第52話 モブ令嬢の叱責

 先ほどの私と旦那様の遣り取りは、皆様から生暖かいような微笑みで見られておりました。何故でしょうか?

 旦那様は先ほどまで、手足が若干痺れていたようですが、血行が戻ったご様子で、軽く手足を動かして確認しますと、ヒョイと私を抱きかかえてくださいました。


「フローラ、大丈夫かい?」


「はい、先ほどよりは少し……旦那様もご無理はなさらないでください。先ほどまで拘束されていたのですから」


「大丈夫だよ……それにしても、君はこんなに軽かったんだね。こんな華奢な身体で、こんなところまで俺を助けにやって来るなんて……君は本当に……」


 旦那様はそう言うと、優しく笑って、いま一度私に口づけを致しました。


「……旦那様…………」


「お二方、お熱いのは結構だが、そろそろ上に行きましょう。これだけ静かなんだ、上ももう片付いたって事でしょう」


 レオンさんが少しあきれたご様子でそう仰いました。


「レオン兵長、君もありがとう。……それから、できたら彼らのことは……」


「ああ、大丈夫ですよ。俺は余計な事は言わない主義なんで……それに、上の奴らはほとんど奥方が片付けたようなもんでしょう。正直軍部の魔道士たちに見倣ってほしい手際でした。流石にカランディア魔導爵の生徒ですね」


 私たちが、階段を上がって広間に向かいますと、そこでメアリーたちが野盗を拘束しておりました。

 彼らは皆、眠っているか気絶しているらしく静かなものです。

 メアリーの足下には、並外れて体格のいい男性が白目をむいて泡を吹いておりました。

 おそらくはこの集団のかしらでしょうか?

 それにしましても、救出作戦が終了したからでしょうか、メアリーがいつものように薄い表情に、戯れた雰囲気を浮かべて私と旦那様を見ます。


「ああ、ご主人様、ご無事で何よりです。アルメリア嬢も……それにしましてもさすがは奥様。すかさずご主人様に甘えておられるのですね」


 メアリー、なにを言い出すのですか!? 私、そんなにいつも旦那様に甘えておりますか?

 私が、何か釈明しなければと口をあわあわさせておりますと、それよりも早くメアリーが言葉を続けます。


「ところで、申し訳ございません。首謀者らしき者たちを逃してしまいました」


「ええッ!? あの方たちは部屋の中に捕らえられていたはずですが……」


「それが……この廃城に設置されていた錠が、突然全て吹き飛んだようで、私たちが野盗の頭を拘束している隙に逃走されてしまいました」


 メアリーが、珍しく残念そうな表情をつくっております。


「……申し訳ございません。私が原因みたいです」


 あの時の私、二つの錠を同時に破壊するために、強く錠を想像イメージいたしました。

 考えてみますと、確かにいくら竜魔法とはいえ、二つの錠を破壊するだけであそこまでの魔力を持って行かれたのはおかしかったのです。


「ですが私、あの首謀者に心当たりがございます。旦那様……あの婚姻の儀の折にお目に掛かった、あのエルダンというお方の声でした」


 旦那様が、意外な名前に驚きの表情を浮かべます。


「エルダン殿が!? しかし、何故俺なんだ。拘束されていた間中考えていたが、意味が分からん。それにエルダン殿なら、俺を捕まえたってルブレン家から身代金が取れないことくらい分かりきってるだろうに」


 旦那様は拉致された当事者ですので、私のように俯瞰して考える余裕がなかったのでしょう。


「旦那様、それにつきましては私に心当たりがございます。ですが、いま話すには複雑ですので、館に戻ってからでよろしいでしょうか」


 私はそう申しましたが、ここで話をしなかったのはアルメリアとレオンさんがおられたからです。さすがに二人に聞かせられる話ではございません。


「フローラは何か分かったんだね。なら君の判断を信じるよ。それに俺たちは一度演習部隊に戻らなければ。彼らも俺たちを探しているだろうし、無事を報告しなければ」


「ですね。それにしても……この人数を三人で?」


 レオンさんは旦那様の言葉に頷きながらも、メアリーに広間の様子に尋ねずにはおれなかったようです。


「ほとんど奥様の魔法で眠っておりました。ですので、私たちが手に掛けたのは数人ほどですよ。あの頭もかなり酔いが回っておりましたので数発で眠って頂けました」


 廃城内にいた野盗たちは、大広間に拘束されて転がされております。

 総勢で二十数名ほどでしょうか? 城外に二十名ほどおりましたので、やはり四十名を超えております。野盗としてはかなりの規模ではないでしょうか。





 縛り上げた野盗たちは頭を除いて廃城の広間へと集められました。

 とりあえず放置してございますが、アンドルクの方が数名この場に残り、捕り方がやってくるまで見張ることとなりました。

 頭は、演習部隊へと引き立ててゆくために馬車へと積み込まれております。

 野盗たちは、たまたま討伐依頼を受けた冒険者の集団が討伐したと報告なさるそうです。

 少々無理のある設定ではございますが、このユングラウフ平野は領主の居ない王領ですので、法務部へ話を通しておけばなんとかなるだろうと、旦那様からディクシア法務卿かライオット捜査局長へ話を通しておいてほしいとお願いされました。

 私たちは部隊の目にはとまらない方がよいと思われますので、部隊の集合場所から離れた場所で別れることとなります。

 馬車にゆられてここまで戻る間に、魔力も少しずつではございますが回復してまいりました。

 私は、旦那様とアルメリアを助け出すことが叶い、心に余裕が出てきたからでしょうか、今回旦那様が野盗に投降した時の話を聞いて感じた思いを訴えかけることにいたしました。

 私は、隣に座る旦那様の手に自分の手を重ねて旦那様と視線を合わせます。

 旦那様が、何だろう? という感じで私を見ております。


「旦那様……私、今回旦那様が、賊に降ったのは軽挙であったと考えます。旦那様は身代金目的であろうから、御身は安全だろうと投降なされたのでしょうが、結局のところアルメリアの解放もなされませんでした。さらに言うならば、その場にいた実行犯が安全かも知れないとしても、あれだけの大規模の集団で行われた犯行です。どのような輩が紛れているかまで分からないではないですか。実際に私たちが救出する際、旦那様はそのお身体を痛めつけられ、アルメリアは貞操の危機に見舞われておりました。どうか……どうか。その身を大切にしてくださいまし。私、旦那様に何かあったら……」


 涙を滲ませた私の訴えに、旦那様は少しオロオロとしたご様子で口を開きました。


「わっ、悪かったフローラ……これからはもっとよく考えるよ」


「いやあの時、私があのような状況になっていなければこんなことにならなかったんだ。……私がバカみたいに浮かれてあんなことに……ごめんフローラ」


 私の正面に座っているアルメリアがシュンとしております。


「まあまあ奥方、あの時の状況で、なかなかそこまでは考えられませんよ。実際俺たちもアルメリア騎士修練士の救出に二の足を踏んでいたんで……まあ、今回は奥方が素早く行動なされたおかげで、グラードル卿が痣を作ったくらいで済んだのは確かなんですがね」


 レオンさんが旦那様を庇って、その場にいた人間としての意見を口にしましたが、最終的に私に賛同しているような微妙な返事をなさいます。

 その後私たちは、野盗の頭を引き立てた旦那様たちと別れて、王都オーラスへと帰還いたしました。


 私たちが王都へと到着いたしましたのは、明け方、第三城壁の門が開く少し前のことでございます。予定通りならば旦那様たちも夕には王都へ帰還なされるはずです。

 私たちは門の開放を待って法務部へと向かい、顔を合わせることが叶いましたディクシア法務卿へと、事の次第を報告いたしました。

 その後旦那様たちは予定通り戻ってまいりました。ただ、配下のレオンさんたちを含む中隊は廃城へと置いてまいりました野盗たちの捕縛をするためにあの地に残ったと伺いました。

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