第002号室 日常


 古き悪しき団地の日の入り、異形をかたどる団地十二星座は住民達の悲劇を見逃すまいと輝きを増してマンション群を照らし出す。


 にわか雨に濡れ艶めいて纏まった髪を手櫛で解き、生温く貼り付き肌を透かすブラウスに体温を奪われて肩を震わせ、下肢を絞める重いデニールのストッキングに濾過された水が、革靴に滲み込み足裏を舐めて卑猥はしたなく鳴き声を上げる。


 青いタヌキに名前の沢山ある和菓子を黄色いクマにハチミツを、二足歩行の白黒二頭身、小型犬ビーグルに似たコボルトをアイスで引き付け、あらかじめマタタビで酔わせておいた腹巻をした猫又にぶつける。


 ふざけた顔のタマネギ型スライムを重曹で中和、帯電した黄色いネズミと耳が丸く声の高いネズミとゴールデンハムスターのネズミをネット動画で観たトラップで狩り尽くし、ブロックから落ちて地面を滑って行くキノコを追いかけ回して胞子を吸って、身体が大きくなったような錯覚を覚え、なんなわらけてくる。


 悪意煮詰める団地の禍中にあってもランドセルを背負った少女、小夜にとってはこの程度、まあ、いつものことであった。


 適当な一階のベランダをよじ登り窓にダクトテープを貼り付け、特殊警棒で割って不法侵入、腐った食品サンプルの並ぶダイニングテーブルを囲っていた一家族分のマネキンが一斉に小夜へ向く。


「うふふ、ふふふふふ、あら?お邪魔するわね??」


 マネキン家族にとって小夜が招かざる客なのは明らかで、金属の擦れるような悲鳴を上げて男性型のマネキンが立ち上がるもその膝を小夜の警棒が砕いた。


「頭が、高いのよ………!」


 膝を折って跪づき、下がった側頭部を振り抜かれてマネキンの頭がダイニングを飛んで壁に跳ねる。残りのマネキンも順次、殴打に処されて沈黙する。


「娘さん、いい服着てるじゃない?マネキンコーデも悪くないわね。貰ってあげる」


 変形した警棒で丁寧に頭を潰し、動かなくなった少女型のマネキンから服を剥ぎ取ると、ついでにもぎ取った腕を持って浴室に向かい浴室のドアを閉めずに、服を着たままシャワーを浴び始める。


 濁った浴槽から飛び出す腐れ落ちた腕に、マネキンの腕を渡すと引き摺り込ませて浴槽の栓を抜き、共々流し去ってさようなら。


 続けてシャワーから降り注いだ鮮血に怯むほど小夜の心は繊細では無く、血濡れに浮き上がる透明な死霊の手に服を脱いで渡し、血を流し切ってシャワーが水に変わるの肩を抱いて待った。


「………くっさいお湯だわ、死体でも煮だしているのでしょうね」


 異形の団地は謎に包まれていた。いつから存在するのか?どこにあるのか?誰が建てたのか?何の為にあるのか?でも、そんなことランドセルを背負った少女、小夜は別にどうでもいいって思ってる。


 シャワーを終えてリビングに戻り、マネキンから剥がした服に袖を通す。倒れた椅子を起こして座り、椅子の背にかけたランドセルから、画面バキバキの端末を取り出し、生乾きの黒髪を手櫛で解きながら、女児向けアニメをピントの合わない瞳で眺める。


ヤッてやるわFuck you!/ \白眼向いてんじゃないわよ!!/ \ちゃんと観ろーー!!!/

「………うっ!」


 うつら、うつらと船を漕いだ拍子に画面から包丁が飛び出し、ちょっとびっくりして椅子ごとひっくり返るも、椅子の背に掛けていたランドセルがクッションになって、後頭部を床に打ち付けずに済む。


「ちょっと、飛んでたかしら………」


 今のは冗談、話し合いましょう?と命乞いが聞こえて来たがもう遅いので、構わず端末の電源を落とす。


「おちおち、眠ってもいられないだなんてねぇ………」


 小腹が空いたのでオープンキッチンのドアから赤い液体を滴らせる冷蔵庫を開けて、水餅のように赤く鮮やかに身体透かせてママと囁き蠢く水子霊を、ヘラとフライ返しで下の冷凍室に落として閉める。


 ドアポケットから紅卵をエッグトレイごと取り出して調理台に置き、その手前に食器棚から出した切子硝子きりこがらすの無骨なウイスキーグラスを、卵と同じ数だけ並べてその中に一つずつ割りいれて行く。


 団地にある外側から観測できない物体の中身は基本闇なので、卵の中から出て来るものは黄身と白身とは限らず、黄身の代りに大きな魚の目玉が出て来たり、人の胎児が出てきたり、ピンポン玉や生きてるヒヨコ、果ては100カラット近いブリリアントカットのただのガラス玉が出てきたりした。


「今回のたまごガチャは、ほぼハズレ」


 IHコンロでテフロン加工のフライパンを温め、油は引かずに溶いた卵を流し込む。忙しなく菜箸を動かし続け、出来るだけ細かいスクランブルエッグに仕上げると、食パン2枚へ均等に盛り付け、もう2枚のパンで挟み込み、2つのたまごサンドウィッチが出来上がった。


 包丁で食パンの耳を切り落とし十字に四等分、サンドウィッチにかじり付き、あまりの味気無さにこんなものかと鼻を鳴らす。


 食べきれなかったサンドウィッチを、ラップでくるんでランドセルにしまうと、グラスに入れっぱしだったヒヨコを床に放して部屋を後にした。

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