なんか、姉ちゃんがカラオケ行く
「でねぇー、その後みんなでぇー、カラオケ行ったんだよねぇー」
「……え、カラオケ? 姉ちゃんも行ったんですか?」
学校の帰りしな、
「結局、お姉ちゃん一曲も歌わなかったんよねぇー」
……まあ、そうなるだろうなあ。
「みんな何回も歌ってってお願いしたんだけど、全拒否。ずーっと真顔でドリンク飲んでたわ」
あー、画が浮かぶー。
「……なんか、すんません」
ウチの姉がウチの姉で。
「いや、いいのいいの。別にみんな気にしてなかったし。ただ歌うとこ見てみたかったなーって。弟くんとカラオケ行ったりするの?」
「まったく全然ないです」
「そっかー。弟くんですら歌声聞いたことないのかー。じゃあもう絶対に歌わないんだろうなー。じゃあーねー」
笑顔で手を振って執行さんは去って行った。
……本当にいい人だな。
コミュ障の姉ちゃんを、辛うじて外界と繋いでくれるコミュニケーション介護士。
サラッと話していたけれど、カラオケ嫌いの姉ちゃんを店舗まで連れていくなんて並大抵のことじゃない。末長く仲良くしてもらいたいもんだ。
「ただいまー」
家に帰ると珍しくリビングのソファに姉ちゃんの姿がなかった。
となると自分の部屋で音楽でも聞いているのだろうか。
案の定、自室に入ると薄い壁を突き抜けて姉ちゃんの声が漏れてきた。
ちなみに姉ちゃんは、家ではめっちゃ歌っている。
姉ちゃんにとって音楽を聞くということは、歌うこととほぼイコールだ。
そして、スマホにヘッドホンという鑑賞スタイルが基本の姉ちゃんは、自分の歌声のボリュームが分かっていないようで、隣の部屋にいるとガンガンに歌声が漏れてくる。
歌うのは主にアニメソングと知らない洋楽。
洋楽は歌詞を読み込み、なるべくボーカリストの発音に近づける努力をする。
『ウウ~~~♪ イェイェーイ!』
………あと、イエーイの部分も歌うタイプだ。
『ウウ~~~♪ ウォウ、ウォウ!』
………ウォウ、ウォウも行く。
『イェ~~♪ サンキュッ』
サンキューまでっ! サンキュ-まで出たら、いよいよご機嫌だ。
てか、うるせぇよ。
すまんな、姉ちゃん。自分の家だし歌ぐらい好きなだけ歌わせてやりたいところなんだけど………『ウォウウォウ』及び『イェイイェイ』はちょっと。
実の姉の『ウォウウォウ』及び『イェイイェイ』には、内臓が掻き毟られるような恥ずかしさが伴うんだよ。
恥ずかしがり屋の姉ちゃんのことだ。多分、声が漏れていることに気付いていないのだろう。直接伝えるとそれはそれは面倒くさいことになりそうなので、祈りを込めて僕はこうする。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
咳払い。歌声が止まった。
さあ、聞こえただろ、姉ちゃん。後は自分で察してくれ。咳払いが聞こえるということは? もちろん歌声だって、なあ?……そうだろう、姉ちゃん?
『ウウ~~~♪ イェイェーイ!』
……ああ、全然ダメだ。
「ごほっ、ごほっ」
『ウウ~~~♪ ウォウ、ウォウ!』
……しつこいな、もう。
「ごほっ!ごほっ!」
『~~~♪ イェイェーイ!』
「ごほっ!ごほっ!」
『~~~♪ ウォウ、ウォウ!』
「ごほっ!ごほっ!」
コール&レスポンスか。
どういうライブなんだ、これ。
結局、姉ちゃんのオンステージは夕飯まで続き、食後に姉ちゃんがのど飴をくれた。
そうじゃないんだ、姉ちゃん。
察して欲しいのは、そこじゃないんだ。
うちの姉ちゃんは、意外に裏声が伸びる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます