークの試練は八十年ほど前のことですが、その時は鷲獅子グリフォンという、鷲の翼と上半身、ライオンの下半身を持つ魔物でした。

 つまり、守護者と対峙するまでどのように戦ったら良いのか分からないということです。

 多くの魔物の特徴を頭に入れて参りましたが、それがとっさに思い出せるか……これまでの行程では幸いにも私の頭にある魔物たちが現れましたので、大過なくやり過ごすことが叶いました。

 ですが、驕らず気を引き締めて行かなければなりません。

 それに……ゲームという物語の知識で、旦那様が仰っておられた事が気になります。


「試練型迷宮は別物……」


「…………どう言う事ですか?」


 私の口から溢れ出た言葉に、隣を歩くマリーズが疑問顔をいたしました。


「いえ、旦那様が以前仰っておられたのです。試練型の迷宮は、攻略者を試す罠が仕掛けられていると……前回の試練でも、守護者の間に入ることが叶わなかった方々がいらっしゃいました。その方々は、おそらく迷宮内に仕掛けられた試しを通り抜けられなかったのだと思うのです」


 私は守護者の間まで辿り着きながら、最後の試練を受けられなかったデュルク様や冒険者シモン様の仲間たちの事を思い浮かべました。


「まあ、そのような事があったのですか? 私、せっかくここまで来たのですから、是非守護者を拝見したいものです。まあ私は、癒やし以外にお役に立てないのが心苦しいのですけれど」


「何を仰るのですかマリーズ。マリーズの癒やしがあるおかげで私たちがどれほど心強いか」


「そうです、マリーズ様。貴女がいなかったら私は、一番初めの戦闘で脱落するところでした」


 レオパルド様がマリーズの言葉を聞き付けて、こちらに顔を向けました。

 太ももを、ポンポンと叩いて示します。


「貴女のおかげでこのように、普通に動けています」


 迷宮の探索を始めて一時間ほど中に入ったところで、扉の付いた部屋に群れていた小鬼ゴブリンという魔物との戦いになりました。

 彼らは私たちの胸くらいまでの大きさで、一匹一匹は脆弱ですが数が多く、背の高いレオパルド様は太ももに短剣を突き刺されてしまったのです。

 とっさのことで乱戦になってしまいましたので、私は眠りの魔法を使うこともできませんでした。

 子鬼の掃討後、マリーズの癒やしによってレオパルド様は回復することができたのです。


 私たちが背負う背嚢には、アンドゥーラ先生が持たせてくれた魔法薬も入っておりますが、癒やしの術の方が魔法薬よりも即効性がございますので、マリーズが居ることでとても心強く感じます。

 何よりマリーズの快活さが、この鬱々とする迷宮探索を明るく照らしくれています。


「奥様――私、この迷宮に入ってから時折視線を感じるのですが……特に、この階層に入ってからは頻繁に見られている感じがいたします。奥様は何か感じられませんか?」


 背後のメアリーから、そう声が掛けられました。

 そういえば……


「この迷宮は、銀竜王クルーク様の試練の場ですから、クルーク様に見られているのでしょうか?」


「いえ……もっと戯れた視線と言いましょうか……私、そのような心持ちで相手を観察するのは好きですが、自分が観察されるのは、……少々不愉快です」


 あのメアリー……、私、貴女のその観察対象が非常に気になるのですが……

 メアリーの言葉を意識したからでしょうか、その時、不意に背後から視線を感じました。


「そこ!!」


 メアリーが振り向きざまに、袖口から取り出したナイフを放ちました。


「ワウッ!?」


 そのナイフが、黒い人影を捕らえます。

 ガシュッ! という音と共に、なんとナイフは石壁に刺さりました。


「わあっ、気付かれた!」


「気づかれた!」


「気付かれたぞ!」


「逃げろ!」


「逃げろ!」


「逃げ……おい! 動けない――置いてくな!」


 黒い人影の一人は石壁に衣服をナイフで縫い付けられてしまい。わたわたと短い手足を動かして叫びました。


「うわぁ、捕まった!」


「捕まった!」


「捕まった!」


 この口調は……。

 素早く、逃げる行く手へと回り込んだメアリーとリラさんによって、彼らはえり首を捕まれております。


「貴方たち……」


 子供のような小さな身体に、壮年の男性のようなお顔で、彼らは恥ずかしそうに私を見ます。


「よう! 姫さん」


「よう!」


「よう!」


 それは、あの時のノームたちでした。

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