第6話

 夜の庭園は、水音だけが響く静かな場所だった。


 舞踏会が盛り上がりを見せる真っ最中に、好き好んで庭を散歩する人は私たち以外にいないようだ。青白い月が浮かぶ夜空はそれはそれは美しかったが、今は月を愛でる余裕などない。


 庭に出てからというもの、私の指先はずっと震えていた。クラウス様は私をどうなさるつもりなのだろう。


 いや、百歩譲って私の命はいいとして、お父様やお母様、お兄様に被害が及ぶことは何が何でも避けたかった。


 だが、先ほどの言動からしてクラウス様はクロウ伯爵家自体を怪しんでいる可能性が高い。私を封印したところで、気が済むとも思えない。


 取引を持ち掛けようにも、クラウス様が興味を示しそうな価値のあるものは何一つ持っていなかった。この身を飾る宝石を差し出したって、きっと神殿育ちの彼の心は揺らがないのだろう。

 

「美しい夜だ。そう思わないか、フィーネ嬢」

 

 庭の奥まで進み、白塗りの東屋まで足を運んだところで、クラウス様は不意にそんなことを口になさった。


 確かに、雲が少ない今夜の夜空は美しい。加えて水の音がさらさらと流れる王城の庭は風情があってとても素敵だった。それこそ、お兄様と二人で散歩をしたら、美しい思い出になっただろう。


 だが、隣にいるのがこの男という時点で、目の前の光景の美しさを讃える余裕なんて無かった。夏の夜風が、結い上げた髪から垂らした一筋の髪の束を揺らしていく。

 

 クラウス様は東屋の中に設置された白いベンチに腰掛けると、視線で私にも座るように促した。このまま逃げだしたっていいのだが、先ほど広間を出る際に囁かれた脅迫まがいの言葉が鎖のように絡みついて離れない。


 仕方なく、私もベンチに腰掛けることにした。ただし、クラウス様とは十分すぎるほどの距離を保った状態で。


 警戒心丸出しの私を、クラウス様はどこか面白がるように見ていたが、長い足を組んで更にからかうようなことを口になさる。


「今頃広間は大騒ぎだろうな。兄以外の男とは会話一つしない高嶺の花の伯爵令嬢が、ぽっと出の公爵子息に連れ出された、なんて……社交界中の男どもの視線が怖いな」


 連れ出した本人が何を言っているのだ、と思わず睨むようにクラウス様を見つめてしまう。相変わらずその整った顔には、私を小馬鹿にするような笑みが浮かんでいて、腹立たしいことこの上ない。


「……そう仰るのなら、もう戻りません? 私だって、神秘のベールに包まれていた公爵令息をいつまでも独り占めして、ご令嬢方に嫌味を言われるのは御免ですもの」


「君に嫌味を言えるような令嬢がいるとは思えないがな」


「それだけ気が強く見えるという意味でしたら本望ですわ」


 むしろそうあるように心がけているのだ。実際、社交界で誰かに嫌味を言われたことなんて一度もない。


「気が強い? 兄に守られているだけの小娘がよく言う」


 クラウス様は嘲笑に近い笑みを浮かべ、私との距離を詰めた。思わず身を固くして、ますます警戒心を募らせてしまう。


「それで? 実のところはどうなんだ? 麗しのクロウ伯爵家兄妹は、世間で言うところのただならぬ関係なのか?」


 あまりに下世話な物言いに、気が付けば私は目の前の男の頬を叩いていた。大した力ではないが、静まり切った東屋に乾いた音が響き渡る。


「……無礼者、恥を知りなさい。いくら公爵令息でも、優秀でも、言っていいことと悪いことの区別もつかないようなら、ただの愚鈍な子供と変わらないわ」


 クラウス様は私に張られた頬に軽く指先を当てていたが、大した痛みではなかったのだろう、すぐにあの意味ありげな笑みを浮かべた。


「嫌だな、俺はむしろ寛容な心で言ったつもりなんだ。人の世の倫理では許されずとも、お前たち吸血鬼の世界では許される関係かもしれない、と思って言ったまでなんだが――」


