06 何もしていないつもりなのに

 というわけで、僕はロジ主任とエフミシアに捕えられた形で連行された。エフミシアさんとの一晩が一晩だったため、はじめは見慣れないロジ主任という方と連れ立って移動している、という感覚だった。


 けれども、砂利道をいくらか歩いたところでロジ主任に拘束具をつけられた。手首にはめて腕を不自由にするそれだ。拘束具から伸びる鎖はところどころ錆びていて、一方を先頭のエフミシアさん、もう一方を背後のロジ主任が掴んでいた。


 ここまで来ると、エフミシアさんの家で言われた『表向き』という言葉がしっくりこない。これでは本当に悪いことをして捕まってしまったかのようだ。


 昨日の酒盛りは一体何だったのか。今朝のロジ主任の思わせぶりな発言は一体何だったのか。


 本物の犯罪者のようにされている状況に心の中が黒く染まってゆく気がする。結局ここでも、あの街で追い回されるようなほどひどい仕打ちが待っているのであろうか。


 憂鬱というか、絶望に近い気持ちが膨らんでゆく中、街の姿が見えた。川の横に作られた街である。僕ら一行が進む先にかかっている橋は決して大きくなかった。少し離れた場所にある橋のほうが立派な作りで、それでいて人混みに溢れていた。


 どうしてあんなに混んでいるのにこっちの橋を使わないのか?


 橋に差し掛かるところでその答えが掲示されていた。『警察団以外立入禁止』と。僕は人知れずドラゴン――ドラコの街に連行されるということである。市中をいろんな人? の目の中を連れて行かれるのに比べればだいぶマシではあった。


 が。


 人間の感覚では、むしろ悪いことをした人はわざと人目がつくところを連行されて罵られるのが普通だった。僕自身はあまり乗り気になったことはないが、訪れた街の中では時折そういうことが執り行われていた。


 橋を渡りきったところで、二人と同じような制服の男が立っていた。男は僕を見るなり、


「こっちは団員専用で」


 と言いかけるも、ロジ主任は全く聞く耳を持たないで自ら扉を開けた。手で触れることなく、ただかざすだけ。それだけでドアノブがひねられて、ゆっくりと金属音を発しながら開くのだ。


 魔法の無駄遣いである。


 扉を入ったところは警察団のオフィスとなっているようで、どう見ても訪問者を扱うための場所ではなかった。それがどういうことかというと、オフィスにいる団員たちの視線が一気に注がれるのである。


 職員と、拘束具をつけた男。どういうことか分からないわけがない。やっぱり、この視線の感じだと、ここでも罪人の連行は人間と同じらしかった。


 オフィスの奥でいかにも管理職な雰囲気の人が立ち上がった瞬間、ロジ主任の忌まわしいあれが発動した。周囲を吹き飛ばすような圧、もはや殺気と言ってもいいぐらいの力を噴射するのだ。近くに座っていた女性団員と思しきドラコは、かすかに悲鳴を上げて椅子から転げ落ちてしまっていた。


 僕は僕で、ひどく酔っているような状況に陥っていた。朝のような卒倒するほどのものではないものの、それでも頭痛は頭に指をつっこもうとしているかのようだった。ありもしないものが腹の中からせり上がる感覚もあった。


 ロジ主任は僕に一瞥をくれた。本当に一瞬だけ、僕の姿が見えたのかどうかすら怪しいぐらいだった。けれどもその瞬間に殺気は見る影を潜めて、痛みも吐き気も収まる。


 けれども職場には殺気の余韻が漂っている。椅子から落ちた団員は腰が抜けてしまったらしい、未だ体を起こせずにいた。顔を青白くしている男は一人二人だけではなかった。その場にいるみんながおののいていた。僕たちを除いて。


「さ、私の部屋に行こうか。これでしばらく寄って来ないだろう」


 ロジ主任はオフィスの真ん中を突っ切る形で進んだ。僕たちではなく、主任に注がれる団員の視線にはどれも弱々しさをはらんでいた。

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