第25話 伸び悩む『うしろ』

 俳優であったり、お笑い芸人であったり、テレビで活躍するタレントの中には、ある時期から急激に露出ろしゅつが増える者がいる。


 その陰には、少なからずタレントを売り込む、事務所の人間の力が働いているものだ。


 もちろん、才能であったり光る部分を見初められて逆指名される者もいるが、多数はもらってきた仕事を受け取り、その場その場で全力を尽くしているのが現状だ。


 一方、動画サイトやSNSのフォロワー数といった、インターネットにおける人気というものは、よりシビアなものであるといえる。


 インパクトを与えるもの、スキルを魅せるもの、あるいは自身のパーソナリティを押し出すもの。


 それらを一般の視聴者によって支持されることで、初めて知名度や人気が確立される世界なのだ。


 その点、バーチャルアイドルや芸能人の業界参入というものは、知名度という大きなアドバンテージを持っている。


 しかし、それでも身内の人気の域を超えることができず、辛酸しんさんをなめて消えていく人も数多くいる、弱肉強食の世界なのだ。


 そして、改めてデビューを果たした『うしろ』ことたちばなそらは、その瀬戸際に立たされていた。


 自己紹介の動画の後に続いてアップロードされた、うしろによるカラオケ動画。


 その評判は上々で、歌の上手さについて絶賛するコメントが並んでいた。


 ただ、ファンの数は増えているものの、その増え方は緩やかなものだった。


「はぁ……やっぱり、伸びないなぁ」


 日付が変わろうかという時間帯、ひよこ色のパジャマ姿をしたそらは、パソコンの前でため息をついた。


 蛍光灯の光に照らされながら、そらはカップに入ったココアを口に含む。


 鼻へ抜ける、甘い香りと、熱さを含んだ滑らかな喉越し。


 肌寒い空気をほんの少しだけ忘れられて、そらは吐息を漏らした。


 だが、それもほんの一瞬のみで、すぐにそらの頭は不安で埋め尽くされる。


「社長もマネージャーも、数字なんて気にしないで好きにやってくれていいとは言ってくれてるけど……やっぱり気になっちゃうよね」


 パソコンのディスプレイに映る、数字として突きつけられる現実を、そらはじっと見つめ、考えを巡らせる。


 ――自分にとって歌はかけがえのないものだし、これからも続けていきたい。


 ――それでも、現在歌だけで人気が確立できていないのは事実。


 ――人気がある、他の配信者とは一体何が違うのだろう?


「自己紹介動画では、みんな可愛いとか頑張ってとか、言ってくれてたのにな……」


 無意識につぶやいた言葉に、自分自身で驚き、そらは慌てて首を振る。


「あー、ダメダメ。伸びてないのは事実なんだから――」


 そう自らをいましめると、そらは額に手を当て、天を仰ぐ。


 瞬間、テーブル脇に置かれたスマートホンから、通知音が上がった。


「えっと……高木たかぎさんか」


 通知の相手がマネージャーであるとわかり、そらはすぐに内容を確認する。


 そこに書かれていたのは、次回の打合せの日時についてであった。


「わかりました……っと」


 そらはすぐに返信をすると、元あった場所へとスマートホンを戻し、寄りかかっていたクッションの上に、上体を乗せる。


 背筋が伸びる心地よい感覚に声を漏らしつつ、合わせて両腕も思いきり伸ばすと、一日の疲れがどっと押し寄せてくるのを感じた。


「もう、寝ようっと」


 結局、いい案が思い浮かばないまま、そらは上体を戻す。


 そして、寝る前に何か面白そうな動画を探そうと、動画の海へと繰り出した。


「……あっ、雑談配信やってる」


 クラゲのようにゆらゆら漂っていた、そらの視線に留まったのは『彼方かなたあおい』のライブ配信動画だった。


「お、おじゃまします……」


 妙な気恥きはずかしさもあってか、そらは誰にとなく言い訳をして視聴を開始する。


『――さすがに天然で許されないよね。あははっ』


 ――懐かしい。


 それが、そらが配信を見て最初に抱いた感情だった。


 そこでそらは『彼方あおい』の放送を久しく見ていなかったことを自覚する。


「そういえば、ずっと忙しかったからなぁ」


 背後のクッションを手前に抱え直し、そらはやや前傾になりながら、あおいの放送を視聴する。


 滝のように流れるコメント。


 画面内で笑うあおい。


 その場にいる皆で作り上げる、楽しい空気と一体感。


 それらを身をもって体感して、そらはあることに気づく。


「もしかして、私に足りないのって……これ、かな?」

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