08 異形部隊

 取り調べを受けていたと思っていたら、実のところは本当に表向きで、実際は採用だった?


 僕の何もかもが追いついていなかった。あらゆる意味で僕のところだけが滞っていて、それ以外が凄まじい速さで遠のいていくような。おしりの穴がきゅっと閉まるような感覚。


 せめて気持ちだけは落ち着けようとカップの中の茶をすするとやたら熱かった。


「実のところ私も、エフミシアがあんなことを言い始めたときから気にはなっていたのよね。多分私が知る範囲で君が人間だって見抜けるドラコ、まずいないよ。私だって言われなければ、なんかちょっと変だな、で見過ごしていた」


「見抜くって、エフミシアさんも言っていましたが、僕はれっきとした人間ですよ」


「親は人間かい?」


「それは分からないです。僕、孤児院で育ったものですし」


「すまない、たちの悪い冗談のつもりで言ったのだが」


「僕はいないのが当たり前だと思っていたので、気にせず」


 バツが悪くなったのか、ロジ主任は机上のお茶に気まずさへのよりどころを求めた。けれども熱さはさほど変わっていなかったのだろう、また顔を歪めた。舌先をちょんと口から出していた。


「さて、私が何を言いたいのかというと、君の魔力の雰囲気はドラコ寄りだ。そして君が話していたこと、イノセンタ。これを人間が口にした、というのは本当かい? 前からそのような言葉があったか?」


「パーティの仲間が言っていました。でも、そんな言葉初めて聞いて、ロジさんは知っているのですか」


「ああ知っているとも。だがな、聞いて気持ちのいいものじゃない。イノセンタという言葉そのものを知っているのはドラコでもそんなに多くない。人間が知っているなんてもっとだろう。ノグリくんの言い方だと、本来は存在しない言葉かもしれないな」


「じゃあ、誰かが教えたってことですか」


「ひょっとしたら違うものを表しているかもしれない。たまたま同じ言葉だっただけで。でも、最近境界に当たるところで人間とドラコの衝突らしき事件が頻発している。関係がないと言えるか?」


 ロジ主任は僕の真ん前に立ちはだかった。直立していると言っても座っている僕よりも少し見上げる程度の背丈、座っている人を見るのと感覚は対して変わらなかった。


「私は、この状況が怖いと思っている」


 ロジ主任の言っていることを総合すれば確かに、何だか恐ろしい話になっている。人間の冒険者たちに『イノセンタ』なるものを伝えて回っている何者かがいるのではないか、それが衝突を激しくさせているのではないか。わざとぶつけて、何かを企んでいる。


 でも、ドードたちの場合はドラゴンの領域ではなく僕に狙いをつけた。それはなぜ?


「そんな時、君が人間の街から逃げてきたのだ。しかも敵対の意思はないと来た。これも何かの運命かなにかじゃないかと思っているのだよ」


「もしかして、街に戻って情報を集めてこい、ということですか」


「たしかにそれも、お願いしたいことの一つではあるかな」


 体の中がきゅうっと絞られるような嫌な感覚に支配された。今の状態で街に戻る? 一瞬でも目が合えばまた襲われるに違いない。


 また追い回される。狙われる。


 そんな場所に戻りたいなんて思うだろうか? 戻るよりも、ここにいたほうがまだ安心できる。


「でもそれ以前に、君がどれだけのことができるのかをこちらは知らないし、君も我が部隊のことを知らない。まずは研修から始めようじゃないか」


「研修でいきなりドードたちの様子を探ってこいなんて言わないですよね」


「ドード? 誰だ? 君やエフミシアが言っていた『仲間』か? いやいやそれこそ実戦投入じゃないか。そんなことはさせないよ。そうだ、君、こっち側で言ってみたいと思う場所はあるかね? 研修ついでにドラコの世界を見てみるといい」


 取り調べをしたかと思えばさらっと難民認定して仕事をくれて、かと思えば観光をしてこいだなんて。いろいろと目まぐるしい人である。思考のペースが速いのか、それとも収集がつかないだけなのかよく分からないが。


 ロジ主任が顔をしかめずにお茶を飲んでいるところ、それなりの温度に冷めたことだけは分かった。


 でも、いきなり『ドラコの世界を見る』と言われても困ってしまうわけで。なにせドラゴンは悪いものとは聞かされていても、ドラゴンの住む世界にはこんなものがある、とかこんな名所があるなんて情報はおとぎ話や言い伝えにはない。人間が住む場所とは比べ物にならないほど劣悪だと伝えるもののほうが多い。


 ――ねえ、聖地に来て?


 後ろの方から声がして振り返ってみても、誰もいなければ扉も閉ざされたままだった。誰かに話しかけられた。駆けられた気がする、というレベルではない。明らかに僕の近くから言葉を送ってきた。


 ちょっと待て。聞いたことのない声だった。エフミシアさんの声ではなかった。ロジ主任のそれでもない。


 『聖地』という言葉で聞き覚えのある場所が一箇所だけあった。でも僕の力では到底たどり着くことのできない場所、知っている知識で考えれば研修ができる場所じゃなかった。


「ほう、聖地というのは』


 いつの間にかその場所を口にしてしまっていたらしかった。


「あれだな、人間がヒペオのことをいうのに使う言葉だったか。前に戦闘となった男が口走っていたような。私の前でその地の名前を口にするとはいい度胸をしているじゃないか」


 そして唐突に、僕の目と鼻の先に立つロジ主任。魔法で瞬間移動か何かをして僕に迫ってくる。なんだか全身がむずかゆい。ロジ主任の魔法の雰囲気に居心地が悪くなっている。


「そうだな、丁度いい。エフミシアと一緒にヒペオへ向かうがよい。ようこそ第二広域守護部隊、『異形部隊』へ」

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