第9話 アズマドラゴン

 ドラゴンは再び転換神殿の頂上に降り立った。

 その前肢を暴れるように振るって転換神殿を削り始める。

 噴き出してくるアカガネを飲み喰らう。

 使った力を回復しようとしているのだろう。


「アズマ、神殿を守るのがお仕事なのに…… 分からなくなっちゃってるんだね」

「どうすればいい」

「お話してみる。できるだけ近づいて」

 

 俺はソール部のモータータイヤを展開露出、バインドスラスターをクローズモードで負圧をかける。バインドスラスターが上げる甲高い音に俺のテンションも高まる。

「ゴー!」

 俺は叫んで走行開始。転換神殿の壁を垂直に駆け上がっていく。

 崩壊している場所だらけだ。

 転換神殿を覆う無数のパイプに跳び乗り、走り、壊れたパイプをよけ、さらに次のパイプへ。


 頂上にたどり着く。

 俺よりもはるかに大きな頭部が目前。その黒く染まったセンサーに捉えられて、なんという威圧感だ。


 アオイの額にある晶紋に複雑な模様が浮かび上がる。

「アズマ、応えて」

 アオイがつぶやく。

 彼女の交信内容が俺にも伝わってくる。


 転換神殿の上でのたうっているアズマドラゴンの意識。

 無力感に苛まれている。

 機体全体を襲う苦痛。

 怒り、憎しみ。


「アズマ、あたしだよ。友達のアオイだよ」

 アオイが呼びかける声に、アズマはひときわ大きく身をよじった。

 好意、希望。

 そうした輝きがアズマの意識に一瞬浮かびかけ、だがすぐ闇に塗りつぶされて消える。

「分かったよアズマ。もしもあたしがアズマに嫌われることをしていたんだったら怒られても仕方ないのかなって思ってた。でも、違う! アズマの心をなにかが外から縛り付けている!」

 アオイが確信する。

「解放しなきゃ!」


 アズマが顎を開いた。

 内部からは衝撃波発生時と同じ蜂の音。まずい!

 俺は肩部ウィングスラスターを噴射してジャンプ、たった今いた場所を衝撃波が通過して神殿の構造物を砕く。

 俺はアズマの首に飛び乗り、吸着走行。背中へと走り抜ける。

 走っている場所に異常な振動の高まりを検知。

 慌てて進路変更。いた場所に衝撃波が発生。

 逃げても逃げても衝撃波が追ってくる。

 アズマは任意の体表面に衝撃波を発生できるのだ。

 さきほど力を使ったからか全身同時でないのが救いだ。


 走行する先、翼のあたりに黒く染まった個所がある。

 黒い粘着質の物体がへばりついているかのようだ。

 エネルギーを失ったヒヒイロカネ、クロガネか。

「あれを目指して!」

「おう!」

 俺は加速してクロガネを飛び越える。ドラゴンテイルで一部を採取。

 追ってきた衝撃波がクロガネを瞬時に沸騰させた。

 激しく泡を噴き上げながら細かく散っていく。

 だが衝撃波の発生が終わるとクロガネはすぐに再結合して翼にまたへばりついた。


 なんだあの動きは? まるで生きているみたいな。

 採取したクロガネをアオイが分析。

「これ、小さなリビルドの集まりだよ! エネルギーを吸い取って、代わりに信号を発生してアズマに送り込んでる。毒みたいに!」

 クロガネのリビルド、こいつらがアズマをおかしくしている元凶か!


 ドラゴンテイルから放電、採取したクロガネを焼き切った。活動停止を確認。つまり電撃でこいつらは倒せる!


