第35話 指輪

 6人のエルフたちとの共同生活が始まって2日が経とうとしている頃、俺はあることに気づいてしまった。


「・・・まっじで暇なんだけど」


 朝適当な時間に起きて、ご飯を食べて自室に戻りベッドに寝転ぶ。

 そして少ししたら起き上がってぶらぶら散歩してまたベッドにダイブ・・・。

 一体俺は何をやっているんだろう。


 他のエルフと言えばヴェルがこの家の家事を全部やっており、ダニングが料理を。

 アイナは騎士団長を辞めたとは言ってもまだ訓練には顔を出しているらしくて夜にしか帰ってこないしバンもそれについていくことが多い。


 ルリは何でもSランク冒険者を維持するために沢山の依頼を受けなくてはいけないようで忙しなくどこかに出かけており、シズクもなんか仕事があるらしい。

 最近日中にしていることと言えばヴェルやダニングと他愛もない話で盛り上がるくらいだ。


 そんな二人も忙しそうだけど俺が手伝ったところでむしろ迷惑になるからなにもできない。


「俺は一体何をすればいいんですか!?」


 そして俺はこの悩みを全員がそろっている夕餉の食卓で言うことにした。

 全員の目が俺の方を向き、何を言おうか考えているように見える。

 夜はこうしてみんなと一緒にご飯を食べて話して、楽しく過ごすことができるのだが日中がまじで暇なのだ。


「た、確かに一緒に暮らすってことしか考えていませんでしたね・・・。私は今さっさと引継ぎを終わらせようとしているんですけど次の世代が中々ひどくて・・・。兄さんにも手伝って貰っているんですけど」


「そうですね、俺らは今手を引く準備をしているのでもう少し待っていただけたらずっと一緒に過ごせます。それに大分落ち着いてきたのでそろそろ向こうに行く頻度を落としても大丈夫そうです」


 最初に話し始めたのは双子のエルフだった。

 同じ碧色の目をこちらを向いてほほ笑んでいる。


「ルリもだよ!! もうそろそろ一年間の達成討伐数は超えるからそしたらずっと一緒!!」

「そうか、みんな頑張ってるんだね。ごめんみんなの足を引っ張るようなこと言って」


 俺が少し下を見た瞬間、机をたたく音がした。

 シズクだ。


「んなことあるか! ご主人が迷惑かけてるわけねえだろ。むしろこっちが何もしてないことに問題がある」

「そうですね、確かに皆さんの引継ぎが終わるまではなかなか時間が作れませんもんね」

「シズク、ヴェル・・・」


「それなら試しに昔のように魔法薬の調合をやってみたらどうだ? まだ試したことはないんだろう?」


 そしていままで清聴していたダニングが俺の方を見て口を開いた。


「いや、でも今の俺は・・・」

「やってみないとわからんだろう。もし駄目だったら俺が料理を教えてやるから」

「ダニング・・・」

「確かに、試してみてもいいかもしれませんね。私とシズクでよければお教えいたしますよ。もっともご主人様からいただいたものですけど」


 確かに、俺はセンスがないと言って何も試してこなかった。

 だけど知識はあるんだ。

 もしかしたら何かは出来るかもしれない。


「うん、そうするよ!! さっそく明日からお願いしようかな」

「うっし、じゃあ明日から始めてみるか! んじゃあそれの必勝祈願で乾杯だ!」


 シズクが酒の入ったグラスを上に掲げる。


「だから俺まだ未成年なんだって!!」

「ここでそんな法律気にしなくてもいいんだよ!!」


「ちょっ、シズクさんお酒こぼれてます!」

「ヴェル、物欲しそうな顔してるけど君は飲んじゃだめだからね」

「・・・バンも人のこと言えないと思いますけど」


「君は自分の弱さを自覚してないみたいだね・・・。そこまでいうのなら勝負するかい?」

「いいでしょう」

「だ、駄目です!! ヴェルさんに飲ませないで兄さん!!」

「ルリも飲もっかなー!」


 またこの部屋でドタバタが始まる。

 でも今まで生きてきた中でこれほどまで心が溶けるような感覚になるのはこのドタバタしかない。


 ただあまりにもドタバタが続き、ダニングと目が合ってお互い大変だなというアイコンタクトを取っているとそれをみんなも察したようで徐々に落ち着いていく。


 そのまま他愛もない会話が7人で始まりそろそろ風呂に入る時間かと思った時、バンが俺に近づいてきてこう言った。


「主、一緒にお風呂入りませんか? お背中流しますよ」


 *************



「はぁーーーーっ、生き返るぅ」

「やっぱりこの風呂はいいですね」


 俺とバンは無駄に広い風呂でしみじみとつぶやいた。

 ダニングも来れればよかったのだが、まだ手が離せないらしくて今は俺とバンだけだ。


「俺ここに来る前まではシャワーで終わらせてたから余計に気持ちよく感じるな。やっぱり湯につかったほうがいいや」

「同感です。俺もたまに家に帰ってこずにどこかで野宿ということもありましたが風呂が恋しくなりましたもんね」


 俺は横に座るバンをちらっと見た。

 シズク同様バンが一体何をしてきたのか、何をしているのかは知らない。

 そして先ほどさらに一つ、疑問が生まれてしまった。

 まずは今何をしているのか聞いてみるか。


「今バンは何をやっているの?」

「今ですか? 今はアイナと一緒に騎士団の指導に入ってますね。昔在籍していたこともあるので」

「そうなんだ」


「確かに俺はルリやアイナと違って何か役職を全うしてきたわけじゃないので『お前今何やってるんだ』って思うのは当たり前ですよね」


「いや、まぁ・・・。うん」

「あとは、そうですね。たまに今の国王の護衛に入ったりします」


「国王の護衛かー。ってうん? 国王の護衛!?」

「はい。今の国王とは顔なじみなので偶に頼まれるんです。アイナが属していた騎士団とは別ですね」


「いや、なんでそんなことに・・・?」

「ちょっと過去にいろいろあったので」


 その色々が気になるのだが、濁して答えたということは今答える気がないんだろう。

 冷静に考えて国王の護衛ってやばくないか?

 そんな人が今俺の横で風呂に入ってるのか。


 ・・・このエルフはここにいていいのか?


「そうか・・・。じゃあもう一つ聞いてもいい?」

「はい、良いですよ」

「バンはこの200年でその、恋愛系で何かあったでしょ」


 これが先ほど生まれた新たな疑問だ。


「へ? ど、どうしたんですか急に」

「もともと疑問だったんだよ。この200年で誰も結婚してないのかなぁって。みんな有名人なんだし言い寄られたりとかもあるだろう?」


「ま、まぁそうですけど・・・。なんで俺は断定系なんですか?」

「さっき見えた。バン、服の下に指輪のネックレスつけてるでしょ」


 そう。先ほど脱衣所で服を脱いでいるとバンが手早く何かを服の下に入れたのが見えたのだ。

 いつもは服の下にしまってあるから気づかなかったモノ。

 多分、あれは指輪のネックレスだったはず。


「・・・・・」


「俺が君に送ったものじゃないし、男からもらったかもしれないけど俺は女性からのプレゼントと見た。それがあの4人の誰かからなのか、別の誰かからなのかは知らないけどね」


「よく見てますね、確かにあれは大事なものです。でも俺は結婚したわけではありませんよ。俺たち6人誰も結婚していません」

「せっかくだから教えてよ。あの4人のうちの誰か? それとも違うヒト?」


「・・・・・王都で会った女性です。もう終わったものですけどね」

「え、えぇ!?」


 自分で聞いておいてびっくりしてしまった。

 てっきりアイナからのプレゼントっていうオチだと思っていたから。


「えぇっ、いつ? どこで会ったの? どんな人!? エルフ? 人間!?」

「こ、これ以上は勘弁してください。そのうち多分話すので」


 バンがやっちまったと言わんばかりに後ずさりしていく。

 これ以上問い詰めたら嫌われてしまいそうだ。


「わかったよ、じゃあせめていつなのかは教えてほしいな。それが聞けたら今日は満足だから」

「いつ・・ですか。そうですね、100年近く前です」



 ********



「よし、んじゃあまず中級回復薬の調製をゴールにしてやってみるか。作り方とかレシピは覚えてんだろ?」


 昨日言った通り次の日の昼から俺、ヴェル、シズクの3人による魔法薬の調製が始まった。

 ここにきて昔の俺の部屋が完全再現されたことが生きるとは・・・。

 必要な機材とかはばっちりそろっている。


 レシピは俺が開発したものよりもいくらか簡単になっており、さらに安価でできるようになったとのことだったが今回は昔俺が考案したものでやることになった。

 といってもあまり違いはないけど。


「材料は今日の朝買ってきたからいいとして問題は魔力を込めるときだよなぁ」

「そうですね、いくら頭で理解していても発揮できないと意味がないですからね」


 勿論頭では理解しているのだ。

 ただ持ち前のセンスの無さと魔力の無さがびっくりするほど足を引っ張っている。


 例えるなら料理を作る際に、頭ではレシピを完全に理解しているけど全く料理ができないといった感じだ。

 多分フライパンでひっくり返そうとしたときにそのまま全部こぼしたりしちゃうパターンの料理下手だろう。


 そのせいで俺の成績はひどいものだった。

 親が生きてたらぶん殴られてたかもな。

 もう自分の両親ですら、どんな人だったか忘れつつあるのは少し悲しいけれど。


「まぁ、やってみるだけやってみるか。私たちは見守ってるから」

「わかった。えーっと、確かこれをこうして・・・」


 最初こそ不安だったけど、いざ機材の前に立つと自分でもびっくりするほど心臓が高鳴って手が自然に動いた。

 もう何回も、何百回もやってきた動きだから200年経った今でも体が覚えているのだ。

 周りの声が聞こえないほど集中しているのが自分でもわかる。

 一つ一つの細胞が喜びの声を上げているようだ。


「おぉ、行けるんじゃねえかこれ」

「昔と動きは変わりませんね。あとは最後の魔力を込めるところでしょうか」


 いける、今まで逃げていただけなのかもしれない。

 今の俺ならきっとー。


「これに魔力を込めればいいんだよな?」

「あぁ、そうだ」

「よしっ、いっけぇええええ!!」


 俺は両手に全神経を注いで魔力を放出する。

 昔と違って体の芯から根こそぎ魔力が持って行かれるような感覚だが間違っては無いはずだ。


 目の前のフラスコが白く光り、俺の魔力と反応する。

 やがて俺は立っていられないほどの魔力枯渇に陥ってそのまま膝から崩れ落ちた。

 もう汗はだらだらだ。


 だけど今の感覚は確かにいけたはず。

 そう思ってゆっくり立ち上がった俺の目に映ったのは・・・。


 ゴポッゴポポ。


「・・・・なんだこの色。いったい何をどうしたらこうなるんだ? なんか変な音鳴ってるし気持ちわりぃ」

「魔法薬というよりもむしろ毒ですね。ご主人様は何を作ったんですかこれ?」


 明らかにおかしい色をした、見るからに毒のように思われる謎の薬であった。

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