第71話 モブ令嬢と旦那様(弐)

 貴宿館で行われた晩餐の後、レガリア様の申し出を受けて、私はサロンにてロメオとバリオンの協奏をいたしました。

 その間、他の方々は思い思いにサロンにて過ごしておられましたが、お父様とお母様、セバスたち本館の使用人たちは時を見て本館へと引き上げてゆかれました。

 アルメリアとリュートさん、レオパルド様は演奏を聞き入っておりましたが、クラウス様は執拗にマリーズを追いかけ回していて、辟易としたマリーズが部屋へと引き上げてしまったのを機に本日の歓迎会は終了いたしました。

 

 旦那様と私は居室へともどり、いつものように、二人でベッドの脇に腰掛けます。


「クラウス殿下は、王座に対する執着が大きいご様子ですね」


 私が旦那様を見上げてそう言いますと、彼は窓の向こうに見える貴宿館に視線を向けて口を開きました。


「そうだね。あの執着は危ういな――いまはまだ王が健在だからいいけど、これから先、彼におもねやからはきっと増えていくだろう……アンドリウス王は、きっとそのような事も考えて、この機会を利用したんじゃないかな。彼に世間を知らせるために外に出した――ということだろうね」


「ですが……クラウス様を受け入れたことで、我が家は第三王子の派閥に組み込まれてしまいます。私はそれが心配です。決してレガリア様たちを疎んじるわけではございませんが、レオパルド様は従兄弟ですし、レガリア様もお母様が乳母で、現在では教育係ですので、ある意味姉弟のようなご関係です。元々クラウス様に近しいあの方々には当然のことであっても、我が家はこの先どのように振る舞うべきなのか……」


「ファーラム様がどのように考えて、クラウス殿下を我が家に送り込んだのか。きっと書状にあったことだけが理由じゃあないんだろうな……多分、アンドリウス王と共謀してるんだろう」


「……我が家を利用して、クラウス様の性格を矯正なさろうとしておられるということでしょうか?」


 旦那様がどこか自嘲気味な笑みを浮かべます。


「…………成功例があるからね」


「まさか――旦那様の性格が矯正されたのが……我が家の力によるものだと勘違いなされておられるということですか!?」


 私のその言葉に、旦那様は何かを思い出すように少し上を向いて腕を組みました。


「ああっ……考えてみれば、貴宿館の話をしに学園長室を訪ねたとき、あの目を見開いていたファーラム様の様子をもっと頭に留めておくべきだった。ファーラム様は俺の学園時代を知っていたからあのように驚いていたんだろう」


 私はその場におりませんでしたので答えようもございませんが、そのような事があったのですね。


「……しかし、アンドリウス王もファーラム様も、エヴィデンシア家に、よくそこまでの信頼をおけたもんだ」


「アンドリウス陛下の考えは存じませんが、ファーラム様は学園を通じてお父様や私をご存じですし……先ほど旦那様も仰ったように、ここ最近の旦那様もご存じです。貴宿館へ入居した後のマリーズとも、何度か顔を合わせておられたはずです」


 旦那様は、どこか疲れたご様子で大きく息を吐き出しました。


「信頼されたと喜ぶべきか……だがフローラが言ったように、我が家はこれから先、クラウス殿下の派閥ということにされてしまうだろうね。こうなれば、自分たちのためにも彼には王族として正しい道を歩いてもらわなければならない」


 旦那様は厄介事に巻き込まれたと、頭を抱えそうなご様子です。

 私は、そんな旦那様に身体を寄せました。


「旦那様――ご自身で抱え込みすぎないでくださいね。私も頑張りますから。それにアンドルクの方々も力を貸してくれます。クラウス様の事は、レガリア様もレオパルド様もきっと協力してくださるでしょう、お二方にとっては弟のような存在なのでしょうから」


「できれば、あの二人に丸投げしたいところだね」


 旦那様が、そう冗談めかして仰いました。無理をしておられるのが透けて見えて痛々しく感じられます。


 その後、たわいもない話をしておりましたが、「ところでフローラ。逆鱗の記憶を見る魔法のことだけど、どんな感じかな?」と、旦那様が思い出したように口にいたしました。


「申し訳ございません旦那様……なかなか巧くゆきません。時を操ることに関係していると思うのですが……先生もいまだに形になっておられないご様子です。もしかすると何か根本を間違えているかもしれません」


 私の言葉を聞いて、旦那様が考え込みます。


「あのとき……ああ、物に宿った記憶を見る魔法ができないかお願いしたとき、あのときのフローラとアンドゥーラ卿の会話で少し引っかかったんだけど、専門家が言うことだから門外漢の俺が口を出すべきじゃないと思ったんだが、……時を操るんじゃ無いんじゃないかな。多分、ビデオとかみたいに録画したデータを再生して見るんだから――なんて言ったらいいのかな……」


 旦那様が、どう説明した物か、という感じでそう仰いました。

 ビデオとか録画とかいう単語は、前世の世界の言葉なのでしょうから、私には今ひとつ意味が分かりません。


「そうだ! 控え帳に書いた記録は別に見返したとしても、自分が過去に戻って見るわけじゃないだろ。書かれた物を見てるだけだ」


 旦那様にそう言われて、私は、頭の中につかえていた物が取れたような気がいたしました。


「つまり物に刻まれた記憶が、どのように物の中に刻まれていて、それを私たちに理解できる状態にして読み取るため……この場合は文字と言ったらいいのでしょうか? そのような物を見つけなければならないということですね!」


「そう、前世の俺たちの世界だとエンコードってやつだと思うんだけど」


「ということは、金竜王様の力ではなく……銀竜王様か緑竜王様の力を借りれば……旦那様、手がかりが掴めたかもしれません!」


 銀竜王様は人の死後の罪過を審判する事からも、過去の事柄に関係しておられますし、緑竜王様の力は物の成長に作用いたします。成長の過程に記憶が書き込まれると考えれば……私は、どのようにすれば、逆鱗の中の記憶が引き出せるのか、頭の中がそれで一杯になってしまいました。

 旦那様がその様子を見て、少し呆れたご様子で笑っておられました。それに気付いて私は顔を赤くしてしまいます。


「目処が立ちそうで良かった。茶会までにもう一週間しかない。僅かばかりの可能性でも、それまでにバレンシオ伯爵を排斥できれば越したことはないんだが……」


 旦那様は憂いを帯びた表情で虚空に視線を送ります。

 私は旦那様の憂いを払うため、少しでもお役にたとうと心を新たに誓いました。





 翌日の黒竜の日曜日を私は、ジリジリとした気持ちで過ごして、翌日を待っておりました。

 白竜の月曜日から、私は、旦那様の言葉から得た糸口をたどって、魔法の構築に励みました。結果、逆鱗から記憶を取り出す……旦那様は『再生』と言っておりましたが……ことが叶いました。

 しかし、銀竜王様と緑竜王様の力を借りる複合魔法となってしまい、ワンドを持たない私には行使できない魔法になってしまいました。


 アンドゥーラ先生の協力を得て、逆鱗の記憶を探りましたが、結局のところ、旦那様や私が望んでいた記憶を見つけることは叶いませんでした。

 いえ、厳密には近しい記憶はあったのですが、決め手となる物ではございませんでした。

 そして、ついに王家主催の茶会が開かれる当日となってしまったのです。

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