3「調整中」

 さて色々と考えを巡らせていたが、ふと自分が全裸であることを思い出し


(何か着ないと……)


 宝物庫に服があるらしいのでそこから取り出すことにした。

脳裏に、所蔵されている服がイメージとして浮かび上がる。

しかしデザインはおどろおどろしいものか、成金趣味の派手のモノばかりで、

どれも俺の趣味じゃない。あと鎧はかっこよかったが、妙に目立ちそう。


 「創造」を使えば自分の好きは服を作れるみたいだが、なんか面倒に感じた。

 

「ましなのは、これか……」


 ようやく比較的まともと言える服を見つけた。それは、かなり地味なデザインで

下級魔法使いって感じの服。それでもコスプレ衣装みたいで、

この時は、街中を歩いていたら目立つ格好だなと思っていた。

それは俺が異世界にいるという実感が、まだ薄かったからである。


 服は取り出したというよりも、呼び出したって感じだが、出現した服は、

自然に俺の体に装着された。その後は、とりあえず、このクレーターから抜け出そうと思い、早速、魔法を使った。使用したのは飛行魔法、

正式名称はかなり長ったらしいので割愛させていただく。

 

 宙に浮かんでいるときの感覚は、水がないのに、水の中で浮いているような感じ、俺としては、夢の中で空を飛んでいるときの感覚で、

初めてという感じはしなかった。


 それと空を飛ぶことへの感動とか、気持ちよさと言うのは全くなく


(浮いてるな)


と思ったくらいで、あっさりとした感じだった。それよりも


「すげえな」


 宙に浮かぶことで、全体像がはっきりしたクレーターの方が気になった。もちろん「周辺把握」で解ってはいたが、直に見ることで初めて実感を得た。なかなかの絶景で、見ていると現況を忘れさせてくれほどの。


ただ「暗視」で見えるとはいえ、昼間見た方がいいように思える。


 しばし風景を見た後、俺はクレーターの外側に着地した。

この際、ゆっくりと降りたはずだが、着地と同時に、ものすごい音がして、

地面が揺れ、足が地面にめり込んだ。


「!」


音と揺れの割には、俺の感覚では、昔スキー旅行で体験した雪に足がめり込むような感じだった。


ここで俺は、これまで起きていたことを思い出す


(そう言えば、俺が動くたびに、とんでもない事になっていたような)


とりあえず、俺は地面にめり込んだ足を上げた。

膝の下のあたりまでめり込んでいたが、思いのほか簡単に上がる。

まるで砂に軽く埋まっているという感覚。

そして、足を、軽く、というか恐る恐る下ろした。

結果は、ものすごい音と地響きと共に、足は再びめり込んだ。


(まさか)


 ふと思い立って、地面を軽くたたいた。

すると、さっきとは全く同じではないものの、轟音と、地響きがして、

小さなクレーターのような窪みができていた。

マンガで主人公が壁に思いっきり拳を叩きつけて、

大きな窪みができる場面があったような気がするが、それに似ていた。


 ただこっちは、軽くたたいてこの状況と言う事。


 あと近くにあった石を軽くつかんだ。見た目は固そうな石であったが、

触ってみると砂の塊に触れたみたいで、石はすぐに砕け散った。

何個か試してみたが結果は同じ。


(地面と石が脆いのか、それとも俺が途轍もないのか)


 俺が途轍もない力を持っているのは明白なのだから、後者である可能性が濃厚。

そして脳裏に再び浮かび上がってくるのは


(やっぱり暗黒神ってやつか……)


と言う考え


「いやいや!自分を神だなんて思うな。」


 俺は思わず声を上げていた。どんなに途轍もない力を持とうとも

神だなんて思ってはいけない。

過去に大十字絡みで会ってきた自分を神だと思うやつは、

皆ろくでなし、人間のクズばかりだった。奴らと一緒になってはいけない。

 

 それよりもこの状況をどうにかしなけない。足はめり込むけど、

簡単に抜けるから、身動きが取れないわけじゃないが、鬱陶しいには変わらないし、それ以前に目立つ。俺はあまり目立つのは好きじゃない。


 何かとめんどくさいから。


 それに一番の問題は、手の方だ。これでは、ものに触れることができない。

それがいかに不便であるかは言うまでもない。


(そうだ!)


