第5話 催眠洗脳は邪神の嗜み
二度の戦いを経て、森には朝が訪れようとしていた。緊張が解けたアラタは疲労感と眠気に襲われていたが、そもそも今自分が置かれている状況がわからないという根本的な問題が解決していないということを思い出し、気を引き締めなおした。
「なあ、ルノワ……」
「待て、みなまで言うな。いろいろと質問があるのだろう? だが夜が明けたとはいえここではなんだ。そうだな、あれがいい」
ルノワはアラタの言葉をさえぎると、あたりをキョロキョロと見回し、やがて目的のものを見つけたのか近くの大木に駆け寄った。
「眷属よ、私に周囲を見せてくれ」
ルノワが右手を向けそう唱えると、一羽の鳥が木から羽ばたいた。
「なあ、何しているんだ?それも魔法なのか?」
「ああ魔法だ。鳥の目を借りて煙を探しているんだ」
「煙を?」
「ああ煙だ。夜明けからしばらくのこの時間、人は炊事のために火を焚くだろう?人里が遠いと鳥の目では見づらいが、立ち上る煙なら見える」
右手を挙げたままそう答えたルノワにアラタは「なるほどな」と感心した。まるで任せきりの自分に嫌気が差したが、ルノワの言うようにここが本当に異世界なら、この世界をよく知る人物に任せるほかあるまいと自分を納得させた。
「見つけたぞ。そう遠くはない、こっちだ」
しばらくして煙を見つけたらしいルノワが、指をさして方向を示し歩き始めたのでアラタもついていくことにした。
20分ほど歩いただろうか、やがて森が開け始め草原となったころ、アラタの目に“村”が映った。ファンタジーゲームや映画でしか見たことないような建物が立ち並ぶ光景は、アラタがよく知る世界の街並みとまるで違うものであり、ここが少なくとも日本ではないことは確かだった。
異世界に来たという実感が急に湧き出したアラタは、隣を歩くルノワに恐る恐る尋ねた。
「なあルノワ。俺のこの格好って、この世界じゃものすごく浮かないか? 本当に俺達あの村に近づいて大丈夫なのか? 怪しいやつだって警戒されて襲われるのは嫌だぞ」
アラタの心配はもっともだ。ここが予想通りにファンタジー風の世界だったのなら、Tシャツにジーンズという格好はひどく悪目立ちするだろう。
しかも一晩中森を転げまわるは崖から落ちるわとボロボロなのだ。怪しい格好以外の何物でもない。ルノワの服装にしても一見魔女のローブ風といった装いだが、スリットの深々と入った服は、この世界の常識的なファッションの範疇なのかと疑問があった。
「大丈夫さアラタ。全部私に任せておけ、話をつけてやる」
胸を張ってそう答え、善は急げとでもいう様に先を行くルノワに置いて行かれないように、アラタは草原の道を急いだ。
☆☆☆☆☆
村に近づくにつれ、一人の農夫らしき男がじっとこちらを見据えているのに気付いた。村の領域に入ると、男は不審に思っているのを隠そうともせずアラタ達に問いかけた。
「お前ら何もんだ? この村に何のようだ?」
男は30代そこいらといった具合で、いかにも日々の野良仕事で鍛えたというような、丸太のような太い腕に農具を抱えていた。
「だから言わんこっちゃない」とアラタが隣を見やると、ルノワは先ほどと同じく任せておけといった表情を浮かべてスタスタと歩いて農夫に近づいて行った。
「ん? ……なんだおめぇ?」
農夫は明らかに村に受け入れてくれる態度ではない。アラタが心配そうに見つめていると、意外にも「……ああ、わかった」と農夫は了承して村の方へ駆けていった。
農夫の豹変に、アラタが「やっぱり美人は得ってことなのかな?」と不思議に思っていると、件の農夫はすぐに村長らしき老人を連れて戻ってきた。
「こやつに呼ばれて来てみればなんじゃお前たちは――、ようこそノーセン村へ私は村長のクオチです、歓迎しますぞ、異国からの旅人どの。どうぞ、さあどうぞこちらへ、私の家でごゆるりとされるがいい」
今度ははっきりと分かった。最初は明らかに不審者を見る目でアラタ達を見ていたクオチ村長だったが、途中から人が変わったように親切になった。また魔法のたぐいか、とアラタはハッと気が付いた。
満面の笑みのクオチ村長に中々に大きな彼の住居に案内され、村長夫人の手料理を振舞われた。メニューは味の薄い野菜の煮込みと硬いパンだったが、空腹のアラタにとっては何よりの御馳走に思えた。村長夫人も、給仕をしてくれた村長の孫娘だという綺麗なお姉さんも、皆ニコニコ笑顔の親切対応だ。
食後、村長宅の一室をあてがわれたアラタ達はベッドに腰をおちつけ、いくつかのことを話し合うことにした。
「ずいぶん親切にしてくれているけど、村長さん達に魔法をかけたのか?」
アラタは手始めに先ほど抱いた疑問をぶつけてみることにした。
突然変わった農夫の態度、見ず知らずの不審者とまで言ってもよい立場のアラタ達に対する異常なまでの親切さ、あきらかに不自然だった。
ルノワはクスリとほほ笑んだ後「そうだ」と答えた。
「まあ魔法みたいなものだな。催眠術だよ。洗脳と言ってもいい」
「――催眠術だって!? それで操ったってことか! へぇ催眠術ね……。へぇ……」
「アラタお前エロいこと考えているだろう?」
「ば、ばっか! 考えてねえよ!」
ニヤニヤとしたルノワの返しに、少し先ほどのクオチ村長の孫娘を思い浮かべていたアラタは赤面した。図星だ。
「催眠術といっても、そうたいしたものではないさ。私がかけたのはたった一つ『旅人に親切にすること』という認識を村全体にかけた」
小さい村だし良心的なことだからな、とルノワは補足を加えた。
「旅人に親切にすること」という催眠によって、このノーセン村の住人は見知らぬ来訪者に対する警戒感が薄れ、昔からの知り合いに接するように親切になったという訳だ。
どうやら催眠術をかけられた当人にとって、非常識的なことや倫理に反することはさせることができないか難しいらしい。
「まあ、そうそうゲームや漫画みたいにはいかんさ。もっとも、力が戻ればまた話は別だがな……」
「ふーん。そんなものなのか……ってゲーム? 漫画? お前は何でそんな言葉知っているんだ?」
「お前、私と契約しただろう? その時に記憶を共有して、お前の頭の中を多少覗かせてもらったんだよ。だからお前がこの世界とは異なる世界から来たってことも知っている」
「嘘だろ……」とアラタは呻いた。目の前にいる女に自分のあれやこれが丸裸に知られていると思うと、どうしようもない恥ずかしさに襲われた。だが、アラタの記憶を知っているとなると一つの疑問が浮かんだ。
「待てよ、お前俺がバットをつくったとき“蛮族の棍棒”とか言っていただろ!」
「別に物の名前を聞いたわけじゃないぞ。あの棍棒を振り回しているお前の記憶は見ることができたのでな。興味本位で本来の使い方を聞いたのだ」
言われてみればそうだった気もする。妙に納得がいって、黙り込むアラタにルノワは続けて喋った。
「記憶を共有したと言っただろ。お前はなんで村人達の会話が理解できるのか不思議に思わないのか? ここはお前がいた世界とは違う異世界なのに」
「――うわっ! そういえばみんな日本語喋っているはず無いよな! どうして俺は理解できているんだ? まさかこれが俺の隠された力?」
先ほどの食事中も「異国からいらっしゃったのに綺麗なルミナス語ですね」などと村長夫人から言われたが、限度を超えた空腹であったアラタは食事に夢中で気にも留めてなかった。
「馬鹿。私の言語知識をお前に共有したんだよ。私くらい慈悲深い女神との契約となればそこら辺のオプションサービスは万全なんだよ」
どうだ、とばかりに誇らしげに語るルノワに圧倒された。
……女神。彼女は自分のことを何度もそう称しているが、その事実はどうあれ魔法や催眠といった力が使えるのは確かなようだった。
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