「っ……」


 吸血鬼。その言葉に、嫌でも脈が早まる。認めるわけにはいかないのに、指先が震えそうだ。


「先ほどからお伽噺の話を持ち出してどういうおつもり? 神殿育ちの尊いお方は頭の作りまで違うようね」


「お伽噺? 君こそ不思議なことを言う。今こうして触れられる君がここにいるんだ。吸血鬼は実在する」


 暗にお前は吸血鬼だろうと宣告されているに等しい言葉に、背筋を冷や汗が伝っていった。


「訳の分からないことを言わないで……」


「訳の分からないこと? じゃあ試してみるか? 神殿に伝わる、吸血鬼の正体を暴くための術を、今ここで」


 そう言ってクラウス様は礼装の上着のポケットから小さな小瓶を取り出すと、慣れた手つきで瓶の蓋を開けた。花のような果実のような、甘ったるい香りがする。


「これは、神殿で生成している神聖な香油なんだ。吸血鬼が触れればたちまち肌が爛れるらしいが……君が人間ならば別に使ったって構わないよな?」


 クラウス様の手が私の左手を掴み、そのまま絹の手袋を剥ぎ取った。これだけでも問題になってもおかしくない無礼だが、命の危機を前にしてそれどころではない。


 逃れたら、吸血鬼だと認めるようなものだ。だが、このまま香油をつけられて肌が爛れてしまったら元も子もない。


 そうしている間にも、小瓶の中身は傾いていく。甘く優しい香りが強まるが、窮地に立たされた心は、恐怖と迷いで混乱を極めるばかりだった。


「っ……いや! やめて!!」


 あと僅かで香油が肌に落とされようかという瞬間、気づけば私は彼の手を振り切っていた。クラウス様が持っていた小瓶が地面に落ち、音を立てて割れる。


 じわりと地面に零れ落ちる香油を見て、やってしまった、と思った。


 自然とがたがたと体が震え出す。


 もう、おしまいだ。このまま封印されてしまうのだろうか。


「……やっぱりな、君は吸血鬼じゃないか」


 笑うような声で、クラウス様は囁いた。気づけば両目に涙が溜まっていたが、泣いているだなんて思われたくない。


 私は右手の手の甲で涙を拭った。どうにも言い逃れが出来ない状況に、半ば自棄になるような気持ちが湧きおこる。


「っ私をどうなさるおつもりなのです? 確かに私はあなた方の言うところの吸血鬼なのかもしれませんが、人を襲ったことも殺めたこともありません。人間社会にちゃんと溶け込んで、うわべだけでも神に祈りを捧げて生きてきました。そんな私を封印なさるおつもりですか?」


「封印? 面白いことを言うな。亡国メルヴィルの聖女でもあるまいし、いくら神殿育ちの俺にもそんな力はないぞ」


「え……?」


 クラウス様は足元に転がった小瓶の欠片を拾い上げて、にこりと笑みを深める。広間で見せていた、あのどうにも胡散臭い笑みだ。


「この香油だって、ベルニエ帝国のご令嬢の間で流行っているというたただの香油だ。肌と髪に良いらしい。だから、美しいお前にくれてやろうと思ったんだが……」


 クラウス様は私を見据えたまま、にやりと口元に弧を描いた。


「こんな単純な手に引っかかるとはな。お前の兄がお前を片時も手放さなかった訳が分かる気がするよ」


「っ……」


 笑うようなクラウス様の言葉は、私に鋭く突き刺さった。子ども扱いされていることを拗ねていた私だったけれど、自分の未熟さを思い知らされて、悔しいような恥ずかしいような気持ちになってしまう。


 お兄様だったら、きっとこの状況でもうまく切り抜けられたのだろう。あの香油がただの香油であることを見抜いて、あの涼しい顔で笑ってみせたのかもしれない。


 ベルニエ帝国で流行っている香油ならば、きちんと香りを確かめれば私も見抜ける可能性があったのに。今更ながら、痛みの恐怖に怯えて、思考を手放した己の浅はかさを悔やんだ。


「……まあ、でも、俺がお前たちを封印したいくらい憎んでいることは確かだ。出来れば今すぐに、この首を掻き斬ってやりたい」


 気づけば私の首元にはクラウス様の手が伸びていて、ここまで接近を許してしまったことに自分でも驚いていた。家族以外にここまでの至近距離を許したことはなかった。


 他人に慣れていないせいで、人に近付かれれば本能的に忌避してしまうのに、どうしてかクラウス様が相手だとその気持ちが湧き起こらなかったのだ。これも神殿育ちの彼だから為せる業なのだろうか。


「……私を、殺すつもりなの?」


 吸血鬼とはいえ、ナイフで切れば赤い血が出るし、普通の人間の致命傷で充分死に至る。不死身なんかじゃない。特別長命なわけでもない。

 

 だから、今ここでクラウス様が殺意を持って、私の首に添えた手に力を込めたら、私はあっさり死ぬのだ。普通の人間と同じように。


「本当なら殺してやりたいが――」


 クラウス様の指先が、露わになった私の首筋をなぞる。その不快な感触に背筋が粟立つのを感じた。


「残念ながら俺にも世間体というものがある。ここでお前を殺してしまえば、俺はただの殺人者になり果てるだけだ」


「……それはそうでしょうね」


 彼が私に向ける感情は確かに殺意であるようだったが、どうやらそれは理性で抑え込める程度のものらしい。


 ひとまず、この場で今すぐに殺されたり、封印されたりすることはなさそうだ。


 その事実に軽か安堵の溜息をついたが、睨むように私を見つめるクラウス様の瞳の鋭さのせいで、まだまだ完全に気を休めるには至らなかった。


「今はお前を殺さない。でも……このままお前を――お前たちクロウ伯爵家を見逃すつもりもない」


 その言葉に、思わず目を瞬かせてしまう。


 彼が吸血鬼一族、ではなく私たちクロウ伯爵家と名指ししたのが意外だったのだ。


 今までの言動からして彼が吸血鬼全般を恨んでいることに間違いはないだろうが、その中でもクロウ伯爵家に特別な恨みを抱いているということなのだろうか。


「……私たちクロウ伯爵家が、あなたに何かした覚えはないのだけれど」


 私が生まれる前のことは分からないが、クロウ伯爵家とハイデン公爵家に面識があるとも思えない。


 クラウス様は私の首に添えた手に僅かに力を込めると、自嘲気味な笑みを浮かべた。


「クロウ伯爵家が、というより、用があるのはお前の兄だ。白銀の君、吸血鬼の中の吸血鬼のあいつにな」


「……お兄様に?」


 並々ならぬ殺意を伺わせるクラウス様を前に、ますます混乱してしまった。お兄様が、クラウス様に何かしたというのだろうか。


「あいつを殺せたら一番いいと思っていたんだが……あの手の人間は、自分の命が脅かされるよりも、自分が大切にしているものを壊される方がずっと堪えるはずだと気づいてな」


 クラウス様は意地の悪い笑みを浮かべると、私の首元に添えていた手を顎に移動させて、半ば無理矢理に私を上向かせた。本当に、紳士の風上にも置けない男だ。


「だから……あいつが一番大切にしているお前に犠牲になってもらうことにしたんだ」


「犠牲、ね……」


 随分と不穏な物言いを思わず復唱すれば、クラウス様の紺碧に瞳が笑うように細められる。


「だから、取引をしよう、吸血鬼フィーネ・クロウ」


「取引……?」


 クラウス様の背後に浮かぶ青白い月が、非現実を思わせるほどに幻想的に輝いていた。月光を背負った彼は、翳った表情でふっと微笑む。


「その命、俺に差し出せ」


「っ……」


 殺さない、と言ったばかりじゃないか、と思わず睨み上げるも、彼はくすくすと小馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「命と言ったが、要はお前の時間や自由の権利をよこせと言う意味だ。……最終的には、殺すかもしれないがな」


 さらっと聞き流せないことを言う冷酷な青年を前に、ますます嫌悪感が増した。こんな男に、みすみす殺されてなどやるものか。


「随分下世話な要求だけれど、それで? 取引というからには私にも見返りはあるんでしょう?」


「気が強い、という点だけは認めてやってもよさそうだな……」


 クラウス様は面白がるように笑い、ようやく私から手を離すと、淡々と告げる。


「見返りに、お前たちクロウ伯爵家が吸血鬼一族であることは黙っておいてやる。俺はお前の兄に用があるのであって、伯爵家を滅ぼしてこの王国に余計な混乱を招きたいわけではないからな」


「私の身と引き換えに、クロウ伯爵家の秘密を守ってくれるってこと?」


「簡潔に言えばそういうことだな」


 クラウス様はベンチの上で足を組みなおし、あの胡散臭い笑みを浮かべた。彼を睨むように一瞥しながらも、僅かな間考え込む。


 悪くない、というのが正直な感想だった。お兄様が狙われているのは看過できないが、人の世に身を潜めるようにして生きる私たちにとって、クロウ伯爵家の秘密を守ってもらえる利点は大きい。私の時間と自由を天秤にかけたとしても、その考えは変わらなかった。


 彼の傍にいることで、命を脅かされることについては不安が残るが、せめてそう簡単には殺されないように対策を組むしかない。


 これらのことを総合して考えれば、前向きに考えても良い取引であるような気がした。


 ただ、一つだけ問題があるとすれば――。

 

「……でも私、二つ返事で取引できるほどあなたのこと信じてないわ」


 そう、問題があるとすれば、この男が、どこまで信頼できる人間なのかが分からない、ということだ。公爵領で優秀な経営手腕を発揮しているとは聞いたものの、物凄くあくどい手を使っていないとは限らない。


 私と取引をしておきながら、クロウ伯爵家の秘密をあっさり曝露するような軽薄な人間である可能性もあるということだ。


 もっとも、この状況では圧倒的に私の方が分が悪いので、問答無用で契約しろと言われたらそこまでだった。このまま彼を野放しにするよりは、ここで取引を成立させてしまった方が安心なのだから。


「疑り深い奴だな……」


 クラウス様は深い溜息をつくと、漆黒の礼装の上着から細やかな鎖に繋がれたロケットを取り出し、そのまま私に手渡した。


「これは……俺が何より大切にしているロケットだ。お前に預ける。俺がもしも伯爵家の秘密をばらすようなことがあれば、これを壊してくれていい」


 これが本当に大切なものなのかを証明することは難しいが、クラウス様の声音は先ほどまでとは違いとても真剣なものだった。


「随分回りくどいことをするのね……」


 私に大切なものを預けてまで、お兄様に復讐したいのだろうか。彼にそこまでの執念を抱かせるほどの何かを、お兄様はしたということだろうか。


 はっきりと見えないクラウス様の真意を探りながらも、細やかな傷が沢山ついた、錆びた銀色のロケットを指先でなぞってみる。


 この傷は、一日やそこらで付くようなものではない。かなり長い間携帯しているものなのだろう。


「……開けてみてもいい?」


「好きにしろ」


 クラウス様の声を合図に、錆びたロケットを開けてみる。肖像画でも埋め込まれているだろうかと思ったのに、ロケットの中に閉じ込められていたのは薄桃色の花弁だった。まるで押し花のような形で保存されている。


