2「久々の館」

 公爵婦人に指定された日、手配された馬車が、

アパートの前まで来た。馬車が来ることは、手紙で知らされていた。

6人まで乗れる馬車で、これに乗って婦人のもとに向かう。

今回は、以前のようにドレスではなく普段着と言う事が、手紙で指定されていた。

ちなみに、荷物は、俺は、宝物庫に、別は収納空間に入れていくので手ぶらである。

ミズキとリリアは、この依頼に合わせてエディフェル商会で、

購入した収納スキル付き鞄とリュックに荷物を入れている。

ちなみにミズキは鞄で、リリアはリュックだ。


 さて馬車に揺られて公爵婦人の元に向かう途中、

俺は、ミズキにカーミラの事を話した時の事を、思い出していた。

ミズキが、仕事の事を快諾してくれた後、


「ラウラが、話をしたいそうですが」


そう言うとラウラを呼び出す、


「今、カーミラと言う方の話をしていたようですが」


なお使い魔用の詰所からは、ミズキを通す形で外の様子がわかるという。

何でそうなってるかは、ミズキも無意識に設定したとの事で、

分からないとの事


 それは、ともかくラウラの話であるが、


「その方は、旦那様の愛人ではないかと思われます。

確か暗黒教団の幹部で、そのような名前でしたから」


するとミズキは、


「教団で、カーミラと名乗っていた奴は、後にも先にも、

あの老いぼれしかいませんから、確かデモンズドールも持ってましたし、

まず間違いないでしょう」


この時ふと思った事を聞いた。


「ところで、お前、教団に尊敬できる奴っているのか」


カーミラの事でだけでなく、こいつが殺した爺さんの事もある。

それに、借用の儀を通して、見た彼女の過去に、

そういう人間の姿がないように思えたからだ。


(なんせ現在の教主も、嫌ってるんただからな)


まあ過去と言っても穴だらけだったから、分からない部分もあるのだが、


「いますよ。最近亡くなられた神官長です」


神官のまとめ役との事だが、この人は彼女の後ろ盾だったとの事。

彼女が神官になれたのは、教団の多大な恩恵を与えただけでなく、

この神官長の存在も大きいと思われる。


 それはともかく、カーミラについてだ。


「愛人ってことは、まさかミラーカの」

「はい、お嬢様の本当の母親です」


この母親と言うのが、あの人形を渡したのだから、

カーミラが館の件の本当の黒幕と言える。


「そうだったのですか」


するとミズキは、ミラーカを呼び出す。

しかも少し高い位置に、呼び出すものだから、床に落下し、


「キャッ!」


と言う悲鳴を上げる。そして笑みを浮かべるミズキ。

ラウラが普通に表れたのを見ると、

これはミラーカへの嫌がらせなのだろう。


「何ですの……」


とミズキの方を睨みつけるミラーカ。


「いえ。貴女があの老いぼれの娘だと分かったものだから」


なにか、変な事をしそうな気がしたので、俺は


「俺の前で、おかしな事をするのはやめろ」


と釘を刺した。生まれながらの悪党であるミラーカが、

どうなろうが知った事ではないが、

ただ、目の前で何かされるといい気分がしない。


 ミズキは笑いながら、


「別に、変な事はしません。確認してみたいことがあるだけですよ」


そう言うと、彼女は、まじまじとミラーカを見る。


「確かに、所々に、あの老いぼれの面影がありますね。

性根の悪さも母親譲りですか」


その言葉に、俺は


「性根の悪さは、暗黒教団のお家芸だろ。お前と言い、リリアと言い」


するとミズキは、ムッとした様子で


「こんな奴と、一緒にしないでくれますか?」


とリリアを指し示しながら言うと、そのリリアもイラっとした様子で


「アタシだって、無能と一緒にされたかねぇよ!」


すると、いつもながら「無能」と言葉が癪に障ったようで


「だから!私はもう無能じゃありません!」

「うるせぇ、無能!」

「だから~!」


といつものように口喧嘩を始めた。

この様子を何とも言えない顔で見ているラウラ。

そして二人を嘲笑っているミラーカ。


 この状況に、ベルは


「よろしいのですか、あの二人?」

「ほっとけ」

「あの二人の罵声は、正直、耳障りなんですが」


そうは言われて、正直言って面倒なので、


「俺は、知らん」


そう言って、俺は、何時ものように放っていた。

ラウラとミラーカは、少しして、ミズキが引っ込めたのか、

いなくなったが二人の口喧嘩はしばらく続いた。



 そして現在、馬車で、俺とイヴ、ベルと言う形で、

座る。俺とベルと間にイヴを座られているのは、

ベルが喜ぶのを防ぐためだが、彼女はイヴも気に入ってるので、

これはこれで、嬉しそうだが。

なお対面には、何時ものメイド服姿のミズキとリリアが、座っているが、

二人とも、左右にはなれ、お互いの顔を背けて、

ぎすぎすした感じで、見るから仲の悪そうに、座っている。


 まあ俺は、二人の仲を取り合ってやる義理はない。

この仕事で足を引っ張り合うなら、「絶対命令」を使うまでだ。


「このギスギスした雰囲気、どうにかなりませんか?」


とベルから言われた。確かにこのギスギスした雰囲気は

滅入るが、ベルの言う事を聞いてやるのも、

どうも癪なので、あえてこのままにした。


 どうにも気が滅入る状況の中、公爵婦人の館へと到着した。

そして到着すると公爵婦人が出迎えてくれた。


「お久しぶりです」


と俺は、挨拶し、公爵婦人は


「こちらこそ、お久しぶりですわ」


と言いつつも、


「貴女のご活躍は、クロニクル卿から、かねがね聞いていますわ。

カズキさま、いえ黒騎士さま」


雨宮が、俺の活躍を話してるとの事だから、

黒騎士の事を知っていても、おかしくない。


 さて、俺は公爵婦人に、久しぶりに会って違和感を覚えたが

それが何かわからないうちに、


「そちらの方々は、カズキさんのお仲間と使用人と言う事ですか」


そしてイヴの方を見ると、


「イヴさんでしたね。久しぶりの館はどうですか?」

「………」


返答はないが、婦人は特に気にしてない様子で、

ベルの方を見る。ベルは、丁寧な口調で、


「初めまして、カドレリオン公爵婦人、

私は、ベルティーナ・ウッドヴィルと申します。

ベルとお呼びくださいませ」


と頭を下げる。


 そしてミズキ達の方を見る。公爵婦人はイヴもだが、

二人を使用人とみている。実際に手紙には、

使用人で、冒険者と書いておいたし、二人はメイド服を着ているから、

余計にそう思うのだろう。そして二人は公爵婦人に対し、

「初めまして、私の名はミズキ・レヴィン、

公爵婦人、以後お見知りおきを……」

「リリア・スウィニー……初めまして……」


二人とも、苗字のみ偽名だが、きちんと挨拶をする。


(なんだか意外だな)


普段から、礼儀正しいミズキはともかく、たどたどしくはあったが、

リリアが、きちんと、挨拶をしてるので、意外に感じた。

ただ後々考えてみれば、絶対命令の影響で、

俺に不利益な行動をとれないからだと思われる。

ともかく、婦人に失礼が無くてよかったと思った。


 その後、館に入り、


「貴方たちの部屋に案内しますわね」


婦人は、俺たち全員分の宿泊部屋を用意してくれていた。

このことは、事前に手紙に書かれていた。

実際に案内してもらった部屋は、どこもいい部屋であったが、

この時に俺は、違和感の正体に気づいた。


 相手が、相手なので、緊張しつつも、

何と言うか勇気をふり絞るように、公爵婦人に尋ねた。


「あの……使用人の方は……」


出迎えてくれた時から、婦人一人だけで、

以前いた使用人の姿が見えない。それが違和感だった。


「皆さんには、休暇を与えましたの、ですからこの屋敷は、

私たちしかしません」

「あの……何故ですか?」

「奴と戦うには荷が重いですから」


ここでベルが


「その奴と言うのは?」

「詳しい話は、ちょっと、口に出したくもない相手なので、

でも貴女なら倒せるような気がします」


と言う返事だった。


 なお、この二週間は、婦人自らが、僕らの食事を含め、

生活の世話をしてくれるとの事。そして手紙の五人までと言うのは、

自分がお世話をできるギリギリの人数だったという。


「私、料理の腕には自信がありますのよ」

「お話は、雨………クロニクル卿より聞いています」


 実際、婦人が料理が、うまいのは聞いていた。

雨宮の話では、元より才能があって、

頼まれて雨宮自身が料理を教えたと言う事もある。

また料理だけじゃなく、彼女自身、没落貴族だったが故に、

別の貴族のもとで、使用人として働いており、

その為、家事も完ぺきにこなせるという。


 なお婦人が使用人を雇っているのは、用心の為と、

自分の家事スキルを、教えるためだとか。


 しかし、そうは聞いていても、雇い主で、

高貴な人に世話をしてもらうばかりとなると、

気を使って仕方ないので、食事はイヴ、掃除等はミズキに手伝わせることにした。

婦人からは、


「お気遣いなく」


と言われたもの、気を遣わずにはいられないので、

とにかく頭を下げて、二人に手伝わせることを了承してもらった。


 後で思うと、まずい事をしたかとも思った。

ミズキはともかくイヴが、婦人の亡き夫の愛人かもしれない存在だからだ。

そもそも、連れて来る自体、間違いだったのかも知れないが、

俺はうっかりその事を、忘れていたのだ。


 ただ、手紙で彼女を連れていくことは、書いていて、

返答の手紙では、特に何も触れていないし、顔合わせの時も、

不快そうな素振りも見せなかったから、

まずいと気づいたのは、だいぶ後になってからの事だった。


 ともかく、各自の部屋に案内され、二人による家事への協力を、取り付けた後、

婦人から俺に割り当てられた部屋に集まって、今後の護衛の段取りを話し合った。

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