錯覚

菅原 こうへい

 (どうも私には、たったひとつの大きな欠点が存在しているのかもしれない。)

 青年はふとした時に自分に対してこの言葉を投げかける。8月のうだるような暑さの中で、青年はまた、心の中で言葉を紡いでいく。

 ゙(……暑い……。)

それもそのはずである。なぜなら彼は今高校の校舎内にある体育館に半ば閉じ込められている状態であるからだ。

 彼はX県内随一の進学校に通っており、部活動もまた、県内でもトップクラスの実力を誇るバスケットボール部に所属している。今日は日曜日であるが、強豪バスケ部は体育館で模擬試合などを行い練習に励んでいる。

 青年は今つかの間の休憩タイムに入っているわけなのだが、そんな中体育館にある男の声が響く。

「おいA!いつまで速攻が追い付かないんだ!」「B!フィジカル負けしてるぞ!ったくそんなんじゃやってけるわけねーだろーが!」

 この怒りに満ちている声はバスケットボール部の顧問の声だ。彼はいつも生徒たちに怒鳴り、まるで動く不動明王のような顔をしている。生徒達の一部は顧問のその迫力と顔に圧倒され、畏怖しているが、あの青年にとってはまた違った恐怖を顧問に抱いていた。顧問は、休憩している青年のもとへと向かった。

「おい、○○」

「はい!」

「お前、最近動きがよくなってきたじゃねーか、この調子で活躍しろよー期待してるぞ」

「は、はい!」

「いい返事だ、さ、試合に入れ」

 青年は顧問の指示通りに試合の中に入っていく。青年は顧問に褒められ、少し安堵した表情を見せるが、すぐさまこわばってしまう。

 (褒められたのはいいことだ…しかし、一歩踏み間違えればすぐ怒鳴られる。いや、あの『目』が僕を襲ってくる)

そうである、青年は何より顧問の『目』に対して耐えられないほどに恐怖を抱いているのである。試合中に顧問から発せられる鋭い眼差しは、青年をとらえて逃さない。

 その後の青年は、いつものように、腕組みをしている顧問の指示と、目の前で起きてるプレイを交互に確認しながら、試合を続けていった。

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