「……きれい」


 命をやり取りする取引を成立させるか否かという状況なのに、私は思わず正直な感想を口走ってしまった。


 手の爪ほどの、小さな花弁。数枚押し込められた薄桃色のその花弁は、この国ではあまり見かけない花のようだった。


 でも、どうしてだろう。何だかどうしようもなく、この薄桃色が懐かしいような気がしてならなかった。人を妙に感傷的な気分にさせる、不思議な魅力のある花だった。


「この花は、なんていうの?」


 顔を上げてクラウス様に尋ねれば、彼は花について追及されたことが意外だったのか、どこかたじろいだ様子を見せたが、やがてぶっきらぼうに告げた。


「俺も知らん。……その話はまた今度でいいだろう。で、取引には乗るのか? 乗らないのか?」


 乗らない、と言えば、彼は今すぐにでも私たちクロウ伯爵家の秘密を暴露するのだろう。今度はもう、迷う間もなく言葉が出てきた。


「いいわ、取引しましょう。私の時間と自由をあげるから、クロウ伯爵家の秘密を守って頂戴」


「いい度胸だ。二言はないな」


「ええ」


 口元が弧を描くのを意識しながらにっと笑みを深めれば、クラウス様の紺碧の瞳が面白がるように揺れる。


「でも、先に言っておくけれど私――」


 クラウス様の不意を突いて、そのまま私は彼をベンチの上に押し倒した。驚いた顔がこちらを見上げていた。いい気味だ。


「――そう簡単に殺されたりはしないわよ。吸血鬼を甘く見てもらっちゃ困るわ」


 彼の足の上に乗り上げるようにして、そっと指先を彼の首筋に当てた。とくとく、と規則正しく拍動する脈に触れる。ここに噛みついたらきっと、この憎たらしい男もあっさり息絶えるのだろう。


「ふふ、吸血はあんまり好きじゃないけれど、あなたが相手だと面白そうだわ」


 吸血という行為に抵抗感を与えている要因の一つである「相手に苦痛を与えてしまう罪悪感」がこの男に対しては微塵も湧いてこないので、不思議といつもよりハードルが低い気がする。


 押し倒されたクラウス様はというと、はっと吐き捨てるように笑い、紺碧の瞳で私を見上げていた。


「本性を現したな、吸血鬼。……必ずこの手で殺してやるよ」


 クラウス様は笑いながらも凄むような声でそう仰った。


 いい度胸だ、と褒めてやりたいのは私のほうだ。吸血鬼の命を狙うというのなら、受けて立とう。再びにやりと笑みを深めてみせる。


「ふふふ、威勢のいいこと。でもその前に、私があなたの血、吸いつくして差し上げるわ!」


 クラウス様の目には、さぞかし私は悪に見えているに違いない。今更この男に良い印象を持たれたいわけでもないので、それでも良かった。


「口では何とでも言えるからな。期待しないで待っておこうか」


 クラウス様はようやく体を起こすと、私を足の上に乗せたまま、意地悪く微笑んだ。


「ああ、早速だが明日の予定は空けておけ。俺が直々にクロウ伯爵邸に訪ねてやる」


「……契約だから別にいいけれど、一体何を目論んでいるの?」


 微妙に近い距離が不快で、クラウス様の胸を押して距離を保とうとしたが、腰に回された彼の手がそれを許してくれなかった。


 クラウス様は、至近距離で笑んだまま私の顔を覗き込む。


「何、お前との婚約を申し込みに行くだけだ」


「……え?」


 予想外もいいところの常識はずれな言葉に、思わず眉を顰める。一体、何を言い出すのだこの男は。


 戸惑う私を、クラウス様はやっぱり意味ありげな笑みで見つめていた、何度見ても憎たらしい表情だ。


「あいつがどれだけ願っても得られないお前の婚約者の座を、俺が奪ってやるんだ。ああ、待ち切れないな……あいつの顔が、深い絶望で歪む様を見るのが」


 何を馬鹿なことを、と言おうとしたのにあまりに茫然としてしまって言葉が出て来ない。


「明日が楽しみだな? 吸血鬼フィーネ・クロウ?」


 信じられないものを見るような目でクラウス様を見つめ続けるも、彼はやっぱり私との距離を保ったまま、くすくすと意地の悪い笑みを浮かべるのだった。




 この契約が、お互いの人生を大きく揺らがすものになることを、この夜の私たちはまだ知らない。

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