第7話 勇者と邪神の伝承
「――知らない天井だ。やっぱり夢じゃないんだな……」
アラタはそう誰に言うでもなくつぶやくと、簡素なベッドからゆっくりと起き上がった。起きた瞬間に思ったことの一つが「昨日ログインボーナスもらい損ねたな」だったのが少し自分を暗い気持ちにさせた。
部屋の窓からみると、すでに夕暮れだった。隣のベッドはすでに空で、ルノワはどこかに出かけているようだ。
記憶が確かなら、この世界に来て二日目の夜だ。夜中に来たからまだ初日と言ってもいいかもしれない。夜のコンビニに出かけたら、喧嘩を売られて逃げ、今度は狼に追われて逃げて崖を落ち、魔法を使う変な女と会い、しまいには化け物と戦った。アラタはこの激動の一日を思い出し身震いした。
この世界にいる限り、昨晩のような恐ろしい事態に遭遇する可能性は高いだろう。なにしろアラタの連れは邪神を名乗っているのだ。切実に夢であって欲しかった。
「おーい、アラタ起きているか? 夕食だぞー」
ノックもせずにガチャリと音をたて扉が開き、ルノワが部屋に入ってきた。親し気な美女が夕食だと呼びに来るシチュエーションに、先ほどまで抱いていた暗澹たる思いが一瞬でいくばくか晴れた単純なアラタは、何故かピシリと背を正した。
「ああ起きていたか。何をしているんだ? まあいい、夕食の時間だ。それとそこに置いてある服に着替えて来い、お前の格好はこの世界では目立つからな」
見ればアラタの目の前には、この世界の一般的であろう服がたたまれていた。「早く来いよ」とだけ言い残してルノワは去っていった。
「格好だけはファンタジーっぽくなったな。あとは伝説の武器に選ばれるなり、秘められた力が覚醒するなりすれば良い感じなんだが……」
アラタは着替えると、「ハアッ!」とか「フンッ!」とか言いながら一人腕を振ってみたが、当然何も起きなかったので諦めて夕食に急いだ。
「では改めまして、新しい旅人の友人、ルノワ嬢とアラタ殿に光の神ルミナ様のご加護を祈って、乾杯!」
そう言ってクオチ村長が乾杯の音頭をとると、村長宅に集まった村人等は木製の盃を鳴らした。ルノワも笑顔で乾杯しているが、自分を封印した神に思うところは無いのか、とアラタの方が複雑な心境で乾杯してしまった。
この歓迎ムードが催眠の結果であることにアラタは幾ばくかの罪悪感を抱くが、「彼らはただ親切にしているだけだ。気にするな」との言に従い、ありがたく受け入れることにした。
食事は村人が狩ってきたという鳥の丸焼きがメインディッシュで、後は朝と一緒の味の薄い野菜のスープに硬いパン、最後にカットされたフルーツが振舞われる程度だった。
祝宴も落ち着いてきたころ、この宴の間多くの男に言い寄られて笑顔で相手をしていたルノワが、そろそろといった具合に疑問を投げかけた。
「皆様、邪神ブラゾはご存じですか?」
もちろんさ、という声が周囲の村人達から返ってきた。その中から一人の酔っぱらった男――よく見ると村の入り口で最初にあった農夫だ――が前に出てきて、芝居がかった口調で語り始めた
「ああ、今から遡ること五百年も昔のこと。悪しき闇の神ブラゾは侵略と支配の大魔王セルドルフに力を与え、この世界を闇に包もうと企みました」
語り紡ぐ内容は、だいたいルノワから聞いたことと一致していた。
このルミナス大陸の地を侵略せんとした大魔王は、東方の
「偉大なる勇者様は元凶である邪神ブラゾを討たんと、ここより遥か南の
少しだけ疑問が浮かんだ。ルノワが封印されていたのはこのノーセン村付近の森の中の遺跡だ。霊峰ハイサウザがどこかは知らないが“はるか南”という表現はおかしい。そういえば「記憶とは少し違う場所」とルノワが言っていたことをアラタは思い出した。おそらくルノワの記憶でも霊峰ハイサウザとやらに封印されていたと思っていたのであろう。
「なるほど、ご丁寧にありがとうございます。何分この地の歴史に興味があったものですから」
勇者が邪神を封印した下りまで男が語り終えると、ルノワは拍手と共に笑顔でお礼を言った。自分が敗れて封印された話を聞いて笑顔ともおかしいとは思うが、これが彼女の余所行きの顔だろう。
美人が笑顔でお礼を告げるほど男に効果的な振舞いは無い。語っていた男は照れながら「いえいえ」と謙遜し席に着いた。
アラタ達と一緒に黙って聞いていたクオチ村長がそこで口を開き、ポツリとため息交じりにつぶやいた。
「勇者様のおかげで五百年前も平和になった。今回の大魔王も早く討伐されんかのう……」
村長が言葉を発した時、一瞬ルノワが「は?」と理解できないような顔をさらしていたのをアラタは見逃さなかった。それまで柔らかな微笑みを浮かべていたルノワが、焦ったようにクオチ村長に質問を浴びせた。
「大魔王!? 大魔王が出現しているのですか? 五百年前だけでなく現在に?」
「なんじゃ、異国から来たとはいえ大魔王ドルトムーンをご存じないか?一年程前から
ルノワは返事を返すのも忘れて、深刻そうな表情を浮かべていた。まるでお気に入りのカップを不注意で割ってしまったような、大切に育てていた花を枯らしてしまったような、そんな信じられないとでもいうような深刻そうな表情だ。
村長はそんなルノワの表情を、大魔王の存在に恐怖を受けていると解釈したのか「暗い話もなんじゃ、そろそろお開きにしようかの」とお開きを宣言した。
同じく心配そうな村長夫人も「眠れば嫌なことも忘れて、明日は元気になりますよ」と気をつかって声を掛けてくれたので、アラタは一通り就寝の挨拶を告げると、ルノワを連れて部屋に帰った。
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