 テイルを前方に回し、放電させながら黒く染まった個所へと俺は走行。

 電撃の当たった個所から黒が白に変わっていく。掃除をしているみたいで気持ちいい。

 だが黒染みがアズマの体全体へと広がりだした。

 クロガネリビルドも俺の狙いに気付いたのだろう。広く拡散するつもりか。


 全身に広がっていくクロガネが苦痛なのだろう、アズマが体をよじらせて飛び上がった。

 体を振り回してクロガネを払い落とそうとする。

 クロガネは落ちないが、俺はたまったものではない。機体をぐるぐると振り回されながら必死に吸着走行。一か所にとどまっていると俺自身がクロガネ汚染されてしまいそうだから動かざるを得ない。


 さすがのアオイも辛いだろうと思ったが、

「尻尾の先にクロガネの塊!」

 指示を出してくる。大したものだ。


 俺はアズマの背中から尻尾へと疾走する。

 そのさなかにも天地が逆転して宙づりになる。さらに横転。次は縦に九十度。

 ジェットコースターどころではない平衡感覚のいじられっぷり。

 機械の身体でなければ酔って吐きそうだ。


 尻尾の一番先にクロガネの塊を確認。

 モータータイヤを唸らせて尻尾上を駆ける。

 切り裂かれる空気が唸りを上げる。

 ドラゴンテイルの二股に分かれた先端から放電させつつ塊へと狙いを定める。


 そこで塊が跳ねた。

 尻尾を離れて翼へと塊が跳ぶ。

 こんな運動能力も持っていたのか。

 

 俺もアズマの尻尾からジャンプ、ウィングスラスターを噴射して距離を詰める。

 テイルを最大伸長、先端をクロガネの塊に突き刺した。

 一気に放電、クロガネは焼かれて白い灰になる。

 俺は翼に着地しようとして、そこにアズマの後肢が襲ってきた。

 後肢の先には俺よりも大きな爪が三本。それがまとめて俺を切り裂こうとする。


 テイルを大きく振って空中で姿勢制御、ウィングスラスターとオープンモードのバインドスラスターを一斉噴射して爪を斜めにかわす。

 後肢をテイルで巻いてぐるりと円運動し、腹部に着地。吸着走行に戻る。

 腹部からは次々に衝撃波が発生、俺を追ってくる。

 テイルを大きく振って左右にスライドしながら俺は駆ける。


 かゆい身体をひっかくかのように、前枝の爪が腹部に筋を走らせて俺のほうへと迫る。

 その前枝上部にクロガネの塊。

 俺は跳んで縦に回転、両腕で爪をつかみ、その衝撃を使ってさらに回転、前枝を登る。

 勢いに任せてテイルの先端を前枝上部のクロガネに突き刺した。放電、焼却。


 塊を潰していくと、そこからの黒い広がりも勢いを失う。

 アズマの表面はかなり白さを取り戻してきた。


「頭に塊!」

 アオイが叫ぶ。

 残ったクロガネの塊たちは中枢を支配しようとしてかアズマの頭部に集まっていた。


 苦しむアズマは顎を開き、衝撃波を乱射。自らに当たるのも気にしていない。

 かわしながら俺は首元へと走る。

 そこまで行けば顎からの衝撃波は届かないはず。


 首筋を駆け上がっていく俺は、首に走る線を見ていぶかしんだ。

 こんな線があったか?

「まずいよ、アズマが本気だ!」

 今までは本気じゃなかったのかよ?

 首に走る線はいくつにも増え、割れ目となり、首は縦に細く分かれていく。

 これでは走れない。

 落ちそうになりながらターンして背部に戻る。


 俺は見上げた。

 アズマが俺を八つに分かれた首で見下ろした。

 首が縦にスライスされて八つに分離した姿だ。

 メカの内部構造が断面図のように露出している。


「ヤマタノオロチかよ!」

 八つの首からそれぞれ衝撃波。

 俺は必死にかいくぐりながら腹部を目指す。

 かすめた衝撃波が俺の装甲をたやすく砕く。

 腹部にも首が回ってきた。


 どこに逃げようが八つの首が追ってくる。

 まったくこの世界の設計者たちはやってくれる。

 設計上の死角なんてものを残すつもりはないらしい。

 最高じゃないか。

 俺もその工夫に応えよう。


 腹部からまた背部へと走行しながら俺はマニピュレータを八つ首へと向ける。

 クロガネの塊は中央の首に集結している。狙うはその一点。

 マニピュレータ後部に内蔵したスラスターを始動、前腕の隙間から激しく高熱ガスが噴出。

 マニピュレータを、いや、拳をクロガネにロックオン。ナックルガードを拳前面に移動。

 ナックルスラスター出力限界突破、ジョイント解除。


 必殺技を使うときに叫ぶべきか?

