第16話 地底からの襲撃者
「思っていたよりも広いな……」
しばらく通路を道なりに進んだ先には、広大な空間が広がっていた。果ての見えぬ天井が、ここは本当に地下のダンジョンだろうかと困惑させる。規則的に並んだ石柱には文様が刻まれており、どこか神聖な儀式の間を思わせる。
「あれは……? 玉座か?」
規則的に並んだ二列の石柱のずっと奥、おそらくこの部屋の最奥部にあたる位置には小型のピラミッド状に石が積まれており、その最上段の中央には玉座の様な石の椅子があった。
主なき玉座の周囲にはうやうやしく供物が捧げられてあり、玉座の主への敬意が見て取れた。だが、一番注目すべきはその供物が置かれて日の浅いだろう果物である事だ。確実に何者かがいる。それもスケルトン等ではなく、ある程度の知性を持った何者かが。
緊張して武器をかまえるアラタの頬を汗が流れ落ちる。バリスもしきりに周囲を見渡すが、敵の気配は感じない。
不意に、この広大な部屋中に声が響き渡った。威厳を感じる低く渋い声だ。
「――侵入者たちよ。偉大なる大魔王セルドルフ様の間に侵入した者達よ……。その浅慮をとくと後悔するがよい。その墓荒らしがごとき理性のなさをとくと後悔するがよい」
声が響くとともに、玉座に続く二列の石柱の上に炎が灯った。
――やはり罠だ。アラタ達はこれより襲い来るであろう困難から逃れるべく、全力で来た道を戻ろうとした。
「……なにを帰る必要がある。せっかくこの地の底まできたのだ。せっかく招き入れてやったのだ。是非とも馳走を受けるがよい」
再び部屋中に、先ほどと同じく壮年の男性を思わせる低く渋い声が響いた。
警戒するアラタ達の足元から「ズシン」と地鳴りのような音が聴こえた。
「――下だ! 何か……来るっ!」
鋭い目線で警戒していたバリスが警告した。もう一度「ズシン」という音が響いて、
「……ッ!」
現れた
砂埃が落ち着いたころ、
口を開けば剣山のように細かい歯が立ち並んでいた。ナマズはとぼけたような顔をしているが、肉食魚として沼等の生態系の頂点に君臨する魚だ。目の前のそれも同様に肉食と考えるべきであろう。
「――あれはタイリクオオナマズか? なんでこんな所に……」
恐れおののく様な声を上げたのはバリスだ。ここに来るまで常に冷静に敵に対処していたバリスが動揺している。それだけで目の前のナマズの化け物が相手をしたくない敵だとわかる。
「バリス、タイリクオオナマズってなんだ? あの化け物のことか? 何か弱点はないのか?」
「まさしく目の前の化け物がタイリクオオナマズだ。私も実際見たのは初めてだ。ルミナス大陸西方の大陸に暮らすと聞いていたのだがな……。とても勝てる相手ではない、逃げるぞ!」
「ああ分かった! おいルノワ、逃げるぞ――ってお前また何やってんの⁉」
隣にいると思って話しかけたルノワがおらず、見つけた瞬間アラタは思わず叫んだ。
毎回自由に単独行動にでる彼女が、今度は巨大なタイリクオオナマズの前に、両手を広げてふらふらと近寄っていた。
「チャッピーなんだ……」
「え? 何だって!?」
不明瞭な発言に思わず聞き返す。ルノワが策も無しに飛び出すとは思えない。また魔法でどうにかしてくれるのだろうか?
「チャッピーと言った! かつて私とよく遊んだんだ! ああチャッピー寂しかっただろう……?」
そう言いながら慈しむような表情を浮かべなおも近づくルノワ。タイリクオオナマズもまた、近づいてくる彼女に気づきながらも攻撃はしてこない。
「ああチャッピー、私を憶えているのだな?おりこうさんだ、さあ共に再会を喜ぼうでは――」
ルノワがまた数歩近づいた時、アラタは、意図せずにヤンキーのたむろする路地裏に入ってしまった時のような嫌な空気を感じた。――そう、まるでテリトリーを犯された者が侵入者に敵意を向けるあの感じ……。
「――危ねえ! ルノワああああああああ!!」
そう叫んだ時には盾もメイス“轟雷”も放り出して走り出していた。
ナマズの化け物はまるで蛇が鎌首を上げるように首を持ち上げ、攻撃態勢に入っていた。
「――チャ、チャッピー……?」
固まるばかりで動かないルノワを突き飛ばした。
間に合った、ほっとした次の瞬間アラタを襲ったのは激しい激突だった。なすすべもなくアラタは空中をぶっ飛び、激しく石の床に叩きつけられて何度かバウンドした後止まった。
「――アラタ? アラタあああああああああああ!」
ルノワは悲痛な叫びを上げてアラタに駆け寄った。
それを見てバリスが愛用の弓で援護射撃を放つも、タイリクオオナマズの巨体にダメージが通った様子はなく、ただただ注意を引き付けるので精いっぱいだ。
「アラタ。アラタ! 生きているか?」
ルノワの呼びかけにアラタは朦朧とする意識から覚醒していく。全身が痛い。もしかしたら骨もどこか折れているかもしれない。命があるのは、持って生まれた打たれ強さとボガーツ印の鎧のおかげであろう。
「ル……ルノワ。良かった、お前は無事みたいだな。良かった」
「――アラタ! ああ、お前のおかげで私は無事だ。すまない私のせいで。今薬を飲ませてやる」
ルノワは荷物の中から鎮痛剤を取り出しアラタに飲ませ、傷薬の薬品をだしテキパキと治療を始めた。
地獄の責め苦のように感じた痛みが引いてくるにつれて、アラタは「涙目のルノワも可愛いよなあ」などと考えるほど精神的な余裕も取り戻した。
「どうして私をかばった? 神はあのくらいでは死なない。でも、お前たち人間は違う」
「どうしてだろうなあ……。気づいた時には身体が動いていたんだ」
「馬鹿なことを……、――いや馬鹿は私だ。手なずけられると思った。いかに長寿のタイリクオオナマズといえど五百年の時は生きぬのにな。すべてをどうにかできると思うのは神の――いや私の悪い癖だな……」
後悔しかなかった。五百年前、タイリクオオナマズをチャッピーと呼びペットのように可愛がっていた。その時と同じようにできると思った。
結果がこれだ。仲間を危険な目に遭わせ、あやうく死なせるところだった。そんなルノワの心情は分からないが、ただ心配させまいとアラタは立ち上がり声を上げた。
「――気にするなよ。俺たち仲間だろ? お前には出会った日から何度も命を助けられた。やっと一回分借りを返したくらいだ」
ただ目の前の邪神様は、涙目よりもいつもの余裕ある笑みの方がよく似合うと思ったからだ、とアラタは自分に言い訳する。
「アラタ……」
「もう大丈夫だ、動けそうだ。はやくバリスを連れて逃げないと」
強がりではない。魔獣由来の成分とある種のハーブを煮詰めたという回復薬は、恐ろしいほどの即効性を発揮しアラタの痛みは完全に引いていた。腕や足を何度か曲げてみる。骨も折れていないようだ。アラタは心の中でボガーツに感謝した。
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