第42話 モブ令嬢と専攻学部

 前日、バリオンの先生の話を持ち出されて、旦那様に日本語の単語のさわりを教わっただけで誤魔化されてしまいました。

 旦那様は、やはり話している内容を聞かれるのがお恥ずかしいようですね。

 しかし私といたしましては、その言葉が旦那様の心に近づく象徴のように感じるのです。

 私は学園の授業を受けながらそのようなことを考えておりました。いけません、集中しなければ。


 学園では先週の中頃から高等部の本格的な授業が始まっております。

 しかし昼後からの授業につきましては、あとひと月の間は高等部より在学した生徒が専攻学部を決定するための授業になっております。

 緑竜の月およそ五月の間は、一学年の生徒は興味のある学部のどの授業でも受けることができます。

 リュートさんもマリーズも、どの学部の授業を受けようかと、私やアルメリアにも、専攻学部の内容を聞いてまいりました。


 旦那様のお話ですと、リュートさんの選ぶ専攻学部によって、この先のルートという物がだいぶ絞られるのだとか。

 ヒロインという、リュートさんと結ばれる可能性のある女性もその専攻学部におられる可能性が高いと言っておられました。

 ちなみに本日リュートさんは、騎士就学部の授業を受けておられます。


 騎士就学部は学園でも少々特異な学部でございまして、以前は軍務部行政館に存在した独立した騎士養成機関でした。

 しかし学園に軍学部ができたことと、学園の所在地が軍務部行政館と隣接していたこともあり、学園で騎士養成をした方が合理的な教育が可能であろうと、国王アンドリウス様が判断なされ、学園に騎士就学部として移設されたのです。

 アルメリアたち騎士就学生は学園の生徒ではありますが、成人と同時に軍務部に準騎士として正式に登録されます。彼女たちは、戦争などが起きますと、場合によっては従軍義務が生ずるのです。

 オルトラントでは、男子の成人は十三歳、女子の成人は十五歳になります。アルメリアの誕生月は金竜の月およそ九月ですので彼女はまだ成人しておりません。私は十五歳になっておりますので、実は私の方がお姉さんなのです。


 騎士就学部は授業も特殊でございまして、座学は学年別でございますが、実技は高等部一年から四年までが合同で行われるのです。これは騎士団などは軍務において、部隊として行動いたしますので、在学中からその意識を叩き込むためだろうと、アルメリアが言っておりました。


 マリーズはといいますと、彼女は今、私と一緒に魔導学部の授業を受けております。

 教壇ではアンドゥーラ先生が、魔法の属性についての基本を講義していらっしゃいます。


「という訳で、魔法には白・赤・青・緑・金・銀・黒の竜王様たちの力を借りた竜魔法と、地・水・火・風・光・闇という精霊たちの力を借りた精霊魔法の二つがある。竜魔法は強力で、竜王様の加護の強さがそのまま力の強さとして発揮される。つまり竜王様を象徴する単色の髪色を持った人間ほど強力な力を使えるという訳だ。まあ魔力もべらぼうに使うので、魔力の保有量がなければ宝の持ち腐れなんだけどね。そして、精霊魔法だけど、こちらは流石に調和を司る精霊の力を使うだけあって、結構簡単に使えるんだが相性によっては簡単に相殺されるんだ。こっちは、普通に魔力があれば使えるけど、頭を使って使わないといけない。まあ、どちらにしてもワンドがないことには話にならないんだがね」


「アンドゥーラ先生! 私、ワンドなど持っておりませんが、その場合は魔導学部の授業は受けられないのですか?」


 そう言って、マリーズが手を上げます。

 実は彼女にはその話はしてあったのですが、他の生徒たちが聞こうとする様子が見えなかったので、マリーズは気を利かせたようです。


「ああ、一応学園から訓練用杖タクトを貸し出すことができる。だが訓練用杖タクトは誰でも使える分、魔法の発現が確認できるくらいのものなんだ。後々ワンドを手に入れる当てがない場合は、確かに考えた方が良いかもしれないな。あと、ワンドが無くとも、魔具や魔法薬の作製はできるので、こちらができれば小金には困らないね」


 そうなのです。私はずっと訓練用杖タクトを使っておりますが、火の魔法や風の魔法などを発現させるのがやっとで、他の生徒のように目標を爆散させたり、切り刻んだりなどということはできません。

 ちなみに、魔導師や魔道士になるには高価なワンドが必要なために、魔導学部は人気がございません。

 現在私を含め魔導学部は在籍十七名。今回見学を兼ねて授業を受けておられる方も五名ほどです。


 先生の仰ったように魔法薬や魔具の製造や作製などもいたしますが、こちらは貴族の方々には人気がなく、上級市民の学生が力を入れて勉学に励んでおられます。

 それは、初級から中級の魔法薬や魔具の製造、作製には、ワンドが必要ない物が多いからです。

 私も、本当はこちらに力を入れたいのですが、何故かアンドゥーラ先生に『いいかいフローラ。君は絶対に触るなよ。魔具マギクラフト回復薬ポーションが爆発するなんてことになったら笑い話にもならないからね』と、危険人物扱いをされております。

 これまで爆発したのは三回ほどですので、次は成功すると思うのですが……。


「しかし、聖女マリーズ。貴女は、体内で常時拝受はいじゅの魔法を発現しているのではないかな。竜王様たちから貴女に託宣が下るのはおそらくそういう事だと私は考えているのだが……、正直なところ、それを調べるためだけにでも貴女には我が学部に在籍して貰いたいところなのだがね」


 アンドゥーラ先生はそう言って、含みを持った笑みを浮かべますと、片眼鏡モノクルの位置を直します。


「……私、自分が色々と観察するのは好きですが、先生の申し出は正直ご辞退したいですわ。ですが、魔導学部には興味がございます」


「まあ、私も無理強いするつもりはないよ。以前、一人の生徒を調べたときに、三月ほど白い目で見られたのでね」


 先生……それは私の事ですか? まさか私以外にも犠牲者を出しておりませんよね?

 先生が学園に封じ込められてから、私の代が初めての生徒だったはずですので、私以外の犠牲者が居ないことを七大竜王様にお祈りいたします。


 そのような遣り取りがございましたが、本日の授業は終了いたしました。

 授業後、マリーズはお付きの巫女たちに伴われて、神殿へと向かいました。

 今の彼女は基本的に留学生としての立場ですので、巫女としては銀竜の日土曜日黒竜の日日曜日に活動しておられます。しかし、今日は何やら、神殿より緊急の呼び出しがあったようです。



 そのような訳で私は一人で学園を出ました。

 すると、ちょうど兵舎から退出してこられた旦那様と思いがけなく出会いました。

 今朝旦那様は、今日は遅くなるような事を仰っておりましたが……予定が変わったのでしょうか?


「旦那様、丁度よろしゅうございました。一緒に帰りましょう」


 私は旦那様の前に立ち、視線を合わせてそう声を掛けます。すると旦那様は、少し困ったように目をそらしまして、軽く首を振られました。


「あっ、いや、今日は法務部に少し用事があるんだ。悪いがフローラ、先に帰っていてくれないか」


 私は旦那様のその態度に、何やら不自然なものを感じてしまいました。

 先週のことになりますが、ルブレン家でのお茶会のあとにも、旦那様は法務部を訪れておりました。

 そのときには、ディクシア法務卿とも、ライオット捜査局長ともお会いになれなかったようです。

 もしかして、今日面会の許可を得ていたということでしょうか?


「あの、旦那様……私もご一緒してはいけませんか? 今日は入居人の方たちは帰りが一緒ではございませんので、私、旦那様と二人で散策しながら帰りたいのです。それに……あまり隠し事はしないでくださいまし。私、もうあれだけの話を聞いてしまったのですから……法務部へのお話ということは、バレンシオ伯爵がらみのお話なのではないですか?」


 あのルブレン家でのお茶会の夜、私は旦那様の秘密のほとんどを教えて頂いたと思っております。

 ただ、ゲームという選択肢によって未来の変わるという物語については、旦那様がこれは知っていても問題ないだろうと判断されたことだけを教えて頂きました。

 ですので私は、それ以外のことで、これ以上旦那様に重荷を背負わせたくございません。

 私は今一度、旦那様を正面から見つめて口を開きます。


「旦那様。……旦那様が私を大切にしてくださることはとても嬉しいことです。ですが私もまた、旦那様が大切であるということを分かって頂きたいのです」


 その言葉を聞いて、旦那様は諦めたように息を吐きました。


「本当に……そんな風にいわれたら、俺は頷くことしかできないよ。最近知ったけど……君は、時々とてつもなく頑固になるんだね。まあ、そんなところも可愛いんだけどさ……」


 旦那様は、優しく笑ってそう仰いました。

 私、頑固なのに可愛いといわれてしまいました。この場合、どう反応するのが正解なのでしょうか?

 素直に喜んだ方が良いのでしょうか、マリーズみたいにプリプリした方が良いのでしょうか?

 そんなことを考えているうちに、頬に熱が上ってきているのだけは理解できました。  


「……今日は、ライオット局長と面会できることになってるんだ。そろそろ約束した時間だから一緒に行こうか……」


 旦那様も、私の反応に頬を赤く染めて、癖になってしまったらしい動作で、頬の傷痕をポリポリと掻きながらそう仰いました。

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