 諸説あるが俺は言おう。叫ぶから必殺技なのだ!


「「いけぇ! ダァアブルゥゥゥウ! ナアックルゥゥゥウ! コレダァアアアアッ!」」

 アオイと俺は合わせて叫ぶ。


 両腕から爆炎を引いて二つの拳が飛ぶ。

 限界を超えた出力に拳のスラスターが焼けていく。構わない、片道切符だ。


 衝撃波が拳を迎撃。

 だが、それでも、止まらない!

 拳は突き抜ける! 首に届く!


 両の拳が爆裂しながら放電、稲妻が宙を埋める。爆音が轟く。首にとりついたクロガネを焼き尽くす。


 アズマが長い長い咆哮。

 八つ首が閉じていき、一つの首に戻る。

 アズマの身体にはもう黒染みは残っていない。

 残さず俺が、いや俺とアオイが焼き尽くした。

 やった。とうとうアズマは白く輝くボディを取り戻した!


 アズマの高度は次第に落ちていき、地表に落ちた。

 俺も着地する。

 塵がもうもうと舞う。

 横たわったアズマの頭部へと俺は進む。

 エンマたちのグソクも集まってくる。傷だらけではあるが健在だったのか、よかった。

 ゆっくりとアズマの顎が開く。

 こういうときに奥をつい覗き込みたくなるものだが止めておいたほうがいい。

 奥からクロガネの塊が飛び出した! 俺の全身を直ちに覆ってしまう。


「こんなこともあろうかと。フル・アーマー・パージ!」

 俺が叫ぶや全身を覆う装甲がジョイント部から電磁反発でパージ、クロガネと共に弾け飛ぶ。

 集まっていたエンマたちの構える電磁槍が一斉にクロガネを焼き尽くす。

「いい腕だ」

 俺が言うとエンマが

「あんたも、やるじゃないか」

 ヘルメットの中でにやりと笑ったようだった。


 アオイは俺から降りて、素手でアズマを触りにいく。

 クロガネ汚染が失せたアズマドラゴンは力なく横たわっている。

 アオイはその鼻先っぽい部分をなでる。

「もう大丈夫だよ」

 アズマがかすかに頭を動かす。


 上空から噴射音が響いてくる。

「なんだ?」

 上空に黒い点、それがみるみる近づいてきてアズマの上に降り立つ。

 それは女の子に見えた。

 巫女の装束だ、ただし紅白ではなく黒白。背中には黒い鳥の翼。黒い巫女。

 その額にはαの形をした黒い晶紋。

「このリビルドは私の物なの。返してもらう」

 黒巫女は冷たく言い放ち、その手でアズマに触れた。電撃が走り、アズマが急に起き上がる。無理に動かされたアズマは苦悶の叫びをあげる。

「アズマは物なんかじゃない!」

 アオイが叫ぶ。

「あなたはリビルドのことを何もわかっていない」

 黒巫女が言い残す。


 アズマがウィングスラスターを噴射、周り中に強い風が吹き荒れる。

 黒巫女を乗せてアズマは上昇していく。

 上空で急加速、アズマは鋼原奥地のほうへと飛び去っていった。

 一瞬の出来事だった。

 エンマたちもあっけにとられている。


 アオイは膝をついた。

「アズマ……」

 泣く気力すら奪われてしまったようだった。


 俺もまた全エネルギーを使い切り、スリープモードへと移行していった。

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