ゲーム開始 編
第21話 モブ令嬢と旦那様と入居人
「『どッ、どどどどどどどどど、どういうこと!? ホント何でコイツここに居るの!? いや、マジで! ゲームスタートならアンドゥーラの
リュート・ブランシュと名乗った青年を前にして、旦那様は私の隣で絶句しており、口がわなわなとしております。
その気持ちは私にも分からないでもありません。と言いますのも、目の前にいる彼が『白竜の愛し子』だからです。この外見では間違いようがございません。
混じりけの無い真っ白の髪に、瞳も虹彩が白く、虹彩と白目の境界の付近が僅かに黒くなって見えます。また瞳孔は普通の目と同じように黒く、さらに肌の色は中央大陸で一般的な色合いをしております。
白という色が表れますのは、白竜様の加護の影響です。
竜王様と精霊王の加護を表す色には、赤竜様や火の精霊王の赤、青竜様や水の精霊王の青など同じような色が現われる場合もあるのですが、白は白竜様のみが持つ色です。
風の精霊王の無色という特異な例もございますが、ここまで白竜様の加護が表れておりますと、他の加護の影響は
特に白竜様を七大竜王の盟主と捉える我が国では『白竜の愛し子』は吉兆の証として尊ばれる存在なのです。
確か、以前オルトラント王国に『白竜の愛し子』が生まれたのは、一〇〇年以上前であったはずです。
その時代は大陸が凍えた時代であったそうです。しかし、オルトラント王国だけは白竜様の強力な加護を受けた『愛し子』のおかげで冷害による食糧不足になることもなく、飢えと無縁でいることができたといいます。
しかも周辺の国々に食糧を援助する余裕さえあったというのです。
我が国が、いまでも周辺の多くの国々との友好関係を保っておられますのも、その時代があったからではないかと思われます。
彼の年齢は私と変わらないほどでしょうか? 体つきもまだ少年っぽさを残していて、身長も伸びきってはいないように感じます。いまはまだ旦那様の顎の辺りに頭がある感じです。髪と瞳の色を考えずに顔立ちだけを見ますと、やはりまだ幼さが強く、かわいらしい感じです。しかし顔の要所要所が整っておられますので成長しましたら、凜々しい顔立ちになると思われます。
「アンドゥーラ先生が、恩人の縁者だと言っておられましたが、間違いございませんか?」
「えーっと、そうなのかな。婆ちゃんと、クロイツのじいさんに王都に行って学園に通えって言われてほっぽり出されたんだよな~。それでカランディアって人にお前のことは頼んであるからって」
なんとも、要領の得ない話です。
純粋そうな顔立ちをしておりますが、こういう方をなんと言ったら良いのでしょう? 自然児とでも言うのでしょうか?
「それで、カランディアって人を訪ねていったら。『君の
と言って、はははと頭を掻いて笑っております。
片方の手には地図らしきものを持っていて、目に入った感じですと、貴族街の地図のようです。
「ああ、これはほら、こう言うようにって台詞まで書いてくれたんですよ。いい人ですねあの人」
はあ、先生はこちらに丸投げしたわけですね。
今日休んでいらしたみたいですけど、彼の到着を待っていたということでしょうか? ですが確かにあの魔窟に住まわせることを考えますと……仕方がないかもしれません。
まあ我家の貴宿館がなければ、これ幸いと片付けさせたかもしれませんけど。あの中には危険物も紛れているようなことを仰っておられましたから、自重していただいてよかったかもしれません。
「『うわっ、プレイしてる側だと気付かなかったけど、この少し間延びした口調にこの態度は結構
隣に立つ旦那様は、よほど本日なされた無茶が響いているのでしょう、リュートさんの相手をする気力がないようです。ですので私が代わりにリュートさんと話しておりますと、突然、パンパンと両の
いつの間にか玄関の前でロッテンマイヤーが立っております。彼女はあきれた様子でこちらを見ておりました。
「ご主人様! 奥様! 玄関前で何を話し込んでいるのですか、はしたない! そこのアナタも、館の中にお入りなさい。話は応接室でなさってくださいな」
「ああ、ロッテンマイヤー、済まない。そうだね、フローラ。君は――リュートくんだったか、中に入ろう。詳しい話はそれからだ。ああ、本館から
旦那様がそう言って玄関へと向かおうといたしますと。突然、よく知った声が響きます。
「たのもーーーーっ。クロフォード・パーシー・カレント騎士爵の娘、アルメリア・パーシー・カレント! 本日よりエヴィデンシア家にお世話になります!!」
声のした方向へと身体を向けますと、アルメリアが我家の門前で声を張り上げておりました。
「ああフローラ! 父上からの返事が来たから、取るものも取りあえずやって来てしまったよ!」
私を目に留めたアルメリアがブンブンと手を振って門からこちらへと駆けてきました。
「ご主人様!! どうなされたのですか!? ご主人様!」
ロッテンマイヤーの叫び声に、驚いて旦那様に視線を戻しますと。玄関ポーチの上で旦那様が足下から崩れるようにして跪いておりました。
隣でリュート・ブランシュが「どっ、そうしたんですか突然。グラードルさん!?」と、心配そうにのぞき込んでおります。
私が旦那様に駆け寄り肩を貸そうと致しますと。耳元に小さく独り言が響きます。
「『……どうしてこうなった』」
◇
その後私たちは崩れ落ちた旦那様を伴って、応接室へと移動しました。さすがに旦那様に肩を貸したのは、ロッテンマイヤーに呼び出されたハンスでしたが……。
応接室は貴宿館の玄関から最も近い場所でエントランスから直接入れる部屋です。この部屋は貴宿館の住人に来客があった場合や、今回のように私たちや住人の方々が話し合いをする場合も考えて、共用部分として使われることとなっております。
いま、テーブルを挟んで私たちの前にはアルメリアとリュートさんが並んで座っています。対して私の横には旦那様、そしてその奥にお母様が座っております。契約説明などの遣り取りはこの先のこともありますのでお母様が行っております。
旦那様はやはり昼前の無茶がたたっているのでしょうか、正面に座る二人を見つめている姿が、何故か白んで見えます。
「では、家賃につきましてはご了承いただいているのですね」
母様が最後に家賃についての確認しました。
「はい! 学園の事務局から説明は受けました。あと、こちらは契約書になります」
アルメリアがテーブルの上に出したのは、法務部が作成した貴宿館の入居契約書です。こちらには入居における家賃などの詳細、また我家が提供する勤仕の内容などが記載されております。学園長の署名と紋章印、それからアルメリアのお父様の署名と紋章印がなされております。この後、旦那様が署名し、我家の紋章印を捺印して法務部へと提出することで契約が正式なものとなります。
「ボクは、カランディア魔導爵から『全て私が了承しているとフローラに言っておいてくれ』って言われました。ああ、これを渡すようにと預かってきました」
アルメリアの返事の後に、リュートさんがそう言いながら、椅子の横に下ろした背負い袋をゴソゴソと探り、小さな革袋と契約書を取り出してテーブルの上へと置きます。
その拍子に、袋の中で金属が当たる音が響きました。おそらく
「ひと月分の家賃だそうです。ああ、あとボクに学園に通うのにふさわしい服装を見繕ってやってくれと、その分も入っているそうです」
お母様は彼の言動をニコニコ顔のまま聞いておりますが、お母様の後ろに控えているロッテンマイヤーは目頭を押さえて静かに首を振っております。
「キミ、君はこれから学園に入学するのだろ? その言動は少々直した方が良い。そのままでは誰から因縁がつけられるか分かったものじゃない。学園では平民の入学を認めることもあるけれど、皆それなりの家柄だ。キミがいくら『白竜の愛し子』だとしても、いや、だからこそ文句を言い出す輩がいるだろうね」
アルメリアの正義感が頭をもたげたのか、隣に座るリュートさんに注意を始めました。
「はあ、そういうものですか。ボクは最近まで婆ちゃんと二人暮らしだったんでよく分からないんですよね。クロイツのじいさんにも同じようなことを言われましたけど」
そう言ってアハハハと朗らかに笑います。……人間として悪い人ではないのでしょうが、確かにこのままではまずいかも知れません。
「ところで、そのクロイツのじいさんというのは、もしかしてクロイツ・クルバス・バーンブラン辺境伯だろうか?」
「ええ、確かそんな名前でした。凄いですねグラードルさん! ボク何回聞いても覚えられなかったのに」
正直申しまして、先ほどから爵位を頂いた旦那様をさん付けで呼んでいるのも十分に無礼な行為なのです。
旦那様は気にしない様子ですのでよかったのですが、階級意識の強い方でしたら怒りだしているかもしれません。
玄関前での挨拶でグラードル卿と言っておりましたのは、アンドゥーラ先生が地図に書いた台詞をそのまま読んでいたのですね。
……それにいたしましても。
「旦那様、バーンブラン辺境伯ということは」
「そうだね。白竜様のお膝元だ。それに、かの辺境伯の姉上がアンドゥーラ卿の師ではなかったかな」
旦那様の仰ったとおりでした。アンドゥーラ先生が学生の頃、魔導学部の教諭をなさっておられたのがバーンブラン辺境伯の姉上にあたるブラダナ様であったと聞いております。ファーラム学園長と同年代ということもあり既に学園を去っておられますが、いまだご健在のはずです。恩人というのはブラダナ様の事であったのですね。
「であれば……リュートさん。なおさらに言動を注意なされませんと」
バーンブラン辺境伯家は、代々白竜様とオルトラント王家の仲を取り持つ存在としてオルトラント王国でも特異な存在なのです。辺境伯の家格は、王家との血縁がないにもかかわらず大公家に次ぐとさえ言われております。
そんな方の縁者が学園で問題を起こしてしまっては、双方にとって悲劇でしかありません。
「ロッテンマイヤー、悪いが彼の事を少し面倒見てもらえないだろうか。このまま学園に通わせてはきっと支障が出るだろうから」
旦那様の言葉に、ロッテンマイヤーが、スッと
「分かりました……ご主人様。侍女たちの教育もございますし、彼には彼女たちと一緒に礼儀を学んでもらうことといたします」
「うぇ~~~~っ、ボク、礼儀とか、そういうのって苦手なんですよね」
「うぇ~~とは何なんだ君。そういうところを直さなければいけない。いいだろう、同じ日にこの貴宿館に住まうこととなったのも何かの縁だ。私も一肌脱ごうじゃないか!」
礼儀礼儀と、周りから言われげんなりしてしまいましたリュートさんに、アルメリアまでが、腕まくりでもしそうな勢いで参戦してしまいました。
私が、どうしたものでしょうと旦那様を見ますと、彼も苦笑いを浮かべてこちらを見ておりました。
「多分、リュート君の保護者たちは、彼に礼儀とか一般的な知識とか、そういったものを学んでほしくて学園に入れようと思ったんじゃないかな。残念ながらそれ以前の状態みたいだけどね。『貴族メインの学園にコイツはヤバいって。そこら辺が分かってなかったんだな。いまになってゲーム序盤のトラブルが何で起こったか、身に浸みて分かったよ』」
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