 この時、「能力調整」の事に思い当たった。任意発動のスキルだが、

一度発動させれば常時作用する。調整の際は自分の頭の中にイメージとして、

複数の数値が現れて、それらは、自分の意思で変更ができ、数値を変える事で、

力が調整され、終われば数字は消え、その状態が維持される。

 

ただし、調整には、一括調整、個々調整、自動調整の3つがある。


一括調整

複数の数値を一括で変更するもの、ただし最低にすることしかできない。


個々調整

複数の数値を個別に変更し細かい能力の調整ができるのであるが、どこをいじれば、どう変わるが全く分からず、要するに何度か試してみて、

覚えるしかないので面倒なことこの上ない。


自動調整

特定の状況下で適した数値に自動的に調整する。状況かと言うのがどういうものか

不明なうえ、

発動させるには一旦、調整し基準となる数値を用意しなければならない。



 結局、俺は一括調整で、能力を最低にした。すると、直ぐに体に重みを感じ、

体が萎んでいくような感覚があり、それが収まると調整が終わったのを感じた。

念のため、地面を軽くたたく、特に何も起きなかった。

しかし直ぐに今度は別の問題が発生した。


「抜けない……」


 今度はめり込んだ足が、抜けなくなってしまった。

どうすべきかは、直ぐに思いついた。また能力を上げればいいのだ。

だから直ぐにスキルを停止させた。


「……遅いな」


 さっきは、直ぐだったのに、今度はなかなか変化が起きなかった。

気持ちとしては、ローディングの長いゲームをやっているような感じ、

少し苛立ったのと同時に

このまま何も起きないんじゃないかと言うような不安も感じた。


 やがて、体の中で何かが弾けたような感覚がすると同時に、

体の奥から力が満ちてくるような感覚がした。

スキルが停止し本来の力が戻った。。そして、地面から足が簡単に抜けた。

しかし、抜けた足を、地面に下ろした瞬間、再び、轟音と地響きと共に、

足はめり込んだ。


「………」


 少しの間、黙って考えた。

そして思いついた。先ず俺は、飛行魔法を使い宙に浮き、そのまま能力を下げた。


「うわっ!」


 突如、飛行魔法が解除され、俺は地面に落下した。

そんなに高度は上げてなかったから大事はなかったが、思いっきり尻もちをついた。


「イテテテテテ……」


 大した怪我ではなく、「修復」も発動しなかったが痛いには変わりなかった。

そして俺は、立ち上がる。この時、念のため、地面を何度か踏みしめた。

轟音はしなかったし、足がめり込むこともなかった。


「ふぅ……」


状況が解決し、一息ついた。そして再び何の気なしに、クレーターのほうを見た。


「やっぱり、絶景だな」


 ちなみに、能力を最低にした所為か、

「周辺把握」含め多くのスキルは使えなくなって、

更に魔法も多くが使えなくっている。ただ「暗視」は機能していた。

そしてクレーターを見ているうちにある考えが頭をよぎった。


(まさか、このクレーターって俺が作ったんじゃ……)


実際、「気力放出」を使えば可能だ。

もちろん使った覚えはないのだが、さっきまで、パニックを起こしていたから

無意識に使った可能性はある。


(まあいいか……)


 俺の仕業と決まった訳じゃないし、それよりもこれからの事を考えることにし、

とりあえず、ここを離れた。行く当てと言うと、「周辺把握」が機能していた際に、

近場に大きめの街がある事が分かったので、そこを目指すことにしたが、

距離があるので、途中に廃墟がある事もわかっていたから、

そこで一晩過ごすことにした。

 

 そして何の気なしに夜空を見上げたのだが


「月が……」


 空には星は見えなかったが、二つの月が輝いていた。大きさは異なるが、

どちらも満月だった。


「本当に、異世界だったんだな」


 空に浮かぶ月、または太陽が、複数ある事で、

自分が別の世界にいることを思い知るなんて展開は、

マンガやアニメに見たことがあるが、まさにその状況に俺はいた。

この瞬間、自分が異世界にいることが、確信へと至った。

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