インセンタ; 仲間に殺されかけた僕は世界を守ります

衣谷一

00 序章

00 振り上げられる

 僕のひどい喘ぎだけが聞こえる。建物の窓から明かりが見えるから人の営みはあるが、けれどもそこから聞こえるだろう音は聞こえなかった。


 一体どれだけの時間を走ったのか。突然仲間に武器を振り上げられたのが始まりだった。ベッドで横になって休んでいたところ、突然入ってきたリーダーが殺しにかかってきたのだ。


 リーダー、ドード。


 彼にシーツを投げつけて、それから全力だった。一階の酒場を兼ねたスペースに他の仲間もいた気がしたが、助けを求める余裕もなかった。


 石畳のちょっとした段差によろけた。勢いを殺しきれず、地面に体をしたたか打ち付けた。石畳で手のひらが削られてじんじん痛む。他にも擦ったところがあるらしい。全身を巡る痛みに目をつむってしまう。


 痛みに体が支配されてしまいそう。このままうずくまってしまいそう――


 脈打つ痛みの合間に目を開く。僕に迫ってくる光景に痛みが吹き飛んでしまった。


 ドードだけが迫ってきていると思っていた。けれども、人、人、人、人――数人というレベルではなかった。まるで大量の魔物が襲いかかってきているかのような。ドード、メイフェル、グコール、トバス。僕の仲間、仲間と言っていいのか、彼らの後ろに何十人もの知らない人が武器を掲げていた。中にはクワや包丁といったものを手にしている人もいる。


 年齢、性別もバラバラ。


 街にいる人々が一斉に僕へ敵意を向けている。


「ノグリ!」


 ドードの叫びにも似た呼び声に体が跳ねた。いつまでの転がっているわけにはいかなかった。追いつかれたら殺される、間違いなかった。


 向かうべきところはどこにもなかった。強いて言えば、『ここ』からなるべく離れなければならなかった。無数の人の群れ。そのシルエット、それから離れなければならなかった。


「ノグリ、イノセンタをよこせ!」


 ドードの声に応えることなく、僕はひたすらに駆けた。石畳が途切れても、獣道が途切れても。誰も立ち入らない森の中を走った。

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