第24話 モブ令嬢と旦那様と入居人(弐)

「なあ、リュートくん、キミはアルメリア嬢の事をどう思う?」


「なっ、何ですか突然!?」


 リュートさんがそう答えましたが、旦那様の横にいる私も、彼と同じくそう思っていました。


 昨夜、書斎において、旦那様がセバスに簒奪教団という不穏な名前を口にしておりました。

 私はその簒奪という不穏な響きに心を乱されて、なかなか眠ることができませんでした。

 しかし今朝になり、昨日の無理がたたり全身筋肉痛であった旦那様は、痛みに顔を引きつらせながら、木製人形のようにぎこちない動きで貴宿館へと足を向けたのです。

 しかもそれまでして旦那様がいたしましたのは、リュートさんと会話することでした。


 私は、足の悪いお父様の介添えをするのと同じように、旦那様のとなりに寄り添って身体を支えてこの場までやって来たのです。

 そんな私をよそに、旦那様はリュートさんと話を続けます。


「いや、キミの好みじゃないかなと思ったんだが」


「えッ! いや! そんな~~~~。リリシイノハカッコウイイデス……でも彼女、ちょっとキツいですよね」


「いや、それはキミのためを思ってだろう」


「そうなんですかね。デモボクバッチャンイガイノオンナノヒトトアンマリハナシタコトナクテ……」


 旦那様と話をしながらリュートさんは、両の人差し指の先をツンツンと付き合わせて、身体をクネクネとさせながら、顔をヘニャヘニャとしております。

 その様子を見て旦那様がこめかみに手を当ててつぶやきました。


「『ダメだコイツ! 思っていた以上に女に免疫が無い。しかも笑ってごまかす優柔不断タイプだ。……まさか!? 外から選択肢で後押してもらわないと動けないってわけじゃないよな……』」


 私も、リュートさんの所作を見て思います……ロッテンマイヤー、先は長そうです。

 昨夜、入居後から早速、礼儀と言葉遣いの教育を始めたらしいのですが、今のところその成果はまったくもって見られません。


「だが、あれだリュートくん、キミも女性に興味はあるのだろ?」


「そっ、それは……デキタラソツギョウマデニカノジョヲツクッテバッチャンニショウカイシタイデス……」


 あの、旦那様……私が隣に居ることを分かっておられますか? 学園でたまに見かける、先輩が奥手の後輩の恋愛の心配をしているような状況なのですが。私がここに居る状況で話すことでしょうか……もしかして私、忘れられておりますか?


「あっ、あの旦那様? そのようなお話はお二人でなされた方が……」


「おわッ!? ……そうだった。すまないフローラ」


 本当に、私を失念しておられたようです。

 旦那様は私のことが目に入らないほど、何かに焦ってでもいるかのように感じられます。いったい何に?


「旦那様、リュートさんとのお話がまだおありでしたら、私、少しアルメリアとお話をしてまいります」


 私がそう申し上げますと、旦那様は少し考えてから「すまないが、そうしてもらえるかい」とおっしゃいました。

 旦那様は、リュートさんとアルメリアを付き合わせたいのでしょうか? 旦那様の思惑が今ひとつ理解できないのがもやもやといたします。





 旦那様と別れた私は、階段を上がり二階へとやって来ました。

 階段を上がってすぐの場所は、ちょうど一階のエントランスの上部に当たり、その場所はサロンとなっております。

 本館ほどではございませんが、こちらのサロンも、小さな茶会を開けるほどの広さがございますので、住人の交流の場所となるようにそのままになっております。

 そのサロンを通り、アルメリアの部屋は館二階の左側、私たちの住まう館に近い位置になります。そして、元々は私の部屋でもあった場所です。


「アルメリア、フローラです。よろしいですか?」


「ああフローラ、入ってきてくれ――鍵は開いてるよ」


 部屋の奥の方からアルメリアの声が響きました。

 鍵は、貴宿館へと改装するにあたり新たに取り付けた物です。

 私が部屋に入りますと、彼女は既に昨日着ていた服へと着替えておりました。

 昨日、アルメリアは本当に衝動的にやって来てしまいましたので、昨晩はお母様が夜着を貸してくださいました。

 アルメリアもそのときになって、初めて無作法をしたと恐縮しておりました。

 正義感の強い彼女ですが、ときに自分の衝動に忠実に行動してしまうところがございますので、友としていま少し落ち着いてほしいという気持ちもございます。


「アルメリア、部屋の具合はいかがですか?」


「この部屋はキミの部屋だったんだろ。素晴らしいよ、実家の部屋だってこれほど豪華じゃない。やっぱり歴史ある名家の館だね。この部屋を使わせてもらえて……、そうだ! 昨夜頂いた夕食も、あれほど突然訪れたのに、とても素晴らしい物だった。私はこれまでにあれほどに美味しい料理を食べた記憶がないよ。これで月に四金貨シガルでは申し訳ないくらいだ」


 私は、自分が長年使っていたベッドの天蓋を支える柱に手を添えました。

 アルメリアはこの部屋、そしてカーレム夫妻と弟子たちが作った料理を絶賛してくれます。それはとても嬉しいことでした。


「気に入っていただけたなら私も嬉しいです。初めての住人がアルメリアで本当によかった……」


「まあこの貴宿館については申し分ないよ。……ただ『白竜の愛し子』の彼は、なかなか大変だね。昨晩、私もロッテンマイヤー女史の教示を端から見ていたが、自覚がないのが一番問題のように思えるよ。彼は、本当に人の少ない田舎で育ったんだね。純朴と言ったら聞こえはいいけど、この街、王都で暮らすには物知らずすぎる」


 私は、そう言うアルメリアの様子を見ていて考えてしまいました。

 こう見ておりますと、彼女はリュートさんのことを少し同情めいた気持ちで見ているようです。

 しかしそれは、突然身に余る地位を得てしまった田舎者が、都会で生活しなくてはならなくなったことに対して――といった感じです。

 一階で旦那様が、リュートさんに恋愛対象としてアルメリアを勧めておりましたが、いまのところ脈無しだと思います。

 彼女を振り向かせるには、リュートさんがよほど情熱的に自分の魅力を示さない限りは無理なのではないでしょうか?

 私は、アルメリアがリュートさんのことをどう思っているか、聞いてみようかとも考えたのですが、結局私の口から出たのは無難な言葉でした。


「しばらくの間は、その辺りを私たちが手助けして差し上げなければなりませんね」


「私はちょっと、頭が痛くなってくるような思いだよ。まあ、それはそれで良いんだけれども……、ああ、そうだフローラ、私は今日、昼前は合同訓練に参加するけれど、午後は宿から荷物をこちらに運び込むから休むことになるからね。私のところの侍女には今借りている部屋の整理をたのんでおいたんだ。まあ、二、三日は同じような感じになりそうかな」


「分かりました。そろそろ朝食の準備が整う時間ですね。アルメリア、それではまた後で、学園には一緒に行きましょう」


「ああそうだね。それに朝食もとても楽しみだよ」

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