第004号室 八尺様VS触手



 人間性を破壊する不治のやまいが、純白のドレス姿を腐汁に汚された哀れな花嫁を変容させる。


 身の丈2メートルを優に超える八尺様の骨格は骨を伸ばして歯を櫛のように尖らせ、引き絞られた腱は関節を反り返して皮膚を引き裂き、ひび割れ爛れ腐れ果てた内臓からは粘性の体液が溢れて気管を塞ぎ、苦悶に喘ぐたび奇妙な水泡の弾ける音をポコポコと響かせていた。


 つかえを無くしたドアが勢いよく全開し、壁との間に挟まれたがランドセルを背負った少女、小夜の頭蓋はランドセルが横につっかえたお陰で割られずに済む。


 同時に襲い掛かった向かいの触手が小夜を空かして、代りに飛び出して来た八尺様を襲い胴に巻きつき、八尺様は触手の高粘度の体液と弾力のある体表に苦戦しつつも、爪を立て力任せに引き剥がす。


「勝手に、殺し合えばいいのよ」


 ドアを盾に斧を構えて様子を伺う小夜は、擬態を解いた触手の後ろに階段を見つけて、目を据わらせた。


 異形同士の闘いは壮絶な潰し合いで、吸い付く吸盤が八尺様の皮膚を破いて爪を剥ぎ、巻き付く触手が関節を折り曲げ、伸び切った触手が隙を晒せば八尺様が大口開いて喰らい付き、触手が縦に裂けると片側が白く変色して機能を失う。


 二体の足元を潜ろうと飛び出す間を伺う内に、八尺様がドアに叩き付けられ蝶番が破断し、追撃を躱された触手の吸盤が張り付きドアを剥ぎ取られて小夜を守る物が無くなる。


 極太の触手へ反射的に斧を叩き付け、錆びた刃先が古タイヤのような弾力に跳ね返される。跳ねた斧を構え直し、耳をつんざく奇声を上げて狂乱の中、八尺様の太腿へ打ち付けた斧は、乾いた古木のような感触を響かせて小夜の両手から弾き飛ばされた。


 果て無き中廊下の両側から、次々に大量の血液に押されてドアが吹き飛び廊下に溢れ、その血に押された血生臭い風が吹き荒れ、混ざり合って濁流を造り無限の廊下に開けられた唯一の穴へと迫っていく。


 大きく息を吸い込んで呼吸を止める。八尺様と触手の意識が一斉に小夜へと向かい、同時に襲い掛かると互いに肩をぶつけて廊下の中心に僅かな隙間を造る。僅かなチャンスに弾かれたように身体が反応し、両者のからだを掴んで身体をねじ込み階段へと擦り抜ける。


 胴を薙いで床を這った触手に足を抄われ体勢を崩し、身を捻って背中から倒れ込むと、まず床へ接地したランドセルが衝撃を吸収しつつ、スライドして後頭部を保護しノーダメージの小夜へ、被さるように八尺様が大腕を伸ばし、小夜は触手共々がむしゃらに蹴り返して絶叫する。


「仲良くなってんじゃないわよッ~~!!!」


 ランドセルのサイドストラップに掛けられた防犯ブザー代わりのスタングレネードを捥ぎ取り、ピンを抜いて床に叩きつける。


「雑魚〇ンポと腐れマ〇コが調子乗んな、これでも喰らえッ!!!」


 小夜の脚を触手が締め上げる、八尺様の指が腕に喰い込む、床を跳ねたスタングレネードが炸裂する。ランドセルを手繰り顔の前に割り込ませ、目を強く閉じて口を開き、塞げなかったので耳がイカれる。


 爆音と閃光をまともに喰らった八尺様は身体を弓なりに反り返し、勢いよく立ち上がって天井をぶち抜いて転げまわる。触手も全体を一直線に伸ばし真っ白に発色して痙攣を繰り返す。血濡れて真っ赤なヒヨコがひっくり返って失神する。


(いぃ~~~っ!ひっひっひっひっひっひっひっひっ!ひっ!!ひっ!!!………………!!!!)


 この中で視力を残した者は小夜だけであり、吐き気を伴う強烈な耳鳴りの中、緊張で吊り上がった口角に満面の笑みを湛え、ふらつく足でスタングレネードの空瓶とヒヨコを掴むと階段を駆け上がり、無限の回廊を満たした血液が触手と八尺様を階下へ押し流す様を背中で見送った。


「このヒヨコ、不死身なんじゃないの?」


 吹き出した息と共に緊張の糸が解け、収まる気配の無い耳鳴りに呻いて両耳を押さえその場に倒れ込む。


切り札グレネードを使ってしまったわ………ザコにしては強い方だったかしら?」


 踊り場へ仰向けに転がり、ランドセルを枕に両腕を目隠しにし、押し潰した嗚咽を飲み込んで浅い呼吸を刻む。


 触手と八尺様に負わされたダメージに、暫く悶えていた小夜の周りへ屍肉あさりに集まって来た妖精を白刃の流し目で居合抜き、小首を傾げ切れた唇を小指でなぞり、常人の倍は長い舌で舌舐めずり、健全?な肉体と精神の健在を誇示して霊的雑魚を追い払う。


 喉を鳴らして吐き気を呑み込み、額ににじむ油汗を袖で拭う。


 上下する胸を軋む拳で押さえ付け、潤んだ目尻を蛇よりも長い舌でもって舐め取る。


 ボタンが取れてはだけた胸の前で両腕を十字に交差させ、更に両手の人差し指と中指を交差、更に更に手首を傾げて卍を結ぶと、穢れ切りエンガチョを唱えて不浄を払った。


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