桃源郷:ボディガード

『当協会のオークションへようこそ』


まだ蕾がふくらむ前の冬の様子を残した桜の木を探してください。そう難しくはありません。だってほら、今はまだ寒いでしょう?桜だって咲こうとは思いますまい。そうそう、そうです。そして花が咲いていないのに、桜の花びらが舞い散る木が1本、あなたの目の前に現れるでしょう。その木はオークション会場への入り口です。



その木を見つけましたら、招待状を木の枝に乗せるか、穴があるなら穴の中に入れるか、木の根元に置いて下さっても結構です。そうすれば会場への扉が開きます。



良いですか?このオークション会場へ入れるのは、欲しいものがあるお客様のみ。そしてこの招待状を手にしたお客様だけ。ただし、主人の警護をする方、身体の不自由な方につく介助者、幼い子供の付き添いの方は、事前に登録して下されば入れるよう配慮致します。さあ、良いですか。欲しいものがあるお客様、どうぞお入り下さい。必ず見つかるでしょう。あなたの欲しいものが。そうでなければこの招待状は手にできないのですから。


「ハクト、今日はお留守番になっちゃうけど、ごめんね」


白い襟巻をまいたリンが、肩までの銀髪を揺らして振り向きます、申し訳なさそうに細められた緑の瞳は新緑の季節のもの。若葉の清々しい色合いをしていました。黒のワンピースと、ヒールの高い黒のブーツをはいています。黒いボレロにはフリルとリボンがついていました。


「良いよ。楽しんできてね」


白虎の姿をしたハクトがリンの足に頭をすりよせます。それから、リンの隣に立つ男を見上げました。


「僕の代わりによろしくね。ショウ」


「ハクト君の代わりを務められるよう頑張るよ」


黒いスーツにつけたバッジを見せてにこやかに笑うのは、つい先ごろまで呪いにかかり風見鶏に姿を変えていたショウという男です。飲み屋BEARにやって来た人攫いの魔法使いから春の女神をかばい、自分が呪いにかかってしまったのです。呪いが解けるまで春の女神の庭で警備の仕事をすることになったショウは、偶然訪れた高時と縁ができ、リンや通鷹、それからハクトとも顔見知りになりました。BEARの店長やリン達が力を貸したことで、呪いを解くことができ、こうして元の姿に戻っています。


「そのバッジ、良いな。僕もボディガードとして行きたかったな」


「ハクトは武器・武具として判断されちゃったもんね」


「それに、子供の夜遊びは感心しない」


生真面目な表情でうなづくショウは、護衛人を表す金色の星の形をしたバッジから手を放しました。白虎の姿なら大丈夫なのにと文句を言うハクトに高時が笑います。


「ハクトはまた今度な」


「戸締り、お願いしますね」


微笑む通鷹にうなづくとリンから離れて礼儀正しく座りました。


「早い帰りをお待ちしています」


「ハクト、行ってきます」


ぞれぞれがハクトに別れを告げて、桜の木の前に現れた重厚な木の扉に手を触れます。最初に触れた高時の姿がかき消えました。次に通鷹の姿が扉の向こうに消えます。


「それでは、リンさん、先に行ってくれ」


「はい」


リンはショウに微笑むと通鷹の後に続いて扉の向こうへ行ってしまいました。ショウは軽く息を吐きます。会場に入れないハクトの代わりにリンのボディガードを引き受けてほしい。そう頼まれたのは、ほんの数日前のこと。呪いが解けたのは良いものの、すっかり一文無しになっていたショウは、高時の依頼に飛びつきました。本来であればリンの警護人として一緒に行くのはハクトの役割ですが、オークション会場内に武器・武具、危険物の持ち込みはできません。さらに言えば会場内はあらゆる不正を防ぐため、魔法や能力といったものが封じられます。体内に何か仕込んでいるようであれば、取り出すか会場入りを禁じられます。そのための魔法陣が会場内にいくつも張り巡らされていると聞いていました。ボディチェックも入念に行い、使い魔や特殊な力をもつ存在は事前に協会へ問い合わせなければなりません。


ハクトはあくまでリンの身を守るための存在ですが、殺傷能力が高く、力の強さを見た協会側のスタッフが、武器・武具・危険物として判断し、リンの身を守る以上の行為をするのではと懸念を示しました。


「それでは行ってくる」


振り返ってハクトに軽く頭を下げると、ショウも先に行った3人と同じように扉の向こうへと姿を消します。


4人が扉を通ってしまうと、木の扉は姿を消し、美しく降り続いた花びらが消えてなくなります。後には蕾がふくらむ前の木が1本、寒そうに立っていました。ハクトが木の側に寄っていきます。招待状があったはずの場所には何も残っていません。


「リンの気配が全然しないや」


リンの側から離れても、常にリンの気配を身近に感じていたハクトは急に不安に襲われました。高時も通鷹もいるのだから大丈夫だと言い聞かせて、通鷹とリンの住む庵へと向かいます。今日はゆっくり眠れるのかなと寂しい気持ちはあるものの、一人の時間を過ごせるとウキウキしながら帰路に着きました